小説:バンビィガール<7-5>年末年始のご予定は #note創作大賞2024
「僕が淋しくないって言うと思う?」
悲しそうに、でも微笑みながら沢渡さんが言う。
私が頭を振ると、沢渡さんは私の頭をぽんぽんと優しく叩く。
「帰ろう。できることなら帰りがてらメシに付き合ってくれる?」
「え?」
「マクドナルドで大人買いするよ」
え、マクドで大人買い?
「ど、どれだけ食べるつもりなんですか?」
「え、だってビッグマックにポテトにナゲットにデザートにアップルパイ」
「私は無理ですよ!」
「付き合い悪いなあ」
「いやいや、それは違いますよね!?」
そんなことを言いながら、沢渡さんの車に乗り込んだ。
沢渡さんは本当にマクドのドライブスルーに寄って、言った通りのメニューを頼み、私はホットアップルパイとストロベリーシェイクを注文した。
「年末だから、僕のおごり」という謎な理由で、私の分も支払ってくれたけれど「それ、ドヤ顔できない額ですからね」と釘を刺しておいた。
「ポテト、食べていいよ」
「いいんですか? わーい、甘いもの飲んでると、しょっぱいものが食べたくなるんですよね」
「それ分かるなあ」
車は高速を降りた後、私の家とは違う方向へ走らせていく。
「沢渡さん、どこへ行くんですか?」
「お楽しみです」
ただでさえ夜の奈良盆地は暗いのに、更に暗い方へ向かっていく。私は少し恐怖を覚えた。
「大丈夫、さっきの男性集団と僕は違うから」
心を読み取るように、沢渡さんの安心できる声が聞こえてくる。
ランドクルーザーは山道を走り、そして――。
「お、今日は駐車場も空いてるな。ラッキー」
「ここは……」
「十三峠。夜景が綺麗に見えるよ」
車のポジションによっては車の中で夜景が堪能できるらしい。でも前列の駐車場は満車なので、まずは腹ごしらえしようと車内でハンバーガーを頬張る沢渡さん。
「食べ終わったら、車から降りて夜景を見よう」
よほどお腹が空いていたのか、普段のイメージとは違うがっつき方をしている沢渡さんを見てクスリと笑う。
「なんだよ、ハンバーガーかぶりついちゃダメ?」
「マヨネーズが口の端についていますよ、沢渡さん」
あ、やべ。と言って口の端を拭う沢渡さんが、ちょっと幼い学生のように思えて可笑しい。
ある程度食べ終わり「腹いっぱい、満足満足」と沢渡さんが満足げにお腹をさする。あれだけ食べたらそりゃ満足でしょうね、と食べっぷりに感心していた。
「よし、じゃあ降りよう」
二人で車を降りて、前方の車にお邪魔にならない場所まで歩く。
「どう?」
「うわあ……」
煌びやかな海がそこには広がっていた。空の星空がすべて落ちてきたらこんな感じなのだろうか。
「なかなか綺麗でしょ?」
「はい、知りませんでした」
「割とデートスポットで有名なんだけど、来たことなかったんだね」
「そうですね、連れてきてもらったことなかったです」
今までの彼氏たちを思い出し、一人一人の頭をぶっていく。何故連れてこなかった!!
「まあまあ、彼氏くんたちに非はないからね。あまり責めないように」
「なんでそんなに人の心が読めるんですか!」
「いや、あおいちゃんが分かりやすいんだよ」
沢渡さんがお腹を抱えて笑っている。私はぶうたれて、夜景に視線をやった。大阪平野の夜景は賑やかだ。
「あおいちゃん」
沢渡さんに名前を呼ばれて、声のする右隣を見上げる。いつものように優しく微笑む沢渡さんがいる。
「今年、よく頑張ったね。これはおじさんからの誕生日とクリスマスと功労賞ひっくるめたプレゼントです」
沢渡さんがジャケットのポケットから小さな白い箱を取り出す。
「え? 私にですか?」
うん、と沢渡さんが頷く。私はその白い箱を開けた。
「わあ、綺麗」
それはゴールドチェーンに小さな石があしらわれたネックレスだった。
「その石はラブラドライトっていう石なんだ。不思議な色であおいちゃんっぽいなって思って」
「素敵です。ありがとうございます!」
「気に入った?」
「はい! でもどうしてこんなにも沢渡さんは私に良くして下さるんですか?」
「さあ、ね」
沢渡さんは夜景を眺めながら、はぐらかした。
◆
大みそかの夜。
夜の二年参りは高校時代からのミクとの恒例行事だ。
今年は無難に近場にしとこうか、と橿原神宮をチョイスした。
「今年は冷えるなあ」
「ホンマやな。おしゃれ度外視で正解やわ」
二人ともダウンジャケットを羽織っている。吐いた息が白く浮き上がり、夜空の黒へ吸い込まれていく。
