小説:バンビィガール<3-3>どうも、バンビィガールです #note創作大賞2024
翌朝6時。
「やばい、緊張が……」
目覚ましのアラームが鳴る前に目が覚めた。今日はすっぴんで移動するので、伊達メガネにマスクは必須だ。
朝ごはんを軽く食べながら、ノートパソコンを開いて会員制SNSにログインし、連合軍コミュニティに入ると
『【祝】まつりさんおめでとうオフ会しませんか【祝】
20XX/04/26 23:31
狸:このたびめでたくバンビィガールに選ばれたまつりさんを盛大に祝うオフ会をしませんか。デビュー作になるバンビィ6月号発売日の5月25日、お暇な方がいればぜひ。
尚、まだまつりさん本人はこのことを知りません。』
「なんじゃこりゃあ!!」
遠方の連合軍メンバーはzoomで参加? そして奈良っ子ほとんど参加?
どーすんの!! どこでやんの!! ちょっと待てい!!
色々言いたいことはあるけれど、今の私には時間がない!
「ああ、もう! そういう大事なことは私にまず教えてやー!!」
そう叫びながら、家を出た。
最寄り駅から天理駅までは30分ちょっと。
途中近鉄橿原線と近鉄天理線に乗り換えるので、ちょっと面倒。何故ならば大きなスーツケースがあるのに、エスカレーターがほとんどないからだ。
偶然にも高校時代に乗っていた電車の時間帯と同じで、妙にエモーショナルな気持ちになる。ワイヤレスイヤホンからは、当時よく聴いていたロックバンドのアルバム。
ラブソングなので、ちょっと複雑な気持ちになるけれど。
天理駅に到着すると、大きな駐車場の分かりやすいところに「バンビィ号」と書かれた軽自動車が停まっていた。中から三橋さんが降りて近づいてくる。
「おはようございます! スーツケース大変だったでしょ」
「おはようございます! 私、割と力あるんで大丈夫です」
そう言って右腕にできた力こぶを見せると「おお、頼もしい」と軽く拍手される。スーツケースは三橋さんが手際良くバンビィ号の後部座席に入れてくれて、私を助手席へ促す。
「編集者さんって大変ですね、こういうお仕事もあるなんて」
「慣れっこですよー。読者モデルさんとかの送迎もしますし」
取材して記事を書くだけじゃ、だめなんだなあ。本当に大変そうだ。
「では、出発しますね」
三橋さんの運転は、すごく優しくて、運転って人柄が出るよな……。
「……ちゃん、あおいちゃん!」
「え!」
あまりの心地よさと早起きのせいで、寝てた!! 時計を見ると、10分ぐらい落ちていた模様。
「申し訳ありません……」
私がしょんぼりしていると「いえいえ、こちらが朝早くに来ていただいているので問題ないですよ」と優しくフォローしてくれる三橋さん。一瞬、女神様に見えた。
「ここですよ。まだ天理市内ですが、県内に何店舗かあるサロンさんなんです」
QUEENと書かれた看板はまだ新しく、ぱっと見はカフェのような外観をしている。
「今年度は、QUEENさんの系列店での撮影になります。割と駅近なお店もあるので、あおいちゃんなら迷わず来れるかな?」
さ、降りましょう。と言われ、シートベルトを外す。
「沢渡さんは……まだ来てないのかな」
「サワタリさん?」
「今日のカメラマンです。言っておくと、めちゃくちゃイケオジです。そして独身」
「それはめちゃくちゃいい情報ですね」
イケオジなんて私の周りにはほとんどいないので、興味津々。
バンビィでは専属カメラマンは一人しかおらず、大抵は契約している外注のカメラマンさんが撮影してくれるらしい。
「あ、きたきた。沢渡さーん、おはようございまーす」
車には詳しくないけれど、あの車、知ってる。ランドクルーザーだ! 高校時代の柳先生とは別の社会科の先生が乗っていたのを思い出す。
運転席の窓が開いているのをちゃんと確認して、三橋さんが声をかけている。
「おはよー渚ちゃん。と、新しいバンビィガールちゃんだね」
綺麗に駐車をして窓から顔を出したサワタリさんは、確かにイケオジだった。思っていたほど派手な感じではなく、髭もなく、清潔感もあり若々しい印象だ。
「紺野あおいです、本日はどうぞよろしくお願いいたします!」
「オッケー、めっちゃ可愛く撮ってあげるから」
そう言いながら、窓から名刺を渡してくれる。新しい名刺の渡し方、ドライブスルー方式。名刺には『Photographer:沢渡洸平』の文字。
「じゃ、あおいちゃん、私たちは先にサロンさんに入りましょう」
「はい」
三橋さんに促されて、私たちは店内に入る。
「おはようございまーす。月刊バンビィの三橋です」
