僕が若き日に感じた、旅の「あいうえお」
物事を端的に、且つユニークな形で表すことがある。例えば料理の「さしすせそ」なんてのは、よく言われるし、でもよく言われる割に、クイズ番組なんかで結構な人が「そ」で有終の美を飾れない。
それはさておき、学生時代、アジアやヨーロッパを旅した。可愛い子には旅をさせよ!!と言わんばかりに、自らを「可愛い子」を称して奮い立たせた旅への興奮が、あの頃にはあった(26歳になった今もまだ可愛い子のままなのか、未だにその興奮はある)。
述べ30カ国を旅した私が、ある日ラオス・ルアンパバーンのメコン川の畔でふと思いついた、
旅の「あいうえお」
今日はそれについて書こうと思う。
①「愛」
いやお前。始めっから二文字も使うんかい!!と言うツッコミは自他共に認める。でも僕がしてきた旅は「愛」が全てだったと思う。
出会った人への「愛」、出会った人からの「愛」、素晴らしい街や景色や雰囲気への「愛」、見知らぬ土地へ、独りで旅立つ息子を送り出してくれる家族からの「愛」
まだまだあるけど、沢山の「愛」があって旅が成り立つように感じた。
もしかしたら、「哀」もそこには含まれてるかもしれないとも今は思う。カンボジアのトゥールスレン博物館や、ポーランドのアウシュヴィッツ、東日本大震災の震災遺構を訪れたとき、そこには「哀」があった。
負の遺産、ダークツーリズムという形は、必ずしも楽しいとは言えない観光形態だ。そこに確かに生きていた人々の、報われなかった「哀しみ」を追体験するのも、一つ旅のもたらす大きな意味であると、少し大人になった今は強く感じる。
②「運」
旅には「運」も味方につけることが大切だ。それが幸運であるか、不運であるかはどちらでもいい。
旅をしていると、思いがけないことがたくさん起こる。予約していたはずの宿が存在しなかったり、狂犬病の疑いのある犬から執拗に追いかけられたり、道に迷ったり穴に落ちたり。
涙が溢れ落ちるような不運に出会ったとき、心はどん底。「なんで旅なんてしてんだろ、、、」なんて気持ちになったりもする。
だが、奈落の底に落ちたときに見上げた時の輝く星空のように、あるいは大嵐の後に架かる美しい虹のように、不運のあとには素晴らしい幸運が待ち受けているように思う。
と、いうより、不運の後のほんの些細な幸運が、いつもは気が付かない幸せだったりする。
旅において「不運」と「幸運」はいつも近くにある。どちらの「運」も旅には不可欠であり、それがいいスパイスとなっていく。
③「縁」
旅では沢山の出逢いがある。人だけではなく、モノやコトやもう全ての時間が新しい出逢いである。
私が「縁」を強く感じたエピソードの一つに、あるゲストハウスでの出逢いがある。
ルアンパバーンのとあるゲストハウスで出会った、韓国人女性と中国人男性。その二人と私達(私と友人)の四人が偶然同じドミトリーに泊まり、なんとなく流れで飲みに行くことになる。
政治的にみて、日韓中の三国は極めて複雑な関係性を持ち、歴史的に見ても簡単には表せない深い関係性があるこの三国。
その三国から、若者同士が同じ酒を酌み交わし、熱い話をする。酔っ払って大笑いする。ひとつ屋根の下で共に寝る。そして誰かが起きた音で目を覚ます。
「あれ?平和ってここから始まるんじゃない?」
本気でそう思った。
「縁」って不思議だ。初めて出逢った人と、あたかも何年も前からの旧友の様に語り明かせる。
「縁」や「出逢い」には才能も必要だと思う。待ってるだけの「出逢い」ではなく攻めた「出逢い」を!!
⑤「恩」
もう、先が読めてしまった人もいるだろう。旅の「あいうえお」、ラストは「恩」だ。
言うまでもない。感謝の気持ちが大切だ。
旅人の話でよく聞く、「英語は全く話せないけど、その国の【ありがとう】だけは覚えるようにしていた。」なんてのは、本当にそうだと思う。
【ありがとう】は魔法のコトバだ。そして魔法のコトバに、良い表情を添えられればなお良い。
出逢った全ての人、モノ、コトに感謝。旅立つ前、その航空券を勇気持って予約した自分自身の勇気に感謝。見知らぬ世界に飛び立つ事を、応援してくれた家族に感謝。
旅をしていると感謝が止まらない。
以上、簡潔ではあるが、僕が若き日に感じた旅の「あいうえお」だ。
「愛」「運」「縁」「恩」
これだけで旅は、最高という言葉では表せない程、最高になる。
誰かに自慢できるようなきらびやかな旅では無くていい。自分が納得する旅を、これからも続けていきたいし、これを読んでくださった皆さんもそうであってほしい。
今はまだ、自由に旅が出来ない。
いつかまた、自由に旅が出来るようになったその時、旅の「あいうえお」を心の片隅において、また世界に会いに行こう。
その時は、旅の「かきくけこ」を探しにね。
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