自分の魂が震えることを洗いだせ
はい。つづきでーす。
自分がワクワクすることを、自分の魂が震えることを答えられる人って、たぶんすごく少数だと思うのですが、、、じゃあ、私のそれはなんだろうと、書くことで探していこうと思います。
寺門孝之さんの絵
心が満たされる、あるべき場所へ帰れる感じがします。
水彩の色彩が独特で、光を感じる作品たちが大好きです。
フランス菓子
美しくて、おいしい洋菓子に魂が震える
https://aubonvieuxtemps.jp/のお菓子を食べたとき、それぞれの素材がしっかりと主張しつつ調和していて、食べ物から意思を感じたのは初めてで、泣きそうになった。
子どもが卵と乳のアレルギーがあり、乳製品と卵を使ったお菓子は作れないと思っていて(子どもと一緒に食べれるお菓子が私にとってのお菓子作りのキーワード)、私のお菓子の世界は長い間、茶色の華やかさのない世界でした。そして子どもが10歳になった頃に出会った「glaceful sweets」にはとても心躍りました。また、体験レッスンに入ったけれど結局私のキーワードに合わないと思い断念した「http://www.ilpleut.co.jp/ecole/」、ここでの一日は本当に魂が震えた時間でした。あっという間の、夢のような楽しい一日でした。胸の奥底から何かが沸き上がってきて、まさに、こと~ばに~、でき~ない~。カラカラの大地に水滴が落ちた時のように、全細胞が歓喜に震えていて、ここに私は来たかったんだ、この世界に自分は行きたかったんだと思いました。
でも、食は誰に喜んでもらえるかも大事だと思っていて、食物アレルギーのある子どもにとっては、乳製品・卵は命の危険を脅かすもの。それを作ることを選ぶことはできなかった。上の子が1歳の時、チーズの入ったサンドイッチを食べて、呼吸困難で死にそうになったことがありました。あの時のことを思い出すととても辛いです。じゃあ、子どもがアレルギーがなくなったら、(子どもの食物アレルギーは成長とともに克服されるものも多い)私は洋菓子の世界に行きたいのだろうか、、、。それは、いま答えが出せません。
出せないということが、答えなんでしょうね。
私の家にある神楽様
・・・これは、神楽様に呼ばれてると思えないのですが、、、。地域で途絶えてしまった神楽様の頭(獅子の部分)がなぜか、我が家にあります。物心ついたころから我が家には神楽様がいて、子どもの頃、村の祭りがあると神楽を舞う大人たちが我が家に集まって宴会がよく行われていました。
私の地域だと、神楽様は神社で保管されていることが多いのですが、なぜかうちの地域の神楽様は一個人宅である我が家に安置されているのです。どうしてなんだろう?そして、神楽舞が途絶えてしまったいま、我が家にある神楽様はどうなるんだろう。ずっとこのまま家に安置されているだけなのだろうか?そんな思いがずっと脳裏から離れません。
あまりに気になるので、地域の人にきいてみると、こんな話が。
「昔、なぜ神楽様を○○🏠に置いておくんだという人がいたので、我が家の先祖が『どうぞあなたの家でも公民館でどこでもおいてください』といって神楽様がよその家にいったことがあったが、よその家では、夜になると神楽様が騒ぐ。どこへいっても騒ぐ。でも○○🏠にいると静かにしている。そして結局、神楽様は我が家に戻ってきた」とのこと。
しかもこの話、3人くらいから聞いたんです(゚д゚)!。都市伝説的な、、、。
もう10年以上もずっと、神楽様のことが気になっているので、今年か来年には、何か進展があるような気がしています。むらの人の話によると、我が地域の神楽舞は、笛の吹き手がいなくなった為、途絶えてしまったとのこと。踊りは父親世代が知っている。私も小学生の頃は神楽舞を見たことがあります。父親世代が元気なうちに、神楽様が復活できればいいのにと思います。そう思い始めて10年以上(;´・ω・)。昔と同じかたちではなくても、笛の音が違っていたとしても、神楽様に命が宿り、地域の無病息災を願う祭りができて、地域に活気がもどればいいなと、ずーっとそう思っています。
