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湯河原町の、希少な木工屋

私達は1997年に湯河原町に越してきた。近くに家が無いので、木工の丸鋸を回しても大丈夫。翌年、寄せ集めたプレハブを、木工仲間や親戚の男の子6人で、ほぼ一日で組み立てて、工房の完成。

あれから20年余。最近では木工の注文も時折あり、生活に必要な臨時支出に回せるから助かっている。でも、少額ではあっても年金が無ければ、この暮らしは成り立たない。

今では、うちのような木工屋は、近隣にあまりない筈。秦野の職業訓練校の木工科を出た人で、まだ木工をやっている人は、多分、とても少ないと思う。生活が苦しく、離婚した人も多々。それだけ、木工で食べていく事は難しい。共働きでやっと。

最近はうちも高齢化で、草刈も材木置き場からの材木取り出しも、何もかも私もついて行って一緒にやることが多い。大きなものを作るときは、二人で持ち上げたり、ひっくり返したりしているが、無理なことも増えてきた。

そこで、木の眼鏡入れの登場となる。小さいものならまだ大丈夫。それに、あの仕組みは夫でないとなかなか難しいと思う(簡単だったりして!)。

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