戯曲『広すぎた檻』
登場人物
・弁護士
・幕部さん
・刑務官
面会室。刑務官がせっせと作業をしている。 遊園地のようなBGMが流れてい
る。 中はカラオケのキッズルームのようになっている。 インターホンが鳴る。
刑務官:はーい。どうぞー。開いてますよー。
弁護士入ってくる。
刑務官:どうも。
弁護士:どうも。私、弁護士の丸岡と申します。
刑務官:あ、どうぞ。おすわりになってください。
弁護士:あ、はい。
弁護士キョロキョロしている。
刑務官:幕部さんもうすぐ来ますので少々お待ちください。
弁護士:はい。
弁護士、落ち着かず。椅子を立ったり座ったり調整したりしている。
刑務官:あのー。
弁護士:はい。
刑務官:いかがなさいました?
弁護士:あ、いやその。私は今回初めての仕事でして。
刑務官:あ、はい。
弁護士:最近の拘置所の面会室はこういった感じなのでしょうか?
刑務官:あー。いやいや。ここは幕部さんの特別仕様なので。
弁護士:そうでしたか。
刑務官:はい。そうなんですー。
弁護士、小声でわかったようなことをボソボソつぶやいている。
弁護士:私、今回が初仕事なのですが。
刑務官:あー。はい。
弁護士:幕部さんが絶対にここから出られるように尽力したいと思っております。
刑務官:あー。いいですね〜。
弁護士:はい。
弁護士、相変わらずボソボソ喋っている。
弁護士:あの。
刑務官:はい。
弁護士:幕部さんとは一体どのような人なのでしょうか?
刑務官:はあ。
弁護士:と言いますのも。私はちゃんと相手に寄り添える弁護士になりたいと常日頃
から思っておりまして。そのためには相手のことをよく知ることが大事だと
思っている次第です。
刑務官:あー。いいですね〜。
弁護士:はい。
弁護士、少し聞き取りやすい声でボソボソ喋り始める。
弁護士:あの。
奥の扉が開く。
中世貴族のような格好にチョビ髭を生やした幕部さんが入ってくる。
幕部さん:カエルに戦争をさせてみてはどうだろうか?
刑務官:あー。いいですね〜。
幕部さん:やはりそう思うかね。
刑務官:はい。
幕部さん:早速取り掛かってくれ。
刑務官:あ。はいー。
刑務官はけていく。
弁護士:あの。
幕部さん:君は?
弁護士:私は弁護士をさせていただいております、丸岡武蔵(まるおかむさし)と申し
ます。以後、よろしくお願いいたします。
幕部さん:おお。まあ、座りたまえよ。
弁護士:はい。
幕部さん:何、君は新しい弁護士?
弁護士:はい。新人弁護士をやらさせていただいております。
幕部さん:おお。
弁護士:私は新人弁護士なのですが、是非、この依頼を成功させたいと思っている所
存です。
幕部さん:おお、いいじゃないか。
弁護士:はい。よろしくお願いします。
幕部さん:いいねぇ。私は君みたいな若者いいと思うぞ。
弁護士:はい。ありがとうございます。
幕部さん:じゃあ、まあ、早速始めてくれたまえよ。
弁護士:はい。えー、それではまず、幕部さんの最近あったいいことと好きな食べ物
を教えていただいてもよろしいでしょうか?
幕部さん:最近あったいいこと?(訝しげに)
弁護士:はい。と言いますのも、私は常日頃から相手に寄り添える弁護士になりたい
と思っておりまして。
幕部さん:最近あったいいことか。まあ、いいことは沢山あるよ。丸岡さんのような
若者も毎日訪ねに来てくれるしね。好きな食べ物はソーセージと串焼きか
な。
刑務官が中に入ってきて着々とカエルの戦争の準備を始める。
弁護士:なるほど。ソーセージと串焼きですか。私もよく食べます。
幕部さん:そうかそうか。今度いっぱいやりたいものだね。
弁護士:それでは趣味などはございますか?
幕部さん:趣味か。最近はこれにハマっているかな。(カエルを指差して)
弁護士:カエルですか?
幕部さん:いや、カエルに限らずだな。色々な動物に戦争させることにハマっていて
ね。 楽しいぞぉ。君もみていくかい?
弁護士:いえ。自分は職務があるので。
幕部さん:真面目な若者だな。はっはっは。気に入った気に入った。実に気に入った
よ。ぜひ、一緒にカエルの戦争を観ようじゃないか。
弁護士:いえ、自分は。
幕部さん:観たくないのか?
