小説:バンビィガール<3-4>どうも、バンビィガールです #note創作大賞2024
QUEENの皆さんにお礼を言って、車に乗り込み、およそ20分。
「このスタジオは、月刊バンビィが借りているスタジオです」
外から見ると、小さな体育館のような建物だ。隣には小さな校舎のような建物がある。
「学校みたいですね」
「その通り、廃校になったところをリフォームして作られているんですよ」
三橋さんによると、校舎はカルチャースクールなどが入り体育館は撮影スタジオとしてリフォームされたとのこと。中に入ると、舞台の前に大きな薄グレーの幕が張ってあったり、照明器具があったりと、小道具に使えそうなテーブルや椅子もあって、殺風景ながら置いてあるものはちゃんとした撮影スタジオだ。
「奈良の人口も減ってきてますしね、こんな学校が増えているのが現状です」
寂しそうに三橋さんが呟く。私の通っていた高校も統廃合でなくなってしまい、跡地は養護学校へと生まれ変わった。
「だからこそ、もっと奈良の魅力を伝えたいという気持ちが強いですね」
「そうなんですね……」
三橋さんが何故月刊バンビィにいるのか、少しだけ分かった気がする。まだまだ奈良はこんなもんじゃないぞ! という強い気持ちで働いているのだと。
「なーにおしゃべりしてるんだい? レディたち」
「あら、私もレディなんですね。嬉しいです」
「渚ちゃん、そういうところ魅力的だよ思うよ、じゃなくて、時間! もう10時!」
「きゃーすみません!」
三橋さんが平謝りしているのを手で制して「段取り教えて」と尋ねる沢渡さん。
「えーっとですね、まず表紙撮影、次にそのまま特集記事、次にバンビィナ募集のページ、あとは習い事広告のワンカット、最後にバンビィガールのコーナーカットです」
三橋さんがノートを取り出しながら沢渡さんに説明する。
「で、表紙のイメージとかは?」
「今回の特集記事に合わせたいので、元気のいい女の子が走っている感じですね。『名店がこっちにもあったぞ!』って探して回る、みたいな」
「それなら髪の毛はポニーテールの方がいいな。髪が揺れると躍動感が出るし」
三橋さんと沢渡さんの会話を聞きながら、私なりにイメージする。探し回るなら、月刊バンビィのマスコットキャラクター「ばんちゃん」と一緒に探して回りたいな。ばんちゃんを立体化したら可愛いだろうなあ。小さくても可愛いけど、大きくて私が乗れるくらいだったら……。
「……ちゃん、あおいちゃん!」
「は、はいっ!!」
三橋さんが心配そうな表情をして、こちらを見ている。
「疲れちゃったかな、大丈夫?」
「大丈夫です! 今妄想しちゃってて」
「動画の妄想族、ってやつね」
「すみません」
「いいのいいの、どういった妄想をしてた?」
恥ずかしいけれど正直に「新店や名店をばんちゃんと一緒に探す妄想をしていた」と伝えると
「いいんじゃないかな! あ、そのアイディアもらいまーす」
とノートにメモする三橋さん。
「え、そんな簡単に決めてしまっていいんですか」
まさか採用されると思っていなくて焦っていると、三橋さんがにっこり笑う。
「矢田さんの言葉、覚えてます?」
その言葉に、カフェでの矢田さんのキラキラした瞳を思い出す。
――気を遣わず、分からないことはどんどん聞いてほしいし、アイディアがあれば教えて欲しいんよね――
「覚えてます」
「だから、大丈夫!」
三橋さんがグッドサインを出してくれる。こんなささやかな発想でも大切に扱ってくれるんだと少し感動してしまった。
表紙撮影に向けて、元気な女の子が駆け回るイメージの服を三人で考える。
「やっぱりデニムのショートパンツがいいんじゃない?」
「スニーカーもあるし、ハイソックスにショートパンツはいいかもですね」
「トップスはシーズン的に半袖のこれはどうでしょう?」
私がお気に入りのペールブルーの半袖パーカーをスーツケースから取り出すと「あ、それいいね。あおいちゃんの名前にぴったりだ」と沢渡さんが微笑む。
