11月17日の手紙
おはよう。
昨晩の15周年の記念日、本当に素敵な夜でしたね。心からおめでとう。でも、あなたを祝うはずだったのに、なんだか私の方がお祝いされてしまったような夜でしたね。
そうやっていつも、楽しませてくれてありがとう。
そうやっていつも、私のことを思っていてくれて、ありがとうね。
本当に大切な夜だったから、ここに残しておきたいと思います。
きっとまだ、私は昨日を終わらせたくないのでしょうね。余韻にしがみつきたくて、こんな風に手紙を書いています。
だから、この手紙は私のための手紙と言っていいかもしれません。そのため、切手も貼らないし、ポストにも投函しません。書き終わったら、ただ、書き物机の隅にたたんでおいておくだけにします。
それでも、あなたはきっと読んでくれることでしょうね。あなたのことだから。
好きだった人、好きじゃなかった人、とにかく色んな人とのデートで訪れた横浜に、あなたに会うために行くことができて私はすごく嬉しかった。豪華なクリスマスツリーがいくつも飾ってあって、あなたは興味がないでしょうけど、そんな街並みを、あなたの名前の書かれたTシャツやらキーホルダー(それも、ものすごいバリエーションの!)なんかを身につけた女の子たちが、キラキラした心を隠しながら歩いてた。
もし叶うなら、その様子をぜひ見て欲しかった。とっても素敵な光景だったから。
みんながあなたに恋をしてる。
そのことについて、あなたは一体どの程度知っているのかしらね?
そんな横浜であなたと顔を合わせた時、私達はまるで久しぶりに会った恋人同士のようなはにかみを交わしあってた。
実際、こんな風にして会うのは久しぶりのことだったからきっとそれが自然な態度だったのね。
それにしても、そんな上ずった関係でもセックスくらいならできてしまうものね。
あなたとのセックスは別に嫌いじゃないし、好きだけど、なんだかな。
はじめてあなたを見かけた日も、他の女の子たちをセックスに誘っていて、なんてふしだらな男なんだろうと軽蔑したのを今でもちゃんと覚えてる。そんな男に会いに、わざわざ横浜まで出掛けて行くなんて、一体何がどうなったらそうなるのか。自分でももう思い出せないや。
はじめのうちは友達も、私の体に絡みついたイトを解きながら、その男はやめなと優しく諭してくれたけれど、それを解くのにあまりに私が協力しないものだから、もう何も言ってくれなくなりました。
でもね、私はちゃんと分かってる。あなたがやめなと諭されるような人間でないことを。
あなたがいつも私とそれ以上の関係でいてくれるということを。それから、セックスなんかよりもっと大切な関係でいたいとあなたの方から思ってくれていることも。
こんがらがったこのイトだって、これでもちゃんと運命のイトなんだって、私には分かってる。
だから昨日も、そういう風ないつもの関係に早く戻りたいってじれったいような気持ちだった。
季節外れの桜を眺めたり、屋台の並ぶ通りで、並べた肩をぶつからせながら歩いたりしているうちにやっと段々いつもの調子が戻ってきて、一生のお願いとか言って冗談を言う頃には本当に楽しくて幸せで、この時間がいつまでも続けばいいのにって感じだった。
左側から見えるあなたの横顔の、左耳の小さなピアスがいつもよりはっきり見えて、思わず目で追ってしまった。私は勝手に嫉妬して、そんなことにまるで気づかないあなたは幸せそうに笑ってたね。
いつか真剣な顔で「会いたくない」って言ってみたら「じゃあね」って言って私があげた暮らしの中から本当にいなくなってしまうんじゃないかしらって、そのくらい、あなたは何も気づいてなかったのよ。
嬉しいだけじゃ不安だしってそう言ってくれたあなたはもういないんだって少し、寂しかった。
あなたが急に私の手を強く掴んで走り出したのはそんな時だった。あの時私は本当にびっくりして、転ばないようにするだけで精一杯だった。
最初、私の手が掴んでいたと思っていたのに、絶対に離さないでいてくれるのはあなたの手の方だった。なんでも叶えてあげるって言った声は紛れもなくあなたの声だった。
もう一生、聴けないんじゃないかって勝手に思ってた。
あなたが私の気持ちを知らないことと同じくらい、私もあなたの何も知らなかったんだってその時気づいたの。私は息を切らしながら泣いてた。いつも勝手なことばっかり言ってごめんね。
それから、これは昨日の話の続きだけど、小学生のあなたから名前を奪った尾崎豊は私の誕生日に自殺したの。さようなら、夢を見ます。と言って。彼もまた、誰にも知ってもらえなかった。無性に生きてて良かったと思う瞬間があったのと同じくらい、死ななきゃいけないという衝動に飲み込まれてしまう瞬間がきっと何度もあったのね。そうじゃなきゃ遺書は書かない。そう思わない?
