僕が見た世界【ネパール エベレスト街道】No.13
2018年11月22日
九日目(ゾンラ ~ ゴラクシェプ)
■解離
山を歩いていてこれほど苦しいと思った日は僕の人生のうちに経験に無い。
奥秩父主脈全山縦走の時も、東南アジア最高峰のキナバル山を日帰りで登ったときも、厳冬の南アルプス鳳凰三山で雪を掻き分け縦走した時も、ここまで辛いとは思わなかった。
その理由はここまでの過程で散々言及してきたけれど、やはり酸素の薄さにあるのだと思う。奥秩父主脈の最高峰は北奥千丈岳(2601m)、鳳凰三山では観音岳(2841m)、ボルネオ島の中心に鎮座するキナバル山(4095m)でさえ、4000mに少し頭が出た程度なのだから、5000m前後の山地を歩く事が未経験の僕にとってどれほどのものかは想像に難くない。まぁ、奥秩父の山中で雨に見舞われたり吹雪のラッセルはキツかったけれども、それでも高地の酸素不足の方が体に響く。
思えばどの山もある程度ゴールは見えていた。だから局所的に辛くてもここを乗り越えれば楽になるとか、山頂につけば報われるとか、そう言う終着点に向けて歩くことで自分のモチベーションを保てていた感覚はある。
ここヒマラヤでもそれは同様だった。ゴーキョ・リやチョラパスの頂を踏むことで、僕は人生の目標を一つ一つ達成している。今回の旅においては今日の目的地ゴラクシェプからカラパタールに登頂しエベレストの夕陽を見ることと、明日の早朝にエベレストBCの地を踏むことで僕の目標は全て達成されることになるのだ。それを考えればいくらでも頑張れる。その点は通常の山行と何ら変わりなかった。
唯一にして絶対の違いは【心に体が付いてこない】事だった。
目標はある。目的地も明確に決めてある。やる気もある。ただ体の動きだけが自分のイメージとあまりにかけ離れていた。もっと言えば、自分の心肺機能から思うように機能していないように感じるのだ。
人間にとってこれほど辛いことはない。「自分はもっと出来るはずなのに」と言う気持ちは自分への失望へと繋がる。失望感は人のやる気を瞬く間に削ぎ、歩みを止めさせてしまう。それが単純な実力不足であろうと、環境の変化等の外的要因であろうと関係ない。失望はどんなところからでも顔を出し、じわじわと蝕むのだ。
加えて【自分への失望】が厄介なのは、自分に無いものを持つ人や、自分が出来ないことを人がやってのけることに対して嫉妬の感情を連鎖することでもあった。
延々続くヒマラヤの荒野をサハデはずんずんと進んだが、それは僕には到底真似できないことだった。彼が気遣って僕を一人にしたことは重々承知していたが、それでも悔しさから僕の頭は悪態ばかりがよぎっていた。ガイドやポーターに荷物を預けて悠々と歩いていく人もいると言うのに、何で僕はこんなに重たい荷物を背負って歩いているんだと思うことさえあった。何度も何度も、僕は立ち止まっては下を向いた。
■休息と切り替えのスイッチ
ロブチェ(4930m)を過ぎると風は少しずつ強くなった。周りには人も殆どおらず、見渡せば岩と砂地ばかりが見えた。
道の端にヤクが数頭群れをなしていた。僕が休憩がてら足を止めて彼らを眺めていると、そのうちの一頭が近付いてきた。
何が起こるのかと見ていると、ヤクは巨体を地面に倒して思い切りその大きな体を擦り付け始めたのだった。我が家の犬が芝生で転げ回るのは良く見たことがあったが、ヤクのそれは初めてだった。そして、その様子を眺めていたのは僕だけではなかった。ヤクの後ろに並んでいたもう一頭のヤクも、それをじっと見つめていた。
やがて擦り付けていたヤクが満足して起き上がり歩き出すと、今度は後ろのヤクが前進した。そして案の定前のヤクと同じように豪快に倒れ、ビタンビタンと転げ回った。僕は可笑しくて可笑しくてしょうがなく、先を歩くサハデを大声で呼び止めてその様子を見せた。二人で何度も何度も大笑いした。そしてそのヤクもやがて満足すると、何事もなかったかのように歩き出すのだった。