バレーボール
いまは、これが一番力を注いでいること。今までの人生経験のすべてが、ここをゴールとして続いていた道なんじゃないかと思えるくらい、ぴったりとはまっている。
自分の選手としての経験、事務局として大会開催を支える側の経験、人に教えるという経験、人生の苦悩、子どもがバレーボールをしているという事。
でも、魂が震えるかというと、そういうわけではない。いま、たまたま道の交差点に来ていて、自分ができることが他者に喜ばれているし、自分も楽しめるという感じです。
音楽
先日テレビで「UTAGE」という歌番組をやっていて、やっぱり歌はいいな、音楽っていいなと思いました。楽しい時も、つらい時も、泣きそうなときも、「寄り添ってくれる」。楽しさは倍になり、悲しさは半分になる。
つらい気持ちを「涙」にして体の外に流してくれるのも歌だし、言葉では伝えられない気持ちも届けてくれるものが「音楽」だなって、ほんと、素晴らしいものだと再確認。みんなでまた、一緒に歌が歌いたいなと思いました。合奏とかも。ソロも好きだけど、重奏、重なり合う音の響きが好きです。個性と個性がそれぞれを尊重しあいながら、それでいて寄りかかりあうのではなく、個の集合体としての「一つの形」を作り出している音楽が好きです。クラシックで言えば、Bachが大好きです。これって天秤座的な感覚なのかもしれない。
占い
星読み、タロット、数秘、ことだま。
去年、どっぷりこれらにハマりました。お客としてではなくて、学ぶ側としてです。もともと、石井ゆかりさんの星読みが好きで毎週楽しみにしたのですが、大きなきっかけは小4だった娘が理科で天体観測をしたりして星が大好きになったことです。
担任が理科の先生だったこともあり、何度も星空観察会があったり、星の写真をもらって来たり、とにかく星に触れ合う機会が増えた年でした。そして、なんとなく「BUMP OF CHICKEN」アルバム「aurora arc」を買ったこと。ネット広告で目に入った占星術の無料講座にに申し込んでみたりなど、宇宙に関することがどんどん身の回りに増えてきて、「科学的な星や惑星」と、「占星術」と、「バンプの音楽による世界観」と、「自分の悩みだったり」が全部一緒になってぐいぐい引き込まれてすごく楽しくなりました。学んでいくごとに自分の悩みも軽くなっていったし、悩みとして意識していなかったことにも腑に落ちることが多々あり、自分ってこんなところもあるなとか、気づかされることも多く、ほんとにいい出会いだったと思っています。もともと勉強することが趣味なので、ものすごい集中力で吸収していきました。
ある程度わかってくると、今度は周りの人に対して試してみたくなり、占いの話をして興味のある人の星をみてみました。すると、すごく当たっているとか、すごいねとか、ありがとうとか言われたりして、自分には向いているかしれないと思いました。自分が迷子の状態から、生まれた日=星を見ることで、自分の現在地、目的地、持っているものを知ることができ、人生に自信をもって自分で歩いて行けるようになったので、自分を見失っている人に対して自信を取り戻すお手伝いができたらいいなと思いました。これは、定年後に仕事として始めようと思います。
タロットはサワリしか学んでいませんが、自分で運命のハンドルを握るそのアプローチを娘にやってみたら、彼女の胸に響くものがあったようで、その日以来、その話をたまに出してくるようになりました。未来を予言するのではなく、自分で選び取る未来を見つける体験をしたことで、能動的な自分にスイッチが入ったのかもしれません。
どちらにしても、人の悩みの深いところに入っていくのは、嫌いじゃないです。多数の人は対応できないけど、私に縁のある人には相談にのって、その人が輝く生き方を見ていきたいです。
あ~、ここまで、結構長く書きましたね。
書き出すことで見えてくる。頭にあるだけでは、わからない。
自分の可能性、方向性、向いてないものを洗いだして、2021年を一歩ずつゆっくり歩んでいこうと思います。牛歩。