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これまでのこと~マクドナルドに久しぶりに行ったら戸惑ってしまった~

たしか以前は100円で食べられたはずの、ハンバーガー、チキンクリスプを探したけど、見つからなかった。さすがに、単品の「ハンバーガー」はどこかにあるはずだと、メニュー表を端から端までくまなく必死で探した。メニュー表は、以前は外にもあった気がするし、店内のカウンターの向かいにもあった気がするが、レジにしか置いてなかった。仕方なく「停止中」のレジの前でメニューとにらめっこしていると、停止中の札が外され「ご注文はお決まりですか?」と店員さんに急かされてしまった。「すみません、もうちょっと見せてください」と言って待ってもらった。にらめっこしている間、となりの開いているレジでは、お客さんが注文しているのが聞こえた。「○○バーガー、アイスコーヒーとあとポテト」「お会計800円になります!」というやりとり。800円か、、、。高い、、。一生懸命「ハンバーガー」単品を探した。3巡目くらいメニューを見まわしたとき、やっとメニューの左側中ほどに黒く小さな字で、写真もなく、ほかのメニューに埋もれていた「ハンバーガー¥110」を見つけた。ついでに「チーズバーガー」「チキンクリスプ」も隣にあった。これを見て思った。「マクドナルドは安い3種の単品バーガーをあんまり頼んで欲しくないんだな、、、」と。よくメニューをみると、扱いが本当に違う。高いメニューは写真と名前がドーンと出ている。しかも表記は、まるでドリンクとポテトのセットが前提かのごとくだ。利益率の高いドリンクとポテトをなんとか頼んでもらおうと頑張っている。店内を見回すと、たしかにセットを頼んでいる人が多かった。自分のように単品バーガー3つでお腹を膨らませようとする客はほかにいないように見えた。10年以上前にプールで泳いだ後、猛烈にお腹がすいて最寄りのマクドナルドに駆け込み、ハンバーガー4つ頼んで食べたが足りず、追加で2個、計6個を食べたことがあるが、それを現代のマクドナルドでやったら周りからどう思われるんだろうか。

どうしても、マクドナルドに対しては、僕が高校生くらいのころの、「ハンバーガー59円」時代の印象が染みついてしまって離れない。マクドナルドは「安くてそこそこのお店」だ、というのが刻みついている。

日本で「麦当劳」[*1]化する「マクドナルド」

それがちょっと変化したのが、2007年ごろに留学した中国にいた時だった。日本では「安くてそこそこの味を求める中年サラリーマンと、中高生がポテトとドリンクでダラダラとたむろする店」だったのが、中国では「家族やカップルがリッチな気分を味わいに来る場所」だったのだ。当時はまだ中国は今よりもずっと物価が安くて、個人経営の飲食店では100円以下でそこそこのものが食べられた。ところが、マクドナルドは4~5倍以上出さないといけなかった。個人の飲食店にはない清潔感の中で、憧れの美国(アメリカ)のものが食べられる、ということで大人気だった。しかも店舗は農村部にはなく、大都会にしかなかった。「麦当劳」は当時の中国の中間層の憧れだったのだ。

マクドナルドは「麦当劳」化を、僕がお店から足が遠のいているうちに進めてきたのかと考えた。郊外の店舗を減らし、大きい街に集約し、単価を上げて客層を上げる。それによって低下していたブランドイメージを上げる。中の人からは、そんな単純なものではない、と叱られるかもしれないけれど。麦当劳化は、いまのところ、うまくいっているように見える。店舗は改装されてきれいになっているし、客層もわりとこぎれいな人も多い(都心ではわからないけれど)

「ジェントリフィケーション」という言葉が思い浮かんだけれど、Wikipedia曰く、「ある地域における居住者の階層の上位化とともに、建物の改修やクリアランスの結果としての居住空間の質の向上が進行する現象のこと」であるそうなので、ちょっと違うのかも。ここではあえて、(仮称)「麦当劳化」としてみた。

味はというと、相変わらずそこそこ美味しかった。

最後の問い、「麦当劳」に来れなくなった人たち(昔「マクドナルド」に行っていた人たち)は、今はどこに行っているのだろう。

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この店舗の植栽、リュウゼツランの斑入りを使ってておしゃれ。リュウゼツランなら消毒のメンテナンスもいらない。耐寒性、耐暑性もばっちりだし、水やりもほぼ雨水のみでOK。めくってはないけど、防草シート敷いて、その上に砂利を敷いているので草取りも不要。家の周りに手間暇かけたくないけど、ちょっと緑も欲しい人にとってはすごくいいと思う。ちょうど花も咲いていた。

[*1]麦当劳の発音は「まいだんらお」。中国でのマクドナルドの屋号です。

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