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『やりたいことリスト』の話

神保町裏路地日記(40)
2024/12/12㈭

 ほぼ毎日日記をつけるようになって40日目になりました。何日か更新できなかった日もあるけれど、一日あたり800字から1000字に収めようと思って書いている日記。全部を単純に計算すると32000字位のボリュームにはなっているようです。毎日毎日思っていることを書き出すのは簡単なような難しいような。格好良く言えば自分の思考の整理に丁度いいと思ってやっています。

 それでも今日あったこと、話したこと、考えたことを全て言葉にするのは到底難しくて、僕に限らず人の人生って思っているよりずっと情報量が多いなと実感している今日この頃です。

 「〇〇行こうよ」「△△しようよ」「□□一緒にやろうよ」と声をかけてもらうこともしばしば。お誘いごと、約束ごとも増えたなぁと言うのはコロナ禍を経た実感で、とっても嬉しい反面これまた全部をやろうとすると一日24時間では足りないし、一年が365日でも足りないぞと少しそわそわしてしまう。

 そこで、どうしようかなぁと色々考えた末に『やりたいことリスト』を復活させることにしました。とりあえずは『自分だけのやりたいことリスト』からはじめます。『いつまでにやる』みたいな時間的な優先順位は一回置いておいて、とにかくやりたいことを書き出しまくろう。

 何個出てくるのかは分かりませんが、10個なら10個でも良いし100個なら頑張るし1000個出てくるならそれはそれで自分を褒めてあげたいです。とにもかくにも今のままでは頭の中であれやこれやがゴチャゴチャしているだけで埒が明きません。やりたいこと、人との約束ごと、夢だの目標だの全部書いておこう。で、誰かにそれを伝えておこうと思います。「僕、これやりますんで」みたいな意思表明というか、押し付け。「出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかですよ。」なんて偉そうなことを付け加えたりして。

 やりたいことが実現出来そうもなかったり、進捗が悪かったりした時に「おいおい、結局やってねーじゃん。」みたいな冷やかしは恥ずかしくもあり情けなくもあるのですが、それを気にしていて始まらないということの方が情けないよと割り切らないと。人の言葉に一喜一憂するのも情緒豊かで良いですねぇですが、これに限っては気にするなと自分の中で切り替えた方が捗る気がします。

 『やりたいことリスト』って言葉と感覚、ちょっと僕がやるにはもう若すぎるかなと思っている節があったんです。20代の頃はよく書いていたリスト。やりたいことと偉人の格言はよく書いていました。お店を出してちょっと気持ちが落ち着いてしまって、そこに加わった日々の忙しさにかまけてやらなくなっていたこと。復活させるなら今じゃね?と今日の日記の内容を考えているうちにそんな気分になってきました

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