雨が降る日に入るプールの冷たさを誰にも分かってもらえなかった人。
4月25日がやってくると、毎年特に知りもしない男と、その夢について考える。今年はどんな夢を見ていますか?いい夢だといいのだけれど。
つまり、とにかく、私が言いたいのはそんな輪ゴムの輪っかの中に私たちは入れられているってこと。でもあなたはどうか、長生きしてね。
あなたの手に引かれて歩いてるうちに、すっかり日も暮れて、あなたが連れて行ってくれたのは満点の星のようにきらめくイルミネーションの中だった。
等間隔に並べてられて、一定の輝度で輝く人工的な星たち。
でもよく見れば安っぽくて、暗くて、いかがわしい星たち。
それを見て、薄くて平坦な黄色い嬌声をあげる私。
こんなこと何の意味もないって本当はあなたも思っていたんじゃない?
でも、あなたから移った匂いは嘘みたいにすごく甘くて、お風呂で流して眠って朝が来て、こうして手紙を書いている今もまだ甘くて、やっぱり、結局こうやってまたあなたとの何かを待ってしまう。
馬鹿みたいって?ほんと、自分でもよく分かってるつもりなのよ。もしCDを100枚買ったなら、私の愛は伝わってくれるかしら?なんてね。そんなものなくたって、愛が届かなくたって、あなたがチョコレートをやめられないのと同じように私はあなたをやめられそうにないな。
私があなたのことをまだふしだらな男だと軽蔑していた頃、歯医者さんの話をする時のあなただけは可愛いって思ってた。その頃あなたがいつも歌ってたあの甘ったるい歌を私もいつの間にか口ずさむようになったの、甘ったるいあなたの歌い方を真似してね。
けれど、不幸にもある時その歌の本当の意味に気がついたの。ショックだった。やっぱりあなたはふしだらで下品な男でしかなかったって。
いつもそう。いつも、私だけが何も知らない。またバカにされたと思った。私だけまた、仲間はずれ。
辛気臭い?面倒くさい?知ってる。じゃあもうどうぞ、こんな厄介者はおいて、どこへでもいけばいい。バカな黄色い声をバカみたいに浴びて、しょうもない奴らと踊っていればいい。
私がそんなことを考えはじめると、あなたはすぐに立ち止まって大きなため息をつく。隣に並べていた体を私の方にちゃんと向けて、ちゃんと私の目を見て、余すことなく言い返す。
分かってて、わざと腫れているところを触って、はっきりと面倒くさいと言って、全然優しくない言い方で、誰よりも優しい態度で。
そんな風に言ってくれるのはあなたしかいないって、それに気がついた時にはもう、ふしだらで下品な男の歌うあの甘ったるい「ありがとうね」が体から離れなくなってた。
色んな時代の、色んな人が、色んな経緯を辿って「すべての人を満足させることはできない」という結論に至ってるっていうのに。全ての人を満足させることが出来るのなら、戦争はとっくに終わってるのよ。そんな中で、あなただけは永遠にその結論に辿りつかないみたいね。いつも絶対に諦めてくれなくて、絶対に飲み込んでくれない。
いつも、いつも、いつもそうでしょう。
飼い慣らされてるわけじゃないし、もちろん、飼い慣らしてるつもりもないけれど、噛み付いてくるなんて思わないじゃない、普通は。あなたなら私の言いたいことが分かってくれると思うけど。
でもね、泣かれるとムカつくって別に全然寄り添ってくれてないのに、あなたのその納得いかない不機嫌な顔がなぜだか嬉しくて大好きでたまらないの。あなたは信じられないでしょうけれど。
とにかく、なんて言ったらいいのかしらね、本当にあなたって人は。
本当はこんな風に泣いてる顔なんて見せたくなかった。けど、泣いてる私に気がついて欲しかったことも本当なの。
光も届かないこの窓辺で、開けてって叫ぶこの声が、私にも聞こえないようなこの声が、いつもあなたはうるさすぎるみたいな顔をしてる。
どうして聞こえるの?別にあなたに向かって言ってるわけじゃないのに。
あなたのその曲がりくねった面倒くさいこだわりが、私にとってはただのまっすぐな愛にしか見えない。
そして最後にあなたが連れて行ってくれたのは、赤い花吹雪の舞う大きな舞台で、そこであなたは素敵な歌を歌ってくれた。
私がずっと歌って欲しいと思っていた曲と、それでもいつも聴けなかった曲と、あなたがなかなか歌わなかった曲と、もう一生歌わないと思っていた曲と、私が1番聴きたいのに私じゃない誰かが聴いていた曲と、それから今日、やっと私を見つけてくれた曲。
あなたがこの日を選んでこの曲をやってくれた意味について、あなたの気まぐれじゃないって思うことにするけど許してね。
私はずっとここに居て、この曲たちと生活してきた。あなたが作ったこの曲たちと。ただそれだけのことなのに、あんな風に感傷的になるなんて、私も随分年をとったのね。もちろん、あなたもね。
改めて、好きな人に嫌われたことさえも忘れちゃえるくらい無敵で幸せな夜をどうもありがとう。
あなたは死ぬまで一生愛されてるよ、大丈夫。これだけは信じてほしいな。
2024年11月17日
親愛なるあなたにとっての親愛なるおまえより
追伸 戦争を終わらせる方法はもうひとつだけある、と思ってる。愛してたのは自分自身だけでバカだなって気が付きさえすればいいだけ。どうかな?