「おはようございます! 店長の坂下です」
ここからは完全にビジネスの世界。三橋さんと店長さんが名刺交換して、談笑している。
「こちらが、新しいバンビィガールの紺野あおいさんです」
三橋さんが店長さんに紹介してくれる。
「おはようございます! 紺野あおいです。今日はよろしくお願いいたします!」
「わー!! 本物だ!! 接戦拝見しておりました! 本当におめでとうございます。よろしくお願いしますね」
見られてるー!! 接戦ばれてるー!! 顔は笑顔、心は複雑。
「今日はQUEENのトップスタイリスト二名で綺麗にしますからね!」
店長さんから紹介された横田さんという男性と、筒井さんという女性が「おめでとうございます!」と挨拶してくれる。いかにあのオーディションが注目されていたか良くわかる。
「では紺野さん、施術前なので。お洋服はどうしますか?」
横田さんに訊かれ、洋服が決まっていないことに気づく。
「あ、三橋さんと相談しなくちゃ。三橋さーん!」
姿は見えないけれど、店内にいるであろう三橋さんを呼ぶ。
「あー、洋服ですよね? ちょっとこっちでチェックしてるので少し待っててくださーい」
どうやら私のスーツケースの中身を物色しているようだった。
「わかりました!」
「お洋服を決めていただく間にカウンセリングしましょう」
横田さんがサッと椅子をこちらへ向ける。あとは野となれ山となれ。
「メイクは私が担当しますので、要望とかあれば何でもお聞きしますよ」
筒井さんがにっこりとケープを巻きながら微笑んでくれる。
「紺野さんって結構猫っ毛ですね? 多少の天然パーマもある」
横田さんの手が髪の毛に触れる。
「そうなんです。一応普通のパーマもかけてるんですが」
「これならナチュラルカールでふんわりさせるほうがいいかな? 髪色は地毛ですか?」
「はい、地毛ですが色が抜けやすくて」
「なるほど、ダメージあり、と」
どうやらお店のチェックシートに細かく書き込んでいるらしい。
「こちらもチェックしますね。お肌綺麗ですねー。何か特別なことされてます?」
今度は筒井さんがお肌チェック。
「いえいえ、全然! 太陽に弱いので日焼け止めにファンデーションぐらいです」
「日頃のケアがいいんでしょうね。眉毛はどんな感じが好きですか?」
「最近抜け感が流行ってると雑誌で読んだのですが」
「そうですね、ちょっと薄い色で描いてあげる方が人気ありますね。形はどうです?」
「なるべく自眉を活かしたラインがいいです」
「じゃあちょっとアーチな感じですね! リップは多分オレンジ系が似合うと思うので、この中からだったらどのお色味が好きですか?」
カラフルなリップパレット。敷き詰められた色、色、色。目がチカチカしそうになりながらも「じゃあこれを一度使ってみたいです」と希望を伝える。
「あおいちゃーん、これどうかな?」
三橋さんが手にしていたのは黒地に白のレースが施されているノースリーブのカットソー。それを見たスタイリストお二人が「いいですね!」と絶賛している。
「では着替えてくるので、お手洗いをお借りしてよろしいでしょうか?」
「どうぞ、こちらの奥にございます」
横田さんが丁寧に教えてくれる。
どうせ撮影だし、とテキトーに着ていたグレーの薄手パーカーにピンクのTシャツを脱ぎ、ノースリーブを着る。もうすぐ5月で暑いはずなのに、朝なのか少々冷え込んでいて鳥肌が立つ。スカートはシルバーのチュールスカートなので、そんなに違和感はないはずだ。一応スーツケースの中にはサンダルを用意しているけれど、どうなんだろう。
「着替えました」
「あ、いい感じですね! 寒いと思うのでなるはやで仕上げますね!」
横田さんの表情が引き締まる。ミストを髪全体に振りかけ、器用にコテで私の髪をサッと巻いていく。
「じゃあこちらも取りかかりますね。ふき取り化粧水からやっていきます」
筒井さんはコットンにひたひたとふき取り化粧水を含ませ、私の顔面を優しく撫でる。その匙加減が素晴らしくて、うとうとしそうになる。
沢渡さんはと言うと、お店の外観を撮影しているようだった。皆が皆、それぞれの役割を果たしていて「プロと一緒にお仕事ができるんだ」と気持ちがキュっとする。
目まぐるしく動く手先、真剣な眼差し。
髪の毛が巻き終わるのと同時に、メイクも完成した。
「さあ、ご覧になってください」と横田さんが椅子を4分の1回転させて、私は鏡と向き合う。
「え、これは誰?」
呟いた鏡越しの誰かの声は、間違いなく私だった。
べ、別人すぎる!! お目目がパッチリだよ! 2倍になってるよ!!
