戯れ(Scene4)
“はしご飲み”というものが、お酒好きにはたまらないらしい。はしご飲み(はしご酒とも呼ばれる)とは、次から次へと場所を変えて飲み歩くこととされている。「色んなところでちょっとずつお酒を楽しむ」のが楽しいみたいで、神保町にもはしご飲みに良いお店が結構ある。コロナ禍で一度は滅びかけた文化が、最近少しずつ戻ってきたような気がする。
はしご飲みで色んなところに顔を出すとそれだけ色んなお店に顔が利くようになって、常連さん同士が馴染みの飲み仲間になったりするようだ。例に漏れずうちにもそういう人達がいて
「おー!〇〇さん、またいるのぉ!?」
なんて、呆れたような声掛けが挨拶のようになっている人達もいる。そんな人達もお互いにいらっしゃる頻度は変わらないのが常連さん達の面白楽しいところだ。何度も顔を合わせるからこそ掛け合える言葉があるという意味で、はしご酒という文化は人のコミュニケーションに大いに貢献していると思う。
そういう世界にあって、十年来の飲み仲間だというあるお二人の常連さんがいる。その常連さん同士が呼び合っている呼び名が好きだ。
その名も「神保町徘徊老人」
すごい名前だなと思うけど、的を得た愛のある呼称だと思う。ひとりは焼酎のお湯割りに梅干しを一個入れて、もうひとりはウイスキーをソーダ割りで飲む。うちは一応日本酒やだとは言っているけど、焼酎だってウイスキーだってあるから、お二人は自分のペースでそれを飲んでいる。気さくな人達で、よくカウンター横並びになったお客さんたちを巻き込んで繰り広げられる軽快なトークは見ていて楽しい。“好きな魚三選”も、二人から始まったネタだ。(仮に焼酎を飲む方をAさん、ウイスキーを飲む方をBさんとする)
年齢で言えばAさんとBさんは十も違うのに、あんなに楽しそうにしているところを見ると酒場では年齢の違いなんて些細なものでしか無いと感じる。「酒場では」というよりは「大人になると」と言った方が適切だろうか。常識とマナーをもって大人の距離感を保ちつつ、学生のようにキャッキャする。酒場オヤジのお手本のようなふたり。時に二人は僕達夫婦の喧嘩の仲裁なんかもしてくれて、僕がこぼす愚痴を聞いては「良いからとりあえず謝っとけよ。」と言って諌めてくれる。分かっていても出来ないことを事もなげに言ってのけるが、そこに経験の重みがある。
うちに来てくれるお客さんは、細くても良いので永くお付き合い出来たら良いなと思うが、AさんもBさんも開店当時からお世話になっていることもあってその気持ちはより強い。健康第一でいてもらわねば。
そんなBさんが先日Aさんと飲んでいる時に、「最近旨くて良い酒の飲み方を発見したから聞いて欲しい。」と言い出した。何かと思ったら
「ウイスキーも良いんだけどさ、焼酎を割り物にして、そこに梅干しを一個入れておくんだよ。これでずっと飲んでられるし、体にも良さそうだろ。」
という。Aさんはふーんと言って、自分の飲んでいるグラスに目をやった。僕と妻も、Aさんが飲んでいる梅干し入りの焼酎を見て、思わず笑ってしまった。二人は本当に仲が良い。
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