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小説:バンビィガール<3-1>どうも、バンビィガールです #note創作大賞2024


 翌朝10時。
 昨日の接戦がすごすぎて、柳先生と通話したあと即寝してしまった。
 先生は職場からスマートフォンでちょこちょこ見てくれていたようで、「よう頑張ったな」と労りの言葉をかけてくれた。

 突然鳴るスマートフォンに驚き、飛び起きる。

「は、はい、もしもし?」
『やったな!』
「え、えーと……?」
 寝ぼけすぎて、誰の声かも判別できない。
『もしかして、まだ寝とった? はよWebバンビィ確認しろ!』
 声の主がどうやらアキヒロらしい、ことだけはわかった。こんな物言いするのは他に心当たりがないからだ。
 頭の回転が鈍った状態で、スマートフォンからWebバンビィのアプリを立ち上げる。
 そこには【第8期バンビィガールオーディション結果発表!】というバナーが大きく表示されていた。それを見ても妙に頭が重たく、風邪でもひいたのかなと思いながらクリックする。

 ――夢じゃないよね? 嘘じゃないよね?
 ようやく頭の重さが吹っ飛んだ。

<第8期バンビィガール決定!> 
 紺野あおい(27)

 決定ページには、私の全身写真と、動画第一弾、第二弾がレイアウトされていた――。
 何度も何度も「紺野あおい」の文字を確認する。夢、じゃない。

「ふ……」
『ふ? 俺、仕事中でちょい抜けて確認してん。そろそろ切』
「ふええええええええん!」
『えー!!』
 大号泣。大粒の涙が頬を伝う
 何の涙か私にも全く分からなかった。嬉しいのか、それとも今までの苦労を振り返ってなのか、それとも……。
『泣くなよ、おい』
「だっでえ、がっでになびだがででぐるんやぼん! ぶえええええん!!」
『泣き方ひどいな! 切るぞ!』
 そう言うと、アキヒロは本当に電話を切った。
 切ったと同時にスマートフォンのメッセージ着信音が止まらなくて、私の涙も止まらなくて、どうしていいのか分からない。

 ――夢が、叶った。
 諦めなかった夢が、叶った!!
 諦めない勇気が、勝った!!

 わんわん泣きながら、メッセージを確認する。
 ありがたいことに、読んでも読んでも追いつかない量のメッセージが届く。
『アオ、おめでとう!! 今までの努力が報われて私も嬉しいよ~』はミヤコから。可愛い胴上げのスタンプつき。
『アオ、ほんまにおめでとう!! またお祝い飲み会しような!』はミクから。
 連合軍の雑談トピックもお祭り騒ぎで『やったね! まつりさんおめでとう!!』『よかったよー、本当によかったよー!!』『苦労が報われた! まつりんおめ!』などとお祝いコメントで溢れていた。
 それを読んで、また泣いたり。返信しては、また泣いたり。やっぱり泣きながらSNSにも投稿した。
【20XX/04/26
 おはようございます、紺野あおいです。
 昨日までの投票の結果、私紺野あおいがバンビィガールに選ばれました!
 これを書いている今も泣いています(笑)。
 今まで沢山応援してくださって、本当にありがとうございます!
 取り急ぎ、お礼まで。
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #バンビィガールコンテスト
 #奈良
 #決まったよ!】

 ようやく流れる感情を拭えた時、スマートフォンが軽快な音を立てて私を呼んだ。画面を確認すると、誰からか分からない番号が表示されている。
「もしもし」
『もしもし、私月刊バンビィ編集部の矢田やたと申します。紺野あおいさんのお電話でお間違いないでしょうか』
 ――矢田さんって、確か月刊バンビィの編集長さんだ!!
 何故知っているかというと、私はちゃんと編集後記まで読むタイプで、編集長さんの名前を何度も読んでいたからだ。
「はい、紺野です」
『この度はコンテストへのご参加、ありがとうございました。そしておめでとうございます!』
「あ、ありがとうございます!」
『それで三橋から聞いてるとは思うんですけど、明日の14時頃からお時間大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です」
『じゃあ13時55分くらいに大和西大寺駅の南ロータリーで待ち合わせましょうか』
「かしこまりました」
『では、これから一年間よろしくお願いしますね!』
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
 失礼します、と電話を切り、急に焦りだした。三橋さんの説明では確か授賞式があるって言ってた気が。

