初恋の人とは結ばれないほうがいいんだ
別に初恋の人と付き合った経験はないけど、今になって「あぁ、あのとき付き合えなくてよかった」と勝手に思う。
私の記憶に残っているちゃんとした初恋は、中学生のとき。
すごくかっこよくて、背も高くて、私には輝いて見えた。同じクラスになってたまに話すようになったけど、やっぱりそれ以上は近づけない存在だった。
「こいつのこと好きなんでしょ?」
ある朝、学校に行ったら急に男の子たちが話しかけてきた。少し後ろのほうをみると、「やめろよ」と周りに言いながら照れている初恋の男の子。
何も言えずに教室に入った。
なんてことだ。
あまりの衝撃に私はドキドキしていたけど、よく考えてみると誰から見ても私が彼を好きなことは明白だった。
すごく気まずい。
だけど分かるかな。あの中学生特有の、なんとも言えない空気感。
確実に私の気持ちを知っている彼と、恥ずかしくて彼に近づけない私の間には不思議な空気が流れていた。
授業中、彼の背中を見ている私。たまに目が合うだけで嬉しかったあの頃。
ある日、委員会を決めることになった。先生がひとつずつ委員の立候補者を募っていく。
保健委員、図書委員、学級委員…
ある委員に差し掛かったところで、適当に手を挙げた。そして、彼も。
こうして私と彼は同じ委員になったのだった。
こんなチャンスが今まであっただろうか。恥ずかしくてまともに彼と話せなかった私にとって、これは最大のチャンスだった。
委員会の集まりがあるときは一緒に教室まで行き、仕事をこなす。二人きりになることはなくても、彼の隣に座ることができた。
どうやって話したかさえ覚えていない。
それでも、隣に彼のかすかな体温を感じる。このままでいられたら、なんて夢のようなことを考えた。
しあわせだ。
放課後、部活に打ち込む彼の姿が見えた。校庭でサッカーボールを追いかける彼のことは、一瞬で見つけられる。
風が吹いてカーテンが揺れた。教室の窓から見たその景色は、まさに青春としか言いようがない。
「どうしよう」
友達にすべてを打ち明ける。彼が好きなこと。どうしたらいいか分からないこと。
好きな気持ちは知らない間にどんどん膨らんでいき、自分だけでは抱えきれなくなっていた。
友達は私の気持ちを知ったあとも、わざとらしく彼と私をくっつけようとはせず、ただ見守ってくれる。
彼と話している私を見て、嬉しそうに笑いかけてくれた友達の目はとても優しかった。
結局、初恋の彼とはなんの進展もないまま卒業の日がやってきた。
このまま会えなくなるんだな。
そんな風に考えて、ただ遠くからみんなと話している彼の姿を見ることしかできない。だけどそれでもいい。見てるだけで幸せなんだ。
もう家に帰ろうと思っていたとき、
「ボタンもらいに行かないの?」
彼のことを好きだと打ち明けた友達が話しかけてくれた。一歩踏み出せずにいる私を見かねて、背中を押してくれたのだろう。
今はどうなっているか知らないけど、当時は卒業の時に好きな人から制服の第二ボタンをもらうのが通例だった。もちろん彼のボタンをもらいたい。でもそんなことできるはずないと思っていた。
それなのに友達の言葉を聞いて、「欲しい」という感情が押し寄せてくる。
迷っている時間はなく、もうすでに家へと向かっている彼の後を追いかけた。
「第二ボタンちょうだい」
彼の背中を見つけて、精一杯の勇気を出して言った言葉。驚いて私を見たあと、照れくさそうにしていた彼の顔が忘れられない。
彼の手はすぐに第二ボタンに伸びて、「はい」と手渡してくれた。
私のなかでは、この出来事が最初で最後の彼との思い出だ。今でも大切にとってある第二ボタン。第一でも、第三でもない。第二ボタンなのだ。
それだけで私には価値があったし、何にも代えられない青春の思い出になった。
高校生になり、もう二度と会うことはないと思っていた。
いつもと同じ学校帰りのバス、見覚えのある人が乗ってきた。座席を探しているその人と目が合う。変わらない姿にドキッとした。
その人は私より前の座席に座り、ただ前を見ている。
なんとかしたい。
そうこうしているうちに、私が降りるバス停に来てしまった。どうしようどうしようどうしよう。
ドアのところまで歩いて行き、降りる前にその人のほうを振り返った。
私を見ていた彼とすぐに目が合い、微笑みながら手を振る。振り返してくれる彼を見て、「やっぱり好きだな」と思った。
大人になった今、初恋の彼に会うことはないけど、もしも彼と付き合うことができていたら。
きっと私は彼への憧れが強すぎて、何もできずにいたと思う。
自分の気持ちをさらけ出すことも、ちょっとダメなところを見せることも、何一つできなかっただろう。
今でもたまに当時のことを思い出してしあわせな気持ちになる。それはきっと、叶わなかった恋だから。初恋は初恋のままで終わらせるのが一番なのかもしれない。
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