唇もつやつやで、頬も健康的なピンクになっている。アイラインの入れ方もすごく絶妙。髪の毛は私では到底できないスタイルのカールだった。くっきりカールじゃなくて「ここからは冷風を当てたあと、手でほぐします。ミルクタイプのスタイリング剤で仕上げますね」と、ドライヤーの冷風を弱で当てたあと手櫛でほぐしてスタイリング剤でフィニッシュ。
「ナチュラルなスタイルになりましたね。元の髪質も柔らかくて、紺野さんがお持ちの優しい印象が増しますね」
「あ、ありがとうございます」
横田さんにサラッと褒められた気がして、思わず声がうわずってしまう。
「あおいちゃん、用意できました? あら、可愛い!」
「いいね、雰囲気ばっちりだ。さあ、撮影しようか。今日は天気がいいしベンチもあるから、そこで撮影だ」
三橋さんと沢渡さんが仕上がった私を見て、微笑んでいる。
少なくとも、人前に出られる状況ではあるらしい。
ケープを外し、ノースリーブ姿で鏡の前に立つと「スタイルいいですね、羨ましい……」と筒井さんに言われた。身長が高いだけでスタイルには自信なかったのだけれど、プロから言われると嬉しくなる。
「じゃあベンチに腰掛けて。足元はスニーカーのままでいいから気にせず。上半身だけ撮影するから。渚ちゃんはレフ板こっちに傾けて」
私は木製のベンチに腰掛けて、次の指示を待つ。三橋さんは慣れた手つきで丸いレフ板を扱っている。
「ちょっと首傾げて、あと両手をクロスするように組もうか」
カシャ、というシャッター音が何度も何度も響く。
「まだ表情が硬いぞー。口は閉じて歯を見せずに。にっこりにっこり、口角上げて」
何度もシャッターの音がする。顔がひきつってくるけれど、何とか堪えてにっこりをキープする。
「うん、可愛い」
沢渡さんみたいなイケオジに「可愛い」と言われると恥ずかしくなるけれど、不思議と「あれ、私可愛いんとちゃうん?」と錯覚し始めるから、言葉ってすごい。
「あおいちゃん、好きな人いないの? いたら、その人を想像してくれると嬉しいな」
カメラを私から逸らさないまま、沢渡さんからの要望が飛んでくる。
「それがいないんです」
私が笑顔スイッチをオフにして正直に述べると、沢渡さんがクスリと笑い
「じゃあ今日は僕のことを一日恋人だと思って!」
「ふぁっ!?」
「今の表情よかったなー、使えないけどいい感じだったよ」
さ、沢渡さんの恋人か……なかなか難しい注文だけれど、やるしかない。
――ねえ、私を見て。せっかく可愛くしてもらったんだよ? ちゃんと見てくれないと、やだ。
「いいじゃん! 可愛いよ! 素敵だ」
シャッター音が何故か心地よく感じられるようになってきた。沢渡さんは気持ちを乗せるのが上手。こりゃモテるんだろうな、などと思いながら『沢渡さんの彼女』を演じる。
「よし、ちょっと見てみようか」
沢渡さんが一眼レフカメラの液晶モニターを見せてくれる。
「大きくないから雰囲気ぐらいしか分からないけどね。あとでスタジオで見るとして……いい雰囲気でしょ?」
小さな液晶画面に映っているのは――誰?
本当に「恋している女の子」が写っている。髪の毛のふんわりとした感じ、太陽光の入り方、まさに「恋」だ。
「恋する女の子はみんな可愛い。僕はそういう瞬間を撮影するのが好きなんだ」
沢渡さんが、液晶モニターに映る私のことを本当の「恋人」のように見つめて言う。沢渡さんはその画像をお店の人にも確認してもらい、三橋さんにも見せ、私に向かってOKサインを出した。
「あとは、施術されたお二人を撮りますね」
「え!」
沢渡さんの言葉に、横田さんと筒井さんが軽く悲鳴をあげている。そこでもやはり「いい表情! もっと笑って、そうそう、いい雰囲気です」と褒め言葉を続ける沢渡さんに、やっぱりプロってすごいんだなと思ってしまう。「普段ナチュラルメイクのあおいちゃんが、こんなに素敵なレディになると、私、妹いないのに妹をお嫁に出す気分」
「あはは、三橋さん、極論ですよそれ」
隣にいた三橋さんの言葉に、思わず笑ってしまう。
「沢渡さん、いい人でしょ」
「ええ、最初はちょっと業界人っぽいなーって一歩引いてましたが」
「もともとは風景メインで撮影されていたらしいんですけどね、学生時代に人物を撮ることにハマって今のお仕事をされてるそうですよ」
「学生時代……」
私の悪い癖、妄想族が学生時代の沢渡さんを想像してしまう。どんな風景が好きで、どんな女の子が好きだったのだろう。
「さあ、本番はこれからですよ! 頑張りましょう!!」
「はい!」
三橋さんの言葉に、現実に戻り大きく返事した。
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