HAPPY 給付金 LIFE
8月某日
ドキドキしていた。メールの「配達中」の文字を何度も見返す。
早く来てほしいような、まだちょっとこうしていたいような、思春期の甘酸っぱさめいた気持ちを胸で育てて待っていた。
まだかな。
もう来るかな。
来ないな。明日になるのかな?
ピンポーン
来たーーーーーーーーー!!!!!!!
はやる気持ちを握りしめて、玄関へと一段飛ばしで駆けてゆく。普段の自分の動きからは想像もつかないほどハキハキしていた。どんなわくわくだって今の私には追いつけまい。すべてを置き去りにして、身ひとつの私は玄関へと向かう。
配達員さんの少し困惑した表情。それはそうだ。夜にこんな大荷物を――しかもただの民家に――持たされようとは思ってもなかっただろう。
私は感謝を込めて丁寧に大きなダンボールを受け取った。
持ってみる。意外と軽い。嬉しい。
ようこそ、我が家へ。
想像よりも大きくてつい笑った。
5月あたりにコロナ救済措置・経済政策として、1人につき10万円が給付されたことは記憶に新しい。菅首相就任に伴い、再給付が示唆されるなど未だにホットな話題である。
さて、みなさまはもらった給付金を何に使いましたか?
生活費、学費、自分へのご褒美、推しへの課金、思い切った買い物……10万は自粛中の私たちにちょっとした夢を与えてくれた。
私も色々と欲しいものを並べてみた。
・シーランド公国の伯爵位(約2.7万円)
・鈍行日本一周旅への積立金(いくらあっても足りない)
・球体関節人形(約4~15万円)
個人的には伯爵になる予定だったのだが、母の強固な反対により渋々ながら伯爵着任は見送りになった。シーランド公国の残念そうな表情が私には見える。いつか貴族になるまで待っていてくれ民衆よ。
現実。この高い壁が目の前に立ちはだかり、私の夢はあっけなく砕け散った。
そして時は流れて8月。
給付金が産声を上げた。
私は自分への誕生日プレゼントを探していた。
欲しいものはたくさんあるのに、いざ選ぼうとなると一気に物欲が知らん顔をする。本、DVD、ゲーム、香水、どれもこれも「今じゃない」と目も合わせてくれない。
今年はもういいかな……そんな気持ちにさえなっていた。
なんとなく外を見る。青い空。ふと、私の脳内である記憶が再生された。
それは去年の冬。上代日本語の授業中に突然「ソフトクリーム屋さんのアイス型看板」が欲しくなり、授業そっちのけで検索にふけったことがあった。
これだ。これしかない。
私は調べた。ひたすらに調べた。欲しい形の看板が販売終了していることも、通販サイトに流通していないことも知った。そしてついに、ヤフオクで中古だけれども美品・比較的安いアイス看板を発見したのだ!
給付金!召喚!
ざわ・・・
ざわ・・・ ざわ・・・
アイスだーーーーー!!!!!!!!
ご覧くださいこの神々しい佇まい。コーンとアイスの黄金比。愛情すら感じさせる美しいフォルム。幸せが95cmの物質として顕現している。
光ったーーーーーーー!!!!!!!!
なんだろう、この柔らかくて温かい光なら、凍えるマッチ売りの少女だって救えそうな気がする。
人はただ光に集まるわけではなくて、飾らない温かさに寄り添うものなのかもしれない。暑い夏の日、舌で溶ける素朴な甘さは私の心に小さな灯りをともした。夏を包んだあたたかい灯りだ。
夏の終わりに、じんわり優しい贈り物を。
毎日がまたちょっとだけ嬉しくなった。
私は給付金の力によって生活の質が一歩上のステージへと行ってしまいましたが、これからも変わらず付き合っていただければと思います。
外に飾ろうとしたら母の強固な反対にあったので室内で楽しみます。
ちなみに、アイス看板よりシーランド公国の伯爵位の方が値段高いのよね。
これは玄関の様子を見に来て、不審なオブジェを発見したときの猫。