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小説:バンビィガール<6-3>食べ物取材はいばらの道 #note創作大賞2024

 食べ物取材をやってみて思ったことは、料理する人の情熱をどれだけ伝えられるか。
それを自分の言葉やイラストで表現するのはとても難しい。私は単なるお飾りの人形ではなく、客を呼び込むPRガールにならなくてはいけないということだった。
 動画のアクセス数、雑誌の売り上げ……色んなことを考えて実行に移す。雑誌作りに関わって一番の難所だと思っていた。
 何件かお店を訪ね、言葉を交わし、取材する。私はドシロウトだから分からないことは素直に聞く。これは必ず心掛けた。幸いにして気難しいシェフがいるお店にはまだ当たっていないので、気持ちはめげていない。
 めげてはいないのだけれど、細かい専門用語のミスはあったりする。メモと録音を照らし合わせると「あれ?」ということが起きるので、その都度渚さんや矢田さんに連絡して確かめたり。
 イラストも自由に描かせてもらって、今のところリテイクはないけれど、本当にこれでいいのか毎回不安になる。正解がないものをやり続けるのは、怖い。

 そんなことを考えていたせいか、体調が悪い。お手洗いに行くと、生理が始まっていた。今までの取材で生理になったことがなかったのが奇跡。私の生理は普通の人よりもちょっと重たくて、頭痛がひどい。おまじないのロキソニンも効いているのかいないのか分からない時がある。
 今日は一件だけ。これさえ乗り切れば少し休養できる。

「今日はすき焼き屋さんです! 建物がとても渋くて、立派ですね」
 とてもおいしいお肉を出すことで有名なすき焼き屋さん。一度行ってみたかった高級店だ。ただ、具合が悪すぎる。この笑顔がどこまで持つのだろう。
「紺野さん、もしかして具合悪いですか?」
「だ、大丈夫です! お水飲めばマシになると思います」
 椿さんが訝しげな表情を浮かべていたので、ニコッと笑い誤魔化す。カメラマンの沢渡さんは、何も言わない。
 あの倒れた時みたいなことにならないよう、気合いで乗り切るんだ。と自分に言い聞かせ、店内へ入っていく。
「あおいちゃん、もしかして……アレ?」
 渚さんが勘付く。
「すみません、ご迷惑はおかけしないので、このまま取材させてください」
「でも、顔が白くて……」
「笑顔で何とかします!」
 私はそう言い切った。やるんだ、こんなところでヘタってたらバンビィガールになれなかった人たちに申し訳ない。あの投票を思い出し、自分を律した。
 お肉を焼いているときも、お醤油の香ばしい匂いの時もコメントを忘れない。
 そして生卵につけて食べる。
「お肉がとろけますね……生きててよかった!」
 沢渡さんはいつもより言葉少なく撮影している。怒らせてしまったのだろうか。

「ごちそうさまでした!」
「記事、楽しみにしていますね」

 お店の人にお礼を言って、さあ帰るぞとなったとき、眩暈がしてよろめく。
「おっと」
 支えてくれたのは、沢渡さんだった。
「す、すみません」
「渚ちゃん、今日は僕があおいちゃん連れて帰るよ」
「え」
「何か隠してるよね? そういう隠しごとされていい仕事なんてできないよ」
 渚さんが俯く。
「渚さんは悪くないんです! 私が悪いんです」
「じゃあなんで隠す?」
「それは……」
「僕ね、何人もの女の子を撮ってきてる。だから分かるよ。『女の子の日』で具合が悪いことぐらい」
 直球だった。椿さんは「しまった!」という表情を浮かべている。
「あと、なんでここまであおいちゃんを追い詰めてる? 彼女の責任感に甘えている今の編集部はどうかと思うんだけど」
「それは私がやりたくてやろうと」
「あおいちゃんは、取材を怖がってるだろ。作り笑いなんてお見通しなんだよ」
 その時の沢渡さんの顔は、とても苦しそうだった。
「というわけで、渚ちゃんは矢田ちゃんと今後どうするか編集部で話し合ってくれ。でないと僕はこの仕事、降りる」
「え!?」
 私と椿さんが驚き、渚さんは「……わかりました」と小さく答えた。
「あおいちゃん、帰るよ。車の中で説教だ」
「ええええ!?」
 無理やりランドクルーザーに乗せられ、私と沢渡さん二人きりになる。
 いつもよりも荒く運転する沢渡さんが怖くて、何も言えない。
「あのね、説教というより、僕が思ってることを聞いてほしい」
「……はい」
「あおいちゃんは、バンビィガールなんだ。編集者じゃない。だからそこまで責任を負うことはないんだ」
「でも、お飾りの人形なんて求められていないって」
「それが編集部のミスなんだよ。一番求められているものは、あおいちゃんの笑顔。それだけで本当は十二分に伝わるんだ。なのに、原稿、食レポ、なんでもやらせる方針が僕は気に食わないし、あおいちゃんの負担を分かっていない」
「でも……求められて嬉しかったんです」
「自分の体調不良を無視してまで?」
「それは……」
「僕はカメラマンだからね、幸せな女の子を撮影したいんだ」
 それはつまり、私は幸せじゃないってこと……?
「どれだけのプレッシャーがかかっても負けないあおいちゃんも魅力的だと思う。でもね、忘れないでほしい。君は月刊バンビィの『顔』であり『イメージモデル』であることを」
 私は何も言えなくなった。なぜならば、沢渡さんが一筋の涙を流していたから――。


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