「あんなの見たことある?」と聞くとサハデは「いや、俺も初めてだ。」と答えた。改めて歩き出すと、体が少し軽く感じた。ヤクが疲れを持っていってくれたのだろうか。これならもう少し頑張れそうだ。
■選択と前進
ゴラクシェプの手前の岩陵帯には最後の最後まで苦しめられた。地獄の谷のように感じたと言っても過言ではなかった。
だが僕はさっきまでとは違った。それがヤクのお陰かもしれないし、そうでないかも知れない。いずれにしても僕は歩き続けられた。ここまでで学んだ【一歩ずつ進めばいずれ辿り着く】気持ちを思い出せていたし、この道を歩ききる強い気持ちも取り戻していた。
僕が歩くと決めた道なのだから、投げ出すことは自分の選択を否定することだと思った。歩くと言うことは、僕の選択が正しいと自分自身で証明する唯一の手段なのだ。だから、歩けるのなら歩くべきだと割り切った。
十歩進んでは立ち止まり、二十歩進んでは心が折れ、その度に立ち止まり思い直した。何度も何度も立ち直っているうちに、ついに目的地のゴラクシェプの集落は姿を現した。
達成感はなかった。その代わり安堵の気持ちで一杯だった。「とにかく座って休みたい」その一心で僕は宿を求めて歩いていった。
■カラパタール
ゴラクシェプに付いて最初に口にしたのはホットチョコレートだった。とにかく甘いもの。とにかく糖分を摂る。満身創痍の僕は、それ以外のものは受け付けなかった。
宿に着いたのは14時で、サハデからは15時半にはカラパタールに向けて出発すると伝えられた。とうに腹を括っていたから、僕は力強く頷いた。一時間半も休めるなら儲けものだ。
夕陽を見るためにカラパタールの丘に登るトレッカーは多かった。これまでどこにいたんだと思うほど人が並んで登っていく。カラパタールは【黒い石】と言う意味があるが、その名の通り丘は黒く光って見えた。
後ろからゼェゼェと荒い息を吐きながら登ってくる若者に、僕は道を譲った。僕も山を始めた頃は彼のようにゼェゼェと登ったものだ。だから、彼が周りからどう見られたいとか、自分の目に自分がどう映っているかだとかは何となく想像が出来た。今はもうその歩き方をやめた僕から見ると、己の全てを山にぶつけようとする彼はの姿は若々しく、滑稽で、どこか懐かしかった。
■畏敬
日没前に山頂に到着した。ちょうど日が沈み始める頃だった。エベレスト(Everest,8848m)は日が暮れるまでの間にいくつもの表情を魅せてくれた。その全てが余りにも美しくて、僕はシャッターを切り続けた。そのせいで他の山々の変化は薄い記憶になってしまったが、それだけの価値はあると確信していた。
まずエベレストは深い青空の下、ゴツゴツとした岩肌を見せながらも白と黒に輝いているように見えた。それだけでも大満足だが、やがて日が沈み始めると、その岩肌は黄金色に輝くようになった。
次第に空は黒を帯びていき、その黒に飲み込まれまいとエベレストは赤く燃え上がった。元々の外観が岩肌で黒光りしているからだろうか。その赤は深く、今までに見たどの赤よりも色濃く見えた。様々に色を変えて燃え尽きるまでその輝きを放ち続ける様子は、さながら線香花火のようだった。
その様子を山頂にいた人々全員が眺めていた。これだけ大勢でいるにも関わらず、声は上がらない。皆一様に黙って世界一の山を見つめていた。国籍も人種も違う人々が一方向を見つめている様子が不思議でならなかった。
僕はカンボジアのアンコールワットの寺院で見た夕陽を思い出していた。あの時も寺院の上で、旅人達は太陽の行方を眺めていた。
信仰や文化の違いはあれど、太陽や山といった自然の前では、全員がただ人であるだけだと言うことを考えさせられた。それだけのパワーを感じさせるには、夕陽に染まるエベレストもアンコールワットから見る太陽も充分過ぎた。全員が日が沈みきるまでその場を動けなかった。やがて日が沈み、岩陰が闇に染まり出す頃になってようやく人々は山を下り始めるのだった。人が少なくなってようやく僕はカラパタールの頂に触れる事が出来た。頂上に無造作に置かれた夥しい数のタルチョが、風に吹かれて人々の祈りを山へと運んでいるようだった。