【ノアール小説】 「es」 episode_012
岡崎は、自宅に戻っていた。
どうしてこうなったんだろう
岡崎は、あきらめきれなかった。真由美を好きだという気持ち、そして、今まで応援してきたこと。これを否定するは、自分を否定することと等しいと岡崎は思った。
きっと、会ってくれるはずだ。もっと、ちゃんと伝えれば
岡崎は、空になった貯金通帳を見ながら、伝えるすべを考えていた。
カイザーに行くと、和明はいなかった。
「玲香さん、いらっしゃいませ。今日は、大輝さん、来ないみたいですよ」
麻菜の担当である遼介がいう。史子が携帯に電話をしても出ない。
「いつでも電話すれば、助けてやるって言ってたのに、ダメだわ」
「まぁ、今日は、助かったんだから、よかったじゃん」
「そうだよね」
「玲香さんは知らないかもしれませんが、大輝さん、相変わらずあんまり店来ないんですよ。そのせいで、順位もかなり落ちちゃったし」
「そのせいで、ナンバーになったんじゃない?」
麻菜が遼介の腕に手を回していう。
「そういう言い方はないだろう。麻菜がもっと支えるのが先じゃない?」
「あたしが?」
「そうだよ、お前が支えなくて、誰が支えてくれるんだよ」
史子は、そういう二人のやりとりを、麻菜は結構掛けをしているな、と思いながら見ていた。
「いらっしゃいませ」
代表の佐々が出迎えた客は、田淵だった。
「繁盛しているようですね。佐々さん、ビジネス上手だから」
「そんなことないっすよ、本当にお久しぶりです。今日は、お一人でどうなさったんですか?」
「あそこのかわいい子達に会いたくてね」
そう言いながら、田淵が史子達のテーブルにやってきた。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「ここで、麻菜ちゃん、特に玲香ちゃんに会えるとは思っていなかったよ。担当の大輝君がいないようだけど」
「そうなんですよ、玲香が、同伴しているときに、お客さんとちょっとモメちゃって、たまたま居合わせた大輝君に助けてもらったから、そのお礼に来たんですけど、携帯もつながらなくって」
「携帯、つながらないか」
「そうなんです」
「私も連絡とりたいんだけど、つかまらなくてね」
「そうなんですか、すいません」
田淵のお酒を作りながら、佐々が謝る。
「佐々さん、大輝君は、最近、どうですか?」
「どうですかって・・・」
少し困惑気味に表情で、佐々は田淵のグラスを置いた。
「代表、申し訳ございません」
そこへ、若いスタッフが佐々を呼びにきた。佐々は、それに助けられるような形で、席を立つ。
「田淵さん、申し訳ございません」
「いいよ」
「玲香ちゃん、まだ、ここにいるのかな」
「大輝がいないんで・・・」
「そうか、それじゃ、私にちょっとつきあわないか? 麻菜ちゃん、玲香ちゃんをちょっと借りてもいいかな?」
「玲香が良ければ、いいですよ」
史子も田淵に尋ねてみたいことがあった。
「玲香ちゃん、いいかな?」
「はい。それじゃ、私、行くね、麻菜」
「了解。田淵さん、玲香、ちょっと、今日、いろいろあったんで、よろしくお願いします」
「そうなんだ」
「変な客がいるかもしれなんで、送ってあげてください。そうしてもらうといいよ、玲香」
「それじゃ、話をして、家の近くまで送っていこう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、行こうか」
奥にいた佐々が戻ってきた。
「田淵さん、お帰りですか。何か、行き届かないことでもございましたか、申し訳ございません」
「いや、いいだよ。伝票、ちゃんと立ててくれたかな? 請求書、会社に送っておいてくださいね」
「いつもありがとうございます。玲香さんもお帰りですか?」
「すいません。少し、疲れてしまって。おいくらですか?」
「いいよ、今までの麻菜ちゃんと玲香ちゃんの分も送っておいてください」
「そんな、申し訳ないです」
「そうです、私、いろいろ頼んでるし」
抜き物をいれた麻菜が言う。
「いや、いいよ。但し、ここまでの分だよ」
田淵が笑いながらいう。
「ありがとうございます」
「じゃあね、麻菜」
「あたしは、もう少しここにいるよ。なんかあったら電話して」
「ありがとう」
田淵と史子は、店を出た。
「さぁて、これで、いちから仕切り直しだ、もう一度、さっきもらったオーダーで伝票きるよ、いいだろ、麻菜」
「しょーがないなぁ、そのつもりだから、いいよ」
「そういや、少したまってるぞ、今度に締め日までに、入れろよな」
「わかってるって」
「まぁ、間に合わなきゃ、俺が立て替えとくけど」
「それは、ダメ。あたしが支えるって決めたんだから、何とかする」
「それでこそ麻菜だ」
そこへ抜き物が到着し