「表紙の色って何色だっけ」
「思い切って白にしようかと思うんですけど、まだ決めかねてます」
「じゃあ白想定でいこう。あおいちゃん着替えてくれる?」
「はい」と私は広いスタジオの一角にある試着室で着替える。試着室の中にある姿見で服を整え、スタイリングしてもらった髪の毛をあまり崩さないよう、そっと一つにまとめポニーテールにする。
「いかがでしょうか?」
カメラのセッティングをしていた沢渡さんの手が一瞬止まったように見えた。でも、何事もなかったかのように「いいね!」とグッドサイン。隣にいた三橋さんもうんうんと頷いて「爽やかでいいですね!」と褒めてくれる。
私、今日だけでこれまでの人生分褒められてる気がする。
「さて問題は本当に走ってもらうのは難しいので、片足キープになっちゃうんだけど、そのポージングだよな」
「画像編集で写真を傾けることはできるので、走っている感じはでるかと」
「じゃあ、あおいちゃんはここで走っている風なポーズ、してくれる?」
「は、はい!!」
慌ててポーズをとろうとしたら、右手右足を同時に前に出して見事にふらついた。
「す、すみません」
「そんなに焦らなくていいって。よし、ゆっくり『走り歩き』してみようか」
沢渡さん、苦笑い中。
指示通り一歩、二歩、三歩と下がり、ゆっくりと「走っているようなポーズ」で歩く。ばんちゃんがくっついて走っているイメージを私の中で膨らませながら、視線はちょっと下へ、笑顔も忘れずに。
これを何度も繰り返して、沢渡さんがシャッターを何度も押す。
「うーん」
沢渡さんが何かを考え込んでいる。やっぱりばんちゃんと一緒に走るっていうのは無理があったのだろうか。それとも私がダメなんだろうか。少しだけ心がしぼむ。沢渡さんが「こっちにおいで」とばかりに手招きして私を呼ぶ。あらかじめカメラを繋いでいるノートパソコンを見せてくれた。
「悪くは、ない。けど、髪の毛の躍動感が少なくて、そのあたりが走っている感じを出せていないんだよな」
確かに、当初想定していた揺れる髪の毛にはなっていない。走っているポーズはそこまでおかしいわけではない。でも何か足りない、と言われたら「躍動感」が足りないのだろう。
「あおいちゃん、スキップできる?」
「……す、スキップですか? できます」
唐突にスキップと言われて、足で行うスキップが咄嗟に浮かばず、あのスキップかと納得するまでに少々時間を要した。
「一度その辺を適当にスキップしてみて」
沢渡さんが薄グレー幕前を指さして、スキップを促す。私は「はい」と答え、スキップをする。何度も何度もあっちに行ったり、こっちに行ったり。スキップってこんなにしんどかったっけ!? 最後にスキップしたのって小学生の頃じゃないだろうか。
「もっと手、振れる?」
「はい!」
飛び跳ねながら、手もリズム良く振ると「OK!」の声がスタジオに響いた。
「見てごらん」
私と、準備をしていた三橋さんが手を止めて、パソコンから写真データを確認する。
「あ……」
揺れる髪の毛、スキップの足運びはまるで空へと駆け出していきそうな勢い。
「スキップは盲点でした」
三橋さんが目を丸くしながら驚いている。
「あとはこれにあおいちゃんの表情がついていけば完璧だね」
そう、ポーズとしてはいいのだけれど、必死さが見事に表情に出すぎていてボツ。思わず「ですよねー」と棒読みで呟いてしまう。
「あともうちょっとだ、表紙撮影が終わったら休憩取ろう」
沢渡さんが、ポンと軽く私の背中を叩く。
実のところ、久しぶりのスキップに筋肉が悲鳴を上げていたのだけれど、あともうちょっとなら頑張れそうだ。
「あおいちゃん、妄想族!」
三橋さんの声に、ハッとする。そうだ、スキップしているのは私だけじゃない。ばんちゃんは鹿の妖精なんだから、地面を蹴り上げるのはお得意なはず。そのばんちゃんに遅れないように、楽しくお店を見つけに行こう――。
「OK! いいよ!!」