人混みに紛れながら、話題はこの間の忘年会の帰り道のこと。
「でも、それは恋で間違いないと思うわ。何とも思ってない子にアクセサリープレゼントする? フツー」
「でも、沢渡さんならその気がなくてもやりかねないんよなー」
一度沢渡さんと会っているミクも「たしかにあのイケオジやったらなあ……」と考え込む。
「そもそも、イケオジイケオジって私ら言うてるけど、あの人そんな年齢ちゃうやろ」
「年齢知らんのよ……謎が多すぎる」
「標準語やしなあ、出身は違うんやろうな」
謎に包まれた沢渡氏。でも、そのくらいがちょうどいい関係なのかもしれない。変に詮索したりされたりは私も嫌だし。
「でも、アオの気持ちは? アキヒロくんじゃない、沢渡さんじゃないとなると……」
「誰もいませんよー。仕事が恋人です」
「つまらん」
「いや、ミクに言われたくないわ」
そう言ってお互いに笑い合う。
「なあミク。今年でこの二年参り、12年経ちましたが……」
「うわ、時の流れー!!」
お互い彼氏がいても、この二人の二年参りは必ず守られた。もしかしたら、結婚しても続くのだろうか。
ミクがぽつり、と呟く。
「高校時代、懐かしいな」
「ホンマやな」
あの頃思い描いていた28歳になれているのかな。あの頃は夢らしい夢はなかった。大学生になってバンビィガールになりたいという夢ができて、今叶っているけれど。
「さて、今年は何を願おうかな。彼氏下さいってお願いしたろかな」
「神頼みは切ないで、ミク……」
どこからともなく「ハッピーニューイヤー!」という声が聞こえてきたので腕時計を見ると、0時を過ぎていたので「あけましておめでとう」と二人で言い合う。いいタイミングで内拝殿までやってきたので、お賽銭を投げ込み二礼二拍手一礼。
私は心の中で祈る。
――神様、私を始め、今まで応援してくれた人たち、バンビィの関係者の皆様をお守り下さってありがとうございます。今年も精進します。
「では、おみくじに行くとしますかね」
「毎年この瞬間が一番ドキドキするんやけど」
ミクの言葉に「確かにせやな」と笑う。おみくじならではのスリルというか、期待と裏切りは毎年恒例で、どちらかが大体悪いくじを引くパターンだ。
「ようこそお参り下さいました」
巫女さんからおみくじを渡されて、私たちは明るい場所で「せーの!」で裏返す。
「わお、今年は大吉や」
「……吉でした」
ミク、大吉。でも大吉は結構辛辣な言葉が書かれているので油断大敵。
「仕事はいいから、恋愛は? ご縁は?」
おみくじをガン見して、ミクは「なんやこれ『積極的にせよ』って! 相手は誰や!」と叫んでいる。
私は仕事運が気になるので、仕事の欄を読んでみる。
『良きご縁あり、精進せよ』
良きご縁……なんだろう。とにもかくにも精進しなくちゃいけないことは確定した。
恋愛は『この人を逃すな』だけれど、相手がいないのにどうすれば?
「どうする? 今年は結ぶ? 持ち帰る?」
私は持ち帰ろうと思った。全体的に持っていた方が良いような内容だったから。
「大吉なので持って帰るわ。滅多に引かへんからな」
ミクはなんだかんだで内容は良かったらしく、ニコニコだ。
この後は大抵、ファミレスなどで明け方までおしゃべりするのが私たちの初詣。ミクが橿原神宮前駅の近くにあるコインパーキングに車を停めていて、人の多い橿原神宮周辺からは遠ざかるように大和高田市などのファミレスに避難するのだけれど。
「流石に最近は24時間営業のお店なくなったなあ」
スマートフォンをポチポチいじりながら、ミクが溜息を吐く。
「居酒屋ならあるんやけどね、我々車やし」
すると、我が家の近所にあるマクドが24時間だと分かった。
「またマクドか……」
「え? また?」
ミクが不思議そうに訊く。この間のイケオジ沢渡氏の話はネックレスのことがメインだったので、マクドのくだりは割愛していたのだ。そのくだりを話すと「ええ忘年会やな」と笑われた。
「でもまあ、ゆっくりできるし行こうか」
「ええの? ミクんちから離れるけど」
「ええよええよ。話できる方が私は嬉しいしな」
こうやって私と話をしてくれることを嬉しいと言ってくれる親友がいることが嬉しくて、いつまでもおしゃべりしていたくなる。
私たちは高校時代のこと、今のこと、これからのことをポテトとドリンクだけで、夜が明けるまでマクドで話し続けた。
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