吉本が作り出すM-1のナラティブと非吉本芸人
お笑い界最大の祭り「M-1グランプリ」が今年も開催される。
話題性から言っても規模から言っても他の賞レースとは一線を画するこの催しは単なる漫才の日本一を決める大会ではない。そこに見出される物語こそがM-1をM-1たらしめているものではないだろうか。
まず、M-1グランプリは創設年の2001年から2010年の前期、休止を経て復活した2015年から現在の後期に大別できる。
前期と後期では審査員の顔ぶれや出場年数上限の違い、そしてネットの普及による観客のリアクションの大きさなどが変わっている。今回は後期に絞って取り上げる。
後期のM-1で最も応援されたコンビが和牛であることに異存を挟む者は少ない。
2016年に敗者復活から決勝に勝ち上がると2017年、2018年と連続で準優勝、毎年新しいネタを作りだすストイックな姿とあと1票届かずに涙を飲む姿は多くの人の心を打った。なかでも2018年の1本目のネタは彼らの集大成と言える完成度の高いネタだった。もし自らがゾンビになったら相方が殺してくれとお願いする水田の「めんどくささ」と上品な口ぶりながらヒートアップしていく川西の、そしてしゃべくり漫才とコント漫才がシームレスに繋がっていく展開のどれをとっても面白かった。
2019年まさかの準決勝敗退後に敗者復活から帰ってきた和牛に、最終決戦の席は残されていなかった。敗退が決まった時の川西の表情が全てを物語っていた。
M-1物語の象徴と言える和牛が最後の出場を終えた2019年に優勝したのはミルクボーイだった。
あの日、テレビ朝日のステージに立つまで、二人のことを知っていた者は極めて少なかった。しかし角刈りの小太りの男とムキムキの男は目の前にいる者たちをひたすら笑わせ続けた。4分後に彼らがM-1史上最も面白い二人であることを疑うものは誰一人いなかった。そんなシンデレラボーイは、史上最高の大会との評判を巻き起こしたこの大会の主役となった。
そして、翌年に優勝したのはマヂカルラブリー。野田クリスタルが転げ回るネタはいわゆる漫才論争を巻き起こした。しかし、彼らが作った物語の前ではあれは漫才だとかそうじゃないかなどは些細な話だ。紹介VTRで2017年初出場時の上沼恵美子からの厳しい言葉が流れた、その直後のせり上がり正座していた野田クリスタルは「どうしても笑わせたい人がいる男です」と言った。あそこで巻き起こった笑いがこの日の主役は誰かを決定づけることとなった。
2017年の上沼恵美子事変から帰ってきた男は、自らストーリーを作り上げた。その他にも様々なコンビが、各自の物語を作ってきた。M-1に殉じたスーパーマラドーナ、幾度の挑戦でブラッシュアップを続け、十八番の「UFJネタ」を練り上げたかまいたちなど。
それが敗者であれ勝者であれ様々なプロットが生成され、時にはファンによって補われ、M-1グランプリという大きなナラティブへと昇華される。
吉本興業主催のM -1グランプリが、物語を作り出す。そのキャストの多くが吉本芸人である。それ以外の芸人は物語を作る機会が圧倒的に少ないのである。
ここで、今年決勝進出した中から注目したいコンビが真空ジェシカだ。彼らは人力舎に所属している。ラパルフェの準々決勝のネタがあれほど大きな話題を呼んだのは、見る側にもこの大会は吉本興業とそれ以外で区別がされていることが自明のこととして共有されているからであろう。
彼らは今年、自身の冠番組的なポッドキャスト「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」にて「主人公感」という言葉を度々口にしてきた。
ボケの川北は、漫才に大切なものはここ数年の優勝者を例示した上で漫才に大切なものは「主人公感」だという。
10月には、その発言をもとに番組イベント『真空ジェシカの主人公ちゃん』を開催するなど、いじり倒している。(因縁のあるオズワルド伊藤が、同期の空気階段を巻き込んで行ってきた賞レース戦略の意趣返しとも言える・・・かもしれない。)
当たり前だが、「主人公感」などという言葉を口にする主人公は存在しない。
常にふざけているような、それでいて全部が本音で喋っているような非吉本芸人が、「主人公感」を実践することでその構図を茶化し相対化してみせた。そんな彼らが初めて勝ち上がった決勝でどのような漫才を披露するのか、また、ネタ披露後の司会との会話、いわゆる「平場」でどんな立ち回りをするのか。注目したい。
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