え、私どんな表情していたのだろう。沢渡さんの声で我に返る。
「いい表情。確認してみて」
恐る恐るパソコンを覗く。そこには、満面の笑みで楽しそうな私の姿。ポニーテールが揺れて、パーカーのフードも揺れて、今にも動き出しそうな写真。
「ね、いいでしょ」
「……沢渡さんの腕が良くしてくださってるのだと思います」
「謙遜しないの、これはあおいちゃんの力。僕はそれを切り取っただけだよ」
その言葉に思わず隣に並んだ沢渡さんを見上げる。私、170cmあるのだけれど、沢渡さんの身長はもっと高かった。
「さ、休憩休憩。今日は暑いし水分補給しな」
「あおいちゃーん、いろいろ飲み物買ってきたんだけど、どれ飲む?」
沢渡さんの声にシンクロするように、いつの間にか三橋さんが買い出しに行っていたらしく、両手にレジ袋を持っている。
「何でもいいからね」
「ありがとうございます! レモンティーがいいかな」
紙コップにレモンティーを注いで、一口。
「あー! おいしい!! このメーカーのレモンティー大好きです!」
私のその言葉に、三橋さんが「だよね、私も好きなのー」と同調してくれる。
「沢渡さんには、はい、いつものです」
三橋さんが沢渡さんにペットボトルの加糖カフェオレを渡す。沢渡さん、意外と甘党なんだなーと思いながらレモンティーを飲み干した。
特集記事はそのままの衣装で色んなカットを撮影し、無事終了。
次はバンビィナ募集の記事の服装だ。
「清潔感が欲しいね」
「そうですね、いつもの系統だと……こういうのとか」
私が持っている洋服を吟味しながら、三橋さんが手にしたのは某ブランドの薄手の半袖ニット。それに下はタータンチェックのスカートを合わせている。
「トラッドスタイル、悪くないね」と沢渡さんが頷いたので、私は三橋さんから洋服を受け取って試着室へ向かう。
身体が汗を纏ってきたので、デオトラントシートで拭いた後にメイクが服につかないよう自前のフェイスカバーを被りニットを着る。スカートも穿いて試着室を出ると、三橋さんと沢渡さんがその次に撮影する広告用の洋服、そしてバンビィガールのコーナー記事の洋服を考えているところだった。
「広告はオフィスカジュアルがいいから、このシャツにロングスカートがいいだろうね」
「足元は撮影しなくていいので、靴は大丈夫そうですね」
真剣な二人の邪魔をしたくないな、と声をかけるのを躊躇していたら「ん? あおいちゃん、どうした?」と沢渡さんが振り返った。
「すみません、お二人が真剣に話されているので、声をかけ損ねていました」
「あら、ごめんなさい! いつでも大声で訴えてくれていいのよ?」
私の言葉に三橋さんがいつものおっとりした口調で答えてくれる。
「そういえば、あおいちゃんって何色が好きなの?」
「あ……名前があおいだし、苗字も紺野なので青でしょって言われるんですけど、実はピンクが好きで……グリーンも好きだしオレンジも好きだし、パープルも好きです」
沢渡さんの質問に、少々照れながら答える。これは良く訊かれることで「アオはブルー!」なんて押し付けられることもあったり、勧められたりしてブルーにうんざりしたこともある。実際は女の子らしい色やビビッドな色が好きだったりするけれど、ブルーが嫌いなわけではない。ちょっとした私のコンプレックスでもある。
「なるほど。じゃあバンビィガールのコーナーはこのピンクのカーディガンがいいかな?」
服の山から私の『お気に入り』をズバリ引き当てる沢渡さんに少々面食らう。
「その服、私のお気に入りなんです」
「うん、お気に入りの洋服で写る方が気分もいいでしょ」
「はい、自分らしくいられるというか」
「うん、そうだね。それが一番大切」
よし、と沢渡さんが伸びをして「バンビィナのカットが終わったあと、広告の撮影をしよう。その後にお昼だ」と気合いを入れ直すように言った。
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