弁護士:その、そろそろ本題に入ろうかと思いまして。
幕部さん:いいじゃないか。ほら、そこから入れるから。
弁護士:え。
幕部さん:そこのドアだよ。
ふと横をみると面会室の向こう側に通じるドアがある。
弁護士:これは、その。 幕部さん:いいからいいから。(刑務官に)ほら。彼の椅子を
用意してくれ。
弁護士:いやいや、その。自分がそちらにいくというのは。
幕部さん:なんだね?
弁護士:問題があるかと。
幕部さん:何が問題なんだ。
弁護士:何が、ですか?何がと申しますと。難しいのですが。
幕部さん:何が難しい。そこの扉から入るだけじゃないか。
弁護士:いえ、そもそもそこにドアがあるのが間違っていると思います。
幕部さん:何が間違っている?
弁護士:何が、ですか。
幕部さん:何も間違っていないさ。だってそこにあるんだから。間違っていたらそこ
にないだろう。
弁護士:いえ、だから間違っているんです。
幕部さん:間違っていない。刑務官くん。あそこにドアがあるのは間違っているか? 刑務官:いいえ。間違っていません。
幕部さん:ほら、丸岡さん。間違っていないんだよ。
弁護士:しかし、だからと言って。
刑務官:丸岡さん。お入りください。
弁護士:わかりました。
弁護士、中に入ってしまう。
中ではカエルの戦争をみる準備が出来ている。
幕部さん:さあさあ、丸岡くん座ってくれたまえ。(刑務官に)何か持ってきてくれ。 刑務官:はい。
弁護士:いや、あの。私は。
刑務官が焼きたてのソーセージを持って入ってくる。
幕部さん、ソーセージを床にぶちまける。
幕部さん:刑務官くん。
刑務官:ソーセージです。
幕部さん:君、それはないんじゃないか?私を馬鹿にしているのか。これから戦争が
始まるんだよ。
刑務官:失礼いたしました。
弁護士:あのぉ。
幕部さん:すまないね。刑務官くんはよくああ言う悪ふざけをするんだ。
弁護士:はあ。
幕部さん:よし、始めてくれ。
刑務官:はい。
カエルの戦争が始まる。
幕部さん、見入っている。
弁護士:あの。
幕部さん:なんだい?
弁護士:本題に入らせていただきたいのですが。
幕部さん:後でにしよう。
弁護士:いえ、幕部さんをここから出すにはこの問題に二人で真剣に取り組む必要が
あります。
幕部さん:いいじゃないか。今はそんなことは。
弁護士:よくありません。私も幕部さんに寄り添いながら二人三脚で頑張って行こう
と思っています。なので、幕部さんも、
幕部さん:いつまでくだらないことを言っている。君にはあのカエルたちの姿が目に
入らんのか?
弁護士:失礼いたしました。
幕部さん、再びカエルの戦争に見入る。
決着が着いたらしい。
幕部さん:いやぁ、楽しかったなぁ。どうだ?気に入ってくれたか?
弁護士:大変楽しませていただきました。
幕部さん:それはよかった。
弁護士:あの、大変恐縮なのですが。
幕部さん:なんだい?
弁護士:幕部さん、もう少し真剣になって頂かないと困ります。そんなことではいつ
まで経ってもここから出ることは出来ません。私は、弁護士なんです。あな
たをここから出すために来たんです。なので。
幕部さん:いつまでグチグチグチグチ言ってんだ女々しい野郎だな。いいんだよ。別
に出ようとなんてこれっぽちも思ってないんだから。
弁護士:出るつもりがないとおっしゃいましたか?
幕部さん:ああ。出ないぞ。何がなんでもだ。
弁護士:何がなんでも?
幕部さん:何がなんでも。
弁護士:そう言うわけには行きません。幕部さん。あなたはここから出なければなら
ない。あなたはここから出たいと思っている。だから、私を呼んだのではな
いですか?
幕部さん:刑務官。
刑務官:はい。
幕部さん:この無礼者を早く帰らせろ。
刑務官:わかりました。丸岡さん。お帰りいただけますか。
弁護士:どうしてもですか?
幕部さん:早く帰れ。このスカポンタン。
弁護士:わかりました。
弁護士、ドアの前まで行くが何かを決心したように戻ってくる。
幕部さんに頭を垂れる。
弁護士:お願いします。私は今回初仕事です。だからこそ、粘りたい。どうか、今一
度チャンスをいただけませんか?
幕部さん:頭をあげてくれ、丸岡くん。君の気持ちはよくわかったよ。
弁護士:ありがとうございます。
幕部さん:さ、次は君の番だぞ。
弁護士:番、と言いますと?
幕部さん:何言ってるんだ。戦争だよ。
弁護士:自分が、ですか?
幕部さん:そうだ。他に誰がいる?
