分類分けされることにもそろそろ疲れてきた今日この頃
こんにちは。Yukariです。
三日坊主な性格なので、始めたからにはなるべく長く続けようと言う気持ちを持ってnoteを更新してます。
アカウントを作ってから1年間ほど放置し、なんとなく思い出して始めたnoteですが、がむしゃらな20代とは違い、自分だけでなく周りも考えなければいけないことが増えてきた30歳と言う節目の時に始められたのは良かった。
それに文書を書くと自分の考えもクリアになってきて、スッキリです。
noteデトックスですね。素晴らしい。
前回わたしはカミングアウトについて書きました。
同性愛に限らず、お酒を飲んで気持ち良くなって、恋愛の話になることは多いですよね。
わたしはお酒を飲んでフワフワした頭で恋愛トークに突入しても、目の前の相手にカミングアウトをできる・できないは常に考えていました。
女性のわたしにパートナーがいると話をしたら、周りは当然相手が男性だと思って話を進めていきます。できることなら彼女を彼氏だと嘘ついて話すのもしたくないので、なるべくカミングアウトしてしまいたいとわたしは思うことが多かったです。
そこでカミングアウトをしてはよっぽどマズそうな人以外は、実は、、、とカミングアウトをします。友人たちには嫌なことを言われたことはないですが、カミングアウトをした相手は友人だけでなく多種多様でしたので、反応もそれぞれでした。
そうだったんだと驚く人もいれば、どういう恋愛をしてきたのか、どんな人がタイプなのかと言ったことに興味を示す人もいました。ゲイを受け入れるのは無理だけど、レズビアンは大丈夫だとか勝手なことを言う人もいたし、"レズビアン=AV"と言うニュアンスのことを言う人もいました。失礼だなと思っても、セクシュアルマイノリティに対するイメージは、AVだったり、テレビのド派手なタレントだったり、LGBT活動家だったり、と現実とかけ離れたイメージを抱いている人がいるのもまた事実です。
その中で恋愛の悩みの相談をされることもありました。
よく聞かれたのは、「男女どちらを好きになったらいいか分からない。」という相談。
そうやって聞く人は今まで、異性のパートナーはいたけれど、もしかしたら同性も好きになれたかも?という瞬間があったようです。
「異性が恋愛対象だけれど、もしかしたら同性愛者かもしれない。」と。
そういう時わたしが思うのは、異性・同性どちらも好きになれそうであれば、どちらを好きになってもいいじゃないと思います。
例えば、自分は同性愛者だからと言っていても、長い人生の中でもしかしたら異性の好きな人ができるかもしれない。
自分を同性愛者だ、異性愛者だ、と自認することは大事だと思いますが、迷うことがあったのなら、決めつけることはしなくてもいいと思います。
実際わたしの周りにも同性愛者だと言っていたとしても、異性を好きになった人もいました。
それを関係のない周りの同性愛者たちが裏切りだとか、都合がいい、と言うのも、それは当人の問題なんだから、そんなことを言うのは良くないとわたしは思います。
わたしもパートナーも、セクシュアリティは?と聞かれれば、今は同性パートナーがいるからレズビアンかな?と答えます。でも、どうなのかな、と思う時もあります。
同性愛者、セクシュアルマイノリティ、LGBT、女性、男性。
いろんな言葉でカテゴライズすることは便利で、分かりやすい。自分と同じカテゴリーの人と話せば、リラックスできる時もあります。
でもなんでもかんでもカテゴライズしてしまうことが、息苦しいし、それがまたマイノリティであることを助長させているのでは、と感じる時もあります。
わたしはセクシュアルマイノリティで、同性愛者で、レズビアンだけれど、その前にYukariというひとりの人間です。
レズビアンだから、ゲイだからと言ったって一律じゃないし、一人ひとり、それぞれの生き方がある。
それと同じで、自分の好きになれる人で迷うのであれば、決めつけず、「好きになれた人が好き」でいいじゃないか、とわたしは常々思っているのでした。