小説:バンビィガール<5-1>夏のイベントはマシマシで #note創作大賞2024
奈良うまうま市から4日経った。
矢田さんからの無茶振りにどうにか応えて、3日でイラスト原稿を仕上げ、家でスキャンしてデータを編集部に送るとすぐ矢田さんから電話がかかってきて
「ありがとー! これええわー! 最高」
というお褒めのお言葉を貰った翌日。
三橋さんから「バサラ祭りの練習が夕方からあるから、来てみないか」という連絡が入り、大和西大寺駅から平城宮跡へ向かった。駅から15分ほど東に向かって歩いていくと広がる草原。
ここに来ると学生時代の私と出逢えそうな気がしてならない、大切な場所。
平城宮跡内を更に東に進むと、右手には近鉄電車が往来しているのが見えてくる。線路奥には朱雀門が「ここが都だった」とばかりに鎮座している。
線路脇の湿地帯の近くで、音楽を流して踊る集団を見つけると「あおいちゃーん」とジャージ姿の三橋さんが大きく手を振ってくれる。三橋さんがいるところまで駆けていくと、汗をかいている三橋さんが笑顔で「来てくれてありがとう!」と言ってくれる。
「ちょっと待ってね、アイせんせーい、今よろしいですかー?」
三橋さんが呼ぶと、黒いオーバーサイズのTシャツにベージュのワイドカーゴパンツを穿いた小柄な女性が目の前に現れる。
「アイ先生、こちらバンビィガールの……」
「ああ! どうも、はじめまして。アイです! よろしくね」
「紺野あおいです、よろしくお願いいたします!」
アイ先生は西大寺でジャズダンス、ヒップホップをずっと教えている先生らしく、矢田さんの同級生だそう。
平城宮跡はところどころ舞台のように盛り上がっている場所がいくつかあるので、近くの高校の演劇部などが練習に使っていたりする。
私はなるべく端っこで体育座りをして、練習を見学。
よさこいで使う鳴子という道具の音が夕暮れの空に響いている。
よさこいにダンス要素を入れ、キレッキレの舞を披露するアイ先生。
編集部の方々は、振りを入れるのに必死そう。
「あおいちゃん、どうかな?」
「すごくかっこいいです」
水分補給の休憩の時に、アイ先生が私に尋ねてきた。
「もし一緒に踊るなら、その手足の長さは魅力的だからセンターの隣の位置で踊って欲しいんだけど」
「え!」
「センターは私なんやけど、それには理由があってな」
アイ先生の話によると、バサラ祭りは舞台フォーメーションと、ストリートで踊るフォーメーション、最低二つは覚えなくてはいけないこと、振りを覚えられない初心者のために自分が先頭で踊ることで安心感を与えたい、この二つの要因で自分がセンターを踊らざるを得ないということだった。ただ、前列はアイ先生の振りを確認することはできないので、ちゃんと振りが身体に入れられる人を前列に置きたい、ということだった。
「わかりました。振り、ガンガン入れていきます」
「ありがとー、助かる! 私がいない時に指導できるくらいになってくれると嬉しいんだけど」
「いやあ、そこまでは……」
流石にそれは無理がある。いくらダンス経験者でも指導は難しい。
「三橋ちゃんから聞いてるで、ダンス経験者なんでしょ?」
「幼き頃の忘れ物、ぐらいです」
「あはは、よう言うわ」
アイ先生は私の言葉を謙遜だと捉えたようで、高らかに笑った。
今回の演舞のテーマは「奈良、舞い昇れ」らしく、要所要所にカンフーの動きが合わさっている。そこまで難しいポーズではないけれど、息を合わせて鳴子を鳴らすのは少々難しそうだ。
こうして、バサラ祭りの練習、撮影、という日々が始まった。
暇さえあれば、アイ先生からもらった動画をスマートフォンで反転し何度も何度も観て、曲のリズム、振り付けのリズムを頭に叩き込む。家の庭ではワイヤレスイヤホンをして、振りとリズムを身体にしみ込ませていった。
8月号の表紙は「かき氷特集」なので、ならまちのかき氷屋さんにて撮影。
今回は氷が溶けないうちに撮影することが最大のミッション。
「口を開けて笑った方がいいかもな、できる?」
「はい、できます!」
