『ユートピア』の話
神保町裏路地日記(27)
2024/11/27㈬
「千葉県内でおすすめの観光スポットはどこ?」と聞かれたら、僕は間違いなく鵜原理想郷を選択肢の一つに挙げるでしょう。特にご夫婦やカップルでのんびり旅がしたいという人には紹介したい。「千葉にも嘘みたいにロマンチックな場所があるんだよ。」って。
鵜原理想郷(うばらりそうきょう)は、勝浦市にある南房総国定公園です。『理想郷』なんて大層な名前ですが、これは大正時代に「この風光明媚な地を一大観光地として開発しよう!」という計画があったことから名前を付けられたようですが、その計画は遂に完成されることはありませんでした。かつては三島由紀夫や与謝野晶子も好んで訪れたとされていますが、その当時の熱などとうに忘れ去られたような、時がそのまま止まってしまったかのような静けさに包まれています。
鵜原理想郷のハイキングコースは全行程を1時間半ほどであるくことが出来ます。途中の休憩を挟んでのんびりしても、2時間強といったところでしょうか。最近ではSNSを中心に恋人の鐘があると知られているようで、途中何組ものカップルとすれ違います。岬の先にある鐘まで歩くとその先は見渡す限り海が広がって、言葉通り地球が丸く見える。海はキラキラと輝いて沖の方には漁に出たたろう船がちらほら。とても穏やかな時間で、それを大切な人と過ごせるこの場所はまさに『理想郷(ユートピア)』と呼ぶにふさわしい。
ただ、折角鵜原理想郷に来たのならもう少しだけその世界に足を踏み入れてみてほしいと僕は思います。その土地の成り立ちを知ると、もっと素敵だと思えるようになるのです。
例えば断崖絶壁の下に作られた天然の生簀。
この生簀には獲ったイワシが入れられていたそうで、それはもう少し南、千倉や和田浦で行われているクジラ漁の際の鯨の餌として使われていた歴史もあるそうです。
鋸山にも似た綺麗に切り取られた岩壁は、この場所がかつて石切場として使われていたことを教えてくれます。
道端におもむろに積み上げられた四角い箱は蛸壺です。昔から勝浦はタコ漁も盛んだった。今では衰退してしまったものの、当時の面影はこうして残されているのです。
さらに言えばところどころ見られる不規則な地層や削り取られた岩は、前に述べた人が生活していた時代よりもずーっと昔、何万年も前に堆積した地層やそれが時間をかけて風や海の波で削り取られた天然の芸術です。鵜原理想郷ではごく近年に縄文時代の遺跡も発見されたようで、手弱女遺跡(たおやめいせき)と名付けられています。
知らなければ素通りしてしまう目に入る景色の一つ一つが、時代時代に人がここで生きていたことの証だと言うことです。 きっとどの時代の人達も、この美しい景色に魅入られてここを自分達のユートピアだと信じたに違いないのでしょう。そう思ったからここで暮らすことにした。何万年も昔、ユートピアを探し求めて移住生活をしていた人間がこの地にそれを見出して定住生活を始めた痕跡が残っているなんて、想像しただけでロマンチックが溢れてる。
自分達だけの理想郷を探し求めて生きることは人間の生きる本質だと個人的には考えていますから、鵜原理想郷の歴史に触れて凄く素敵だと思いました。なんてロマンチックな場所だろう。そこに今、人工物とは言え恋人の鐘を作って若者が訪れて二人で海を眺めているなんて。
目の前にある風景には全て物語があって、それは僕自身、貴方自身も同じですよと自然に語りかけられているような不思議な場所です。鵜原理想郷、凄く良かった。勝浦に泊まって足を伸ばすも良し、鵜原理想郷を歩いた後に鴨川まで下るも良し。もちろん日帰りでも良し。のんびり過ごしたい人は、いつか行ってみて欲しいなと思います。