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マニピュレーターになってみないか~前編~

しばらく投稿してなかったのにいきなり何だと。
正直に言おう。
人が足りないのだ。人が。

コロナ禍を経て、ライブ業界も以前の活況に戻りつつある昨今。
ありがたいことにたくさんのご依頼をいただいて、
スケジュールを調整する毎日です。
自分一人では手が回らず人手を増やしたいが、なかなか人がいない。

「マニピュレーター」という仕事は他のコンサートスタッフと比べ
専門学校や音大にも専門の学科はなく、
どんな仕事なのか、どうやったらなれるのかイマイチわからない
謎多き職業。
だってこの「マニピュレーター」ってワード自体が仕事内容を全く表してないから全然わからないよね。
ちなみに海外だと「マニピュレーター」って言っても通じません。

パソコン並べて突っ立ってるけど一体何やってんのあの人

並べすぎなくらい並べたMacBook

悲しいかなお客さんからはきっとそう思われてるに違いない。
そうだよね、伝わらないよね。
だからマニピュレーターになる人って少ない。圧倒的に。

この仕事を始めて5年。
年齢的にとても遅いスタートで、未だ至らぬところがありながらも
ありがたいことにたくさんの現場から
声をかけていただけるようになりました。
こんな自分がここまで来れた来歴を紐解きながら興味ある方に
ぜひ我々の門戸を叩いてもらえたら、と思ってます。
本当は現実逃避です
なぁ、マニピュレーターっていいぜ。

①クズバンドマン〜セッションベーシスト

そもそも僕は20代の頃は全然売れてないバンドマン(ベーシスト)でした。
生活はそりゃあ酷いもんで、
バイトしながら荻窪の6畳一間のアパートに住んで、
好き放題に遊び、借金は財産だとか言いながら
欲しい機材は迷わずローンで購入。
バイトの給料は返済と、いわゆる遊興費に消えていきます。
今振り返ると人としてマジで終わってるよ。
クズまっしぐら。

そんな20代のツケを、30手前で音楽活動をやめることで支払い、
(ちゃんと働きました)
今度こそ真面目に音楽に取り組もうと決意するのでした。

しかし、20代で放蕩の限りを尽くしていた時に、
既に周りのベーシスト達は立派に出世して、若い世代も台頭してきている。
そんな中で仕事を取るのはとても難しいことでした。

これはベース以外にもできることを増やさないと生き残っていけない
そう思って
作曲編曲業を始めて、コツコツお仕事をいただいたり
DJを始めて元々好きだったクラブミュージックを
更に理解しようとしてみるのでした。

DJやってたな、、またやりたい。

②ライブシーケンスとの出会い

セッションマンとして日々現場に行く中でスタジオにパソコンと
大量の機材を持った人物が現れます。
「マニピュレーターの○○さんです!」
舞台監督さんが紹介をします。
マニピュレーター。
有名なアーティストのライブDVDとかのクレジットにあったやつだ。
当時はそれぐらいの知識しかなく、一体何をする人かわかってません。
でもなんだかいい人そう。

実際にリハが始まるとどうでしょう。
音源にはあるけどバンドでは表現できないストリングスや
シンセの音、そしてゴージャスなコーラスが聴こえて
楽曲がより華やかになりました!
同期、いわゆるシーケンスっていうやつです。

しかも我々演奏者はイヤモニでクリック(メトロノームみたいなテンポのガイド)を聴きながら楽曲のテンポに忠実に演奏できる。
なんて便利!
すげえなマニピュレーター。
なんだか難しそうだけど。

当時は自分がマニピュレーターになろうとは夢にも思ってませんでした。
だってなんだか難しそうだったんだもん。

③マニピ、やってみない?

話を少し前に戻そう。
僕がDJを始めたのは友達とクラブによく遊びに行ってた時に
軽いノリで唆されたのがきっかけです。
その友達というのが現在僕が所属している
株式会社プロジェクトフルサークルの社長でもあります。
彼は元々シンガーソングライターで20代後半からマニピュレーターとして
数々のアーティストのツアーに帯同してました。

バンド界隈で共に辛酸をなめていた人間が知らぬうちに
売れっ子になっていくさまをみていて、なんだか羨ましかったのと
マニピュレーターってもしかして儲かるのか?と少し興味を持っていました。

その後、現場で彼と一緒になることがあり、
そこからマニピュレーターっていう仕事、
ライブシーケンスとはなんぞやみたいなのを聞いてはいたけど
やっぱり自分には向いてないな、、と思ってました。
だって、細かい作業苦手だし。

ベースの仕事が少し閑散期に入り、ちょっと精神的にも不安になりかけた頃
彼から、マニピュレーターにならないかと打診を受けました。
どうやら会社を立ち上げて、
ミュージシャン、作家、そしてライブシーケンスを一手に引き受ける
会社を作るらしい。

もちろんはじめは見習いからだけど、今後のスケジュールと
それに伴う収入の増加。。
これはチャンスと思い、「やる!」と即答していたのを覚えています。
向いてないって思ってた俺はどこに行ったのだ。

そう、マニピュレーターっていう職業を選んだ最初のきっかけ、それは
お金になるから
でした。動機が不純甚だしい。
この時齢34(くらいだったけな)。
遅すぎるマニピ人生はこんな不純な動機からスタートしたのでした。

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