今回のカメラマンさんは沢渡さん。7月号の時のカメラマンさんが親しみのあるおじさんカメラマンさんだったので、沢渡さんに撮影してもらうのはイベントを除いて2回目になる。早朝ヘアサロンで巻き髪にしてもらい撮影。そのあとはお団子ヘアにアレンジしてもらい、かき氷屋さんの開店前に撮影するという、なかなかにヘビーなスケジュールだ。
「今度は口を閉じて笑って。そうそう、可愛いよ」
この人から出てくる『可愛い』は本当に可愛いと思ってくれてるように聞こえるから不思議だ。
「うん、OK。素敵な笑顔ありがとう」
口を大きく開けて笑うと、目が細くなるのがコンプレックスだったけれど、そのコンプレックスすらも可愛くしてくれる沢渡さんの腕の良さには感謝しかない。
今回は大きな問題もなく、午前中で撮影終了。
「さて、今日はお昼ご飯を食べに行きましょう」と三橋さんの提案で、最近SNSで話題のとんかつ屋さんへ。
お昼時なので随分混んでいたけれど、運良く4名席があいたので座る。
「あおいちゃん、疲れてない? バサラ祭りの練習、参加率ほぼ100パーセントなんだけど」
三橋さんたちはやはり日々の業務があるので、練習に参加できないことも多い。私は「やる」と決めたらトコトンやりたいタイプなので、週に3回の練習に香芝から通っている。
「大丈夫です。早寝しているんで」
今まではダラダラと夜更かししていたけれど、週に3回のバサラ祭り練習プラスバスケットサークルの活動で毎日くたくたになって帰ってきて、お風呂に入ればぐっすり眠る生活を送っている。
「へえ、あおいちゃん、バサラ祭り出るんだ」
沢渡さんが初耳とばかりに、ちょっと驚いたような表情を浮かべている。
「話の流れでしたが、参加してみてすごく楽しいので毎日充実しています」
「でも」
そこで沢渡さんが何かを言い淀んだ。
「どうしました?」
「うーん……ちょっと疲れてます、っていうのが目に出てるかな。気を付けてね、あおいちゃんはバンビィガールで、雑誌の『顔』なんだから」
これは注意されている、気がする。
「そうよ、主軸はバンビィに置いてね。何事もケガのないよう程々にね」
「わかりました」
三橋さんからも忠告されたように感じたので、心がしゅんとしぼむ。
心のしぼみが表情に出ていたのだろう、三橋さんがフォローしてくれる。
「怒ってるわけじゃないの、頑張り屋さんのあおいちゃんだから、口では無理してないと言っていても無理してる可能性があるなって」
「三橋さん……」
「そろそろ、三橋さん、やめない?」
「え?」
それは一体どういうことなんだろうと考え込む。
「渚でいいのよ。私、一応バンビィガールのマネージャーみたいなものだしね」
「渚……さん」
「OK」
そう言って笑うと、冷たい烏龍茶をゴクゴクと飲み干す渚さん。
「僕はそういえばいつから渚ちゃんっていうようになってたんだろう」
「沢渡さんはお会いしてすぐ渚ちゃん呼びしていましたよ。軽い人だなと思いました」
「うっ」
沢渡さんがとんかつを喉に詰まらせたのか、お水を勢い良く飲む。
私が笑うと「おいおい、否定しないのかよ」と天を仰ぐ沢渡さんが滑稽で、余計に笑ってしまう。
それぞれが注文していたとんかつは、話しながらでもあっという間に完食。
とんかつはサクサクで、あっさりしていてくどくなく、本当に美味しかった。
とある日曜日。アイ先生が体育館を借りてくれて、全体練習をすることになった。この日はほとんどの出場するメンバーが揃ったので、全体での見た目などを細かく見る、と練習前にアイ先生から説明を受ける。
柔軟体操は怪我のないよう、入念に。
弓歩のポーズ、仆歩のポーズ、このあたりがベースとなったポーズを太鼓の音に合わせてピタッと止めるので、バランスをとれない人続出。
「それじゃアカン! 後ろ重心になってる!!」
「声出して! でないと揃わへんで!」
アイ先生の指導に熱がこもっている気がする。
「あおいちゃん、ちょっと」
「はい」
アイ先生に呼ばれて、個人練習を止める。
「センターのみの踊りがあるんやけど、これを三人でやりたいねん」
「え、それは」
つまり、選抜メンバーってこと?