「き、着るもの何がええの!?」
 叫びながら、ウォークインクローゼットを漁る。
 4月も終わりに差し掛かっているので、気温が高い日が続いている。半袖を着用する人も増えた。
「あ、そういえばこれ着てへんかったわ」
 ネイビー地に白の大きな水玉柄のパフスリーブワンピースを取り出し、鏡で確認。うん、変じゃない。
 髪の毛はどうしよう。下ろすのは正直暑くて汗を無駄にかいてしまいそうなので、ハーフアップはどうだろうか? いや、ハーフアップでも暑いかな? などと鏡の前で髪型シミュレーションをした。
 結果として、後れ毛を少し出したお団子ヘアにすることに決めた。これなら暑くないだろう。もし寒かったら困るので、黒のドルマンスリーブの薄手カーディガンで完璧だ。

 ――いや、完璧じゃない。お礼するところがまだあるじゃないか。
 私は机に向かい、ノートパソコンを開いた。

 会員制SNSには連合軍の皆がいるので、改めてお礼の一言を。
【20XX年04月26日11:03:決定!!(一部の友人まで公開)
 ありがとうございます!!
 ありがとうございます!!
 号泣しすぎて明日の目が不安です(汗)。
 またお礼しに行きますね!!】

 そしてクリエイティブ系のウェブサイトでは、今の素直な気持ちを綴ることにした。
【20XX/04/26 コンテストを終えて思うこと。
 こんにちは、紺野あおいです。
 本日、バンビィガールに決定いたしました。
 こちらでも沢山の応援、ありがとうございました。
 毎日票が増えるたびに「ありがとうございます!」と言っていた甲斐はあったと思っています。
 すごい戦いの日々で、くじけそうになったこともありました。
 でも、応募して、カメラテストに受かって、最終選考に残った時に決めたことは
『何があっても終わるまでは泣かない』でした。
 有言実行、決定の文字を見た瞬間に大号泣しましたが(笑)。

 この決定はゴールではありません。
 これからが勝負のスタートです。
 雑誌の顔とも言える専属モデル、自分なりの決まりごとを作って挑んでいきます。
 読む人が、見る人が、幸せな気持ちになれる専属モデルになることが目標です。
 これからもどうぞ応援よろしくお願いいたします。】
「なんだか、うまく言葉が出てこーへんな」
 独り言を呟きながら、それも『私』だと微笑んだ。
 この日は一日中、スマートフォンが鳴りっぱなしで「おめでとう」「ありがとうございます」の応酬が続いた。

 翌日、予想気温は30度。
 信じられない暑さで、4月でしょー!? と心の中で叫びながら、扇子でパタパタと顔を仰ぐ。
 電車の中は冷房が効いていたのだけれど、緊張からか汗が全然止まらない。これは恥ずかしいと、大和西大寺の駅に到着してすぐお手洗いに駆け込み、デオトラントシートで身体を拭いた。
 南口は、私たちが学生の頃は整備されていない、北口との差が激しい場所だったのだけれど、今はCoconimoSAIDAIJIここにもさいだいじという商業施設ができて、大きなロータリーも整備され、見違えるようにきれいになった。
 その南口ロータリーに、三橋さんが待っていてくれていた。
「紺野さん!」
「三橋さん!」
 私が近づくと、三橋さんが私の両手をぎゅうっと握りしめ「よかったですねえ、よかったですねえ!」と繰り返した。
「あ、ありがとうございます」
 こんなにも感激されると、すごく照れる。
「私たちは投票には参加できなかったのですが、ずっと投票の行方は見ていたので」
 編集部でもどうやら熱戦は注目の的のようだった。
「では、編集部に行きましょうか!」
「はい!」
 駅から3分くらいのところにあるお洒落なコンクリート打ちっぱなしのビルにたどり着くと「こちらが月刊バンビィの編集部になります」と紹介された。
「便利な場所にありますね」
「そうですね、電車でのアクセスは抜群ですね」
 ビルの8階と9階が月刊バンビィとWebバンビィの編集部だと教えてもらい、三橋さんは話しながらエレベーターのボタンを押す。
「西大寺がかろうじて見えそうで見えないんですよねー。でも眺望はいいと思いますよ」
 エレベーターが8階に止まり、扉が開くと「うわあ!」と素で叫んでしまった。西日が眩しいのは勿論なのだけれど、大きなガラス張りの窓から見える生駒山が美しい。
「すごく素敵……」
「さ、編集部へどうぞ。矢田も待っていますので」
 そう三橋さんに促されて、いよいよ私は月刊バンビィの編集部に足を踏み入れた。
 