幕部さん、戦争に勝利したカエルたちを指さす。
弁護士:あの。カエルたちとですか?
幕部さん:そうだ。光栄に思いたまえよ。君。
弁護士:申し訳ございません。自分にはどうにも理解しかねます。
幕部さん:やらないというのか。
弁護士:いや、その。
幕部さん:じゃあ、帰れ。そして二度と現れるな。
弁護士:やります。
幕部さん:そうだよ、君。健闘を期待しているぞ。
弁護士:はい。それでは。
弁護士、カエルと対峙する。
まん丸な瞳が見える。
弁護士:その、戦争と言いましても。何をすれば良いのか。
幕部さん:君のやりたいようにやってみたまえ。
弁護士:はい。
弁護士、恐る恐るカエルにビンタしようとする。
幕部さん:待て。
弁護士:はい。
幕部さん:貴様何をやっている。
弁護士:いや、その。
幕部さん:何をやってるかと聞いているんだ。
弁護士:それはその。
幕部さん:貴様、舐めているのか。
弁護士:いえ。決してそんなことは。ですが、自分実は昔、実家でカエルを飼ってお
りまして、その、なんと言いますか。
幕部さん:口答えするな。
弁護士:はい。申し訳ありません。
幕部さん:刑務官。
刑務官:はい。かしこまりました。
刑務官、警棒を持ってくる。
幕部さん:次は間違えるなよ。
弁護士:はい。
弁護士、恐る恐るカエルを蹴り飛ばす。
幕部さん:貴様。
弁護士:はいぃ。
幕部さん:先の戦争で何をみていた。
弁護士:えっと、その。
幕部さん:失礼だと思わないのか。
弁護士:えっと。
幕部さん:思わないのか。
弁護士:そ、そ、その。
幕部さん:貴様、思わないんだな。
弁護士:お、思いま、す。
幕部さん:ならば、何故そんな甘い戦いをするのだ。そこにいるカエルをなんだと思
っている。
弁護士:はぁ、それは。
幕部さん:貴様の敵であろうが。
弁護士:はい。その、その通りであります。
幕部さん:そうだ。ならば、それ相応の敬意というものがあるだろう。
弁護士:はい。
幕部さん:それから。貴様は誰と戦っている。
弁護士:カエルです。
幕部さん:そうだ。カエルだ。ならば、何故足を使う。
弁護士:えっと、その。
幕部さん:刑務官。カエルが足で戦うか?
刑務官:戦いません。
幕部さん:そうだろう。誰でも知っていることだ。
弁護士:では、どうすれば良いのでしょうか?
幕部さん:黙れ。
弁護士:はい。
幕部さん:さっきから質問ばっかりしやがって。少しはその小さな頭を使って考えろ
ってんだ。
弁護士:はい。申し訳ありません。
弁護士。固まって動けなくなってしまう。
幕部さん:しょうがないやつだ。いいか、今回だけ教えてやる。
弁護士:はい。ありがとうございます。
幕部さん:貴様はカエルだ。
弁護士:え?
幕部さん:いいから繰り返せ。
弁護士:貴様はカエルだ。
幕部さん:刑務官。私はカエルか?
刑務官:違います。
幕部さん:じゃあ、カエルは誰だ。
弁護士:カエルは自分です。
幕部さん:そうだ。貴様がカエルだ。
弁護士:私はカエルだ。
幕部さん:そうだ。カエルだ。カエルは手でも足でも攻撃出来ない。
弁護士:手でも足でも攻撃できない。
幕部さん:ならば貴様に何ができる。
弁護士:私に何ができる。
幕部さん:跳ねることだ。
弁護士:跳ねる。
幕部さん:そうだ。いいか。敵をよくみろ。決して目を逸らすな。睨みつけろ。そし
て、思いっきり跳んでその腹で思いっきり押し潰してやれ。今だ。
弁護士、目の前のカエルに飛び掛かり腹で思い切り押しつぶす。
その姿は、あまりにも無様でみるに耐えない。
ふと、横をみると幕部さんと刑務官が感心した顔で拍手している。
弁護士、謎の安心感を感じ一緒に笑い始める。
幕部さん:貴様。
弁護士:はい?
弁護士、頭部を思いっきり警棒で殴られる。
暗転。
弁護士、目を覚ますと手術台の上に乗せられている。
場所はさっきと同じ面会室である。
弁護士:あ、あの。
幕部さん:おお、おはよう。
弁護士:おはようございます。いや、あの。
幕部さん:刑務官。目を覚ましたぞ。
刑務官:そうですね。目を覚ましましたね。
弁護士:あの。一体何が起きているのでしょうか?
幕部さん:実験だよ。
弁護士:なんの実験ですか?
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