「難易度はグッと上がるけど、できそう?」
アイ先生の真剣な眼差しに、まっすぐ答える。
「やりたいです」
「よし、ほんなら決まりやね」
選ばれたのは私と、Webバンビィ編集部の泉原さん。
「紺野さん、がんばりましょうね」
「はい、よろしくおねがいします、泉原さん」
私たち三人は体育館の壁にある鏡に向かって練習を始める。
聞けば、泉原さんは昔ダンス部だったらしい。アイ先生はすごいにしても、泉原さんのダンスもキレッキレで、私が完全に見劣りする状況だ。
「ワンツーはそのまま、スリーフォーでターン。あおいちゃん、右手もっと上」
「あおいちゃん、そこきっちり止めて」
嗚呼懐かしや、昔習っていたダンス教室の先生がスパルタ教育の人で、何度も泣かされたなあと思い出しながら練習する。
「三人の練習はこれくらいにして、次隊列の練習しようか」
ストリート用の隊列を作り、並ぶ間隔を意識しながら体育館の外周をぐるぐると周りながら踊る。
「後ろ、見えてんで! 手ぇ抜くなら踊らんほうがええ!」
「真ん中らへん、間隔あきすぎ! 前後左右意識して!」
舞台の上からメガホンで指示するアイ先生の熱が飛んでくる。
皆、必死に踊る、踊る、踊る。
汗の量が練習の熱さや、その人たちの情熱を表していた。
「はい、休憩。熱中症に気を付けてー」
休憩の声がかかったけれど、自主練習をすることにする。
私は注意されたところと、三人で踊るフォーメーションを鏡の前でずっと練習。
足をひっぱらないようにしなくちゃ。その気持ちとは裏腹にうまく身体が動かない。
何度も何度も反復練習をする。
「あおいちゃん」
「……右手はもっと上」
「あおいちゃん!」
「は、はいっ!!」
アイ先生に呼ばれていることに気づけなかったようで、慌てて返事して振り返る。
「ちょっとちょっと、集中するのはええけど、集中しすぎもよくないで? 水分とって」
「ありがとうございます」
アイ先生からスポーツドリンクを渡されて、私は一口飲む。
「なにか、あったん?」
「それが……」
なにかあったか、引っかかることと言えばこの間の8月号の表紙撮影での沢渡さんと渚さんの言葉だった。
私はバンビィガールという立場を大切にしていないのだろうか。あれもこれも、とやってしまうのは欲張りなのだろうか。夢見ていた世界で活躍できるのが、とても幸せなのに。
そんな胸のひっかかりをアイ先生に伝える。
「そうやな、あおいちゃんはバンビィガールっていう務めを果たさないとあかんからな。そのカメラマンさんと渚さんの言うことは正しい」
「そうですよね……」
私はバンビィガール失格なのだろうか、と肩を落とす。
「でもな、私からしてみると、めっちゃうれしいねん」
「何がでしょう?」
嬉しいとはどういうことだろう、と小首を傾げる。
「上手い下手は正直どうでもよくて、こんなに一つのことに真剣に取り組んでくれる人たちがいるって、指導者冥利に尽きるというか。ええチームやなと。あおいちゃんもすごく真面目に取り組んでくれてるしな」
「はい」
「ま、奈良屋さんみたいなバケモン優勝常連チームと比べたら、甘っちょろいって言われるかもしれへんけど」
「あはは」
「あおいちゃん、割とストイックそうやから倒れんといてな」
「はい、気をつけます」
ストイックだなんて、全然そんなことないのに。
やりたいことをやらせてもらっている、その日々が嬉しくて楽しい。それだけ。
――それだけだったのに。
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