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『望年会』の話

神保町裏路地日記(44)
2024/12/16㈪

 昨日はうちのお店で主催する山の会のメンバーを集めた望年会の日でした。毎月の山行に参加してくれている人もいれば山行には参加出来てないけどお店の皆が好きだから望年会には参加したいと言ってくれる人もいて、結局今年も店のスペースにぎゅうぎゅうになるくらいの規模の会になりました。

 今年は妻考案で『一分間スピーチ』なるものをやりました。各々が今年行って良かった山の話や近況報告を簡単にする時間なのですが、まぁー、話したいこと、聞きたいことが沢山ありすぎて一分間で収めるのがずいぶん大変そうでした。一分間スピーチの後の歓談の時間に積もる話が終わらずに、嬉しいことに会は中締めの後も夜遅くまで続きました。

 山の会ももうすぐ三期目を終えようというところです。三年コミュニティを続けたかー、と何とも不思議な気持ちです。最初は登山経験のある人の方が少なかった山の会も、三年もやるとだいぶ様子が変わったなと思います。「僕は(私は)山を登るのが好きです。」と胸を張って言えるくらいの経験を皆さんそれぞれで積んだみたい。初期には少なかった山の詳細な話も増えました。会の他に自分で山に行くようになった人も増えましたね。

 ガイドと協力しながら続けたこの三年間を振り返ると、このコミュニティに種蒔きをして、水をやって大切に育んだ三年間だったなと思います。蒔いた種は芽を出して、コミュニティを支える幹になった人もいれば風に乗って新たな種を運びに行った人もいる。みたいな感じです。会を運営する上で心が折れるような経験もありましたが、ガイドや妻、それに皆の支えがあって『とりあえず三年やった』とは言えるようになりました。

「もっと参加してくれたら良いのに」
「皆でやれたら良いのに」

なんて考えながら夜中に悶々とする事なんて日常茶飯事でしたが、昨日皆の一分間スピーチを聞いていてそんなモヤモヤもどうでもいいことじゃねぇかと思えてきました。それぞれがやれることやればいいじゃねぇの。それで、飲みたくなったら、会いたくなったら戻っておいでよ。みたいな。ここが『帰ってくる場所』だって言うんなら、それを大切にした方が良いじゃんか。と思ったわけです。
 
 僕に必要だったのは、種を蒔いて水をやって、出た芽を育てることはもちろんそれぞれに飛んでいった種が新たに芽を出す喜びを知ることだったのかも知れません。そこで新たな仲間を連れて戻って来てくれるなら、それはそれで素敵なことだと思います。結局はそのために、僕達は僕達のできることをやしかないと言うだけの話なのです。

 例え話で出した『種と芽』とは違って、人間には明確な意識があって、帰ってきたい場所、誰かを連れてきたい場所だと思えば帰ってくることが出来るわけで、そうして繋がっていくご縁に期待しても良いんじゃないかと思わせてくれるような時間でした。『酒場の仲間たちと行く山の会』も良いもんだし、ガイドと行く山も良いもんだよ。来年はもっと広げて、もっと掘り下げて行きたいと思いますから。そのためにはやっぱりね、皆の力も必要なんだよなと思います。

 言いたいことははっきり言わせてもらうし、行ってほしいと思います。そういうコミュニティを育てていく事をやりがいにするのが、自分の現在地って感じ。

 自分の一分間スピーチでは富士山で見た月の美しさの話をしたけれど、それはきっと皆の話を聞いて『わ』とか、『えん』を感じたからなんだろうな。

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