 思っていた編集部とは全然違って、レトロモダンなファブリックで統一されたお洒落空間。想像の世界の雑誌の編集部は机が島になっていて、原稿が山積み……だったのだけれど。恐らくフリーアドレスなのだろう、大きな机、小さな机、様々な場所で皆さんがお仕事をされている。机の上に乱雑に置かれた原稿は見当たらない。
 一番小さな机でノートパソコンを開いていた小柄な女性が、私たちを見るとバッ! と立ち上がった。
「矢田さーん。お連れしましたよ」
なぎささん、暑い中サンキューです!」
 矢田さんが私たちの目の前まで小走りでやってきた。
「はじめまして、紺野あおいです」
「はじめまして、編集長の矢田塔子やたとうこです」
 矢田さんはポケットから革製の名刺ケースを出し、名刺を渡してくれる。
「頂戴いたします」
 昔取った杵柄、ビジネスマナーにうるさかった上司に叩き込まれた作法で両手で頂戴する。
「あああ! 私名刺渡してなかった!」
 三橋さんが慌ててポケットから――こちらはスチール製の名刺入れから――名刺を渡してくれる。
「ありがとうございます。頂戴いたします」
「じゃあ、渚さん、やりましょうか」
 矢田さんがニヤリ、と三橋さんに向かって笑う。それが合図とばかりに、三橋さんがパン! と大きく手のひらを叩いて音を鳴らす。
「授賞式、はじめまーす!!」
 え、ええ!? そういうノリ!?
「え、今カメラマン全然いない! じゃあ私が撮りますけど、ブレたらすみません」
 三橋さんが机の上に置かれていた一眼レフカメラをいじりだす。矢田さんはと言うと、何かを取りに、さっきまで座っていた席の後ろの本棚の裏へと消える。

 な、なにがおこるのだろう。

 呆然と立ち尽くしていると、突然大きなBGMが。
 ええとこれ、確か表彰式で流れる……あ、『見よ勇者は帰る』だっけ?  
 更にそのメロディを歌いながら現れる矢田さんの手には、ガラス製の何かと表彰状らしきもの。矢田さんが私の目の前に立った時に分かった。これ、トロフィーだ。
「おめでとうございまーす!」
 矢田さんがまずガラス製のトロフィー――バンビィのBの頭文字を模している――を渡してくれる。
「ありがとうございます!」
 大きな声で感謝の意を伝えると、矢田さんがクスリと笑い、編集部フロアからは拍手が起こる。その拍手の音に、夢見ていたものが現実になったんだという実感が湧いてきて、涙が溢れそうになった。
 ちゃんと刻まれている『第8期バンビィガールコンテスト・優勝』の文字。
「そしてー? 表彰状というより、任命状!!」
 そこで早口で「貴殿を第8期バンビィガールとして任命します。奈良を面白くするお手伝いをお願いします!」と読み切り、私に渡すと「ハイ拍手~!」とオーディエンスを湧かす。
「更に更にー!? 渚さん! 例のもの!」
「はいはーい」と三橋さんが持ってきたものは、そう、賞金。

 ――そういえば賞金、存在を忘れておりました。
 優勝賞金は10万円、だったっけ。

「おいしいもの、食べちゃって!」
 元気よく渡されて、私は「じゃあ焼肉にでも行ってきます!」とこちらも元気よく答える。
 そんな私の様子に、矢田さんが私の肩を軽く一回叩きながら言う。
「これから一年間たくさんの経験してもらうから、体力勝負やけど頑張ってな」
「はい、覚悟しております」
 私は、さっき書いた自分の言葉『ゴールではなくスタート』を思い出して、頷く。
「じゃあお茶がてら、今後の契約についてとか話しましょうね」
「その前に、写真だよ渚さん!」
「あ、そっかそっか! じゃあもう一回二人でトロフィー持ってもらって、ハイ、ニコッと!」
 ――はい、チーズ。
 慌ただしくも、授賞式は楽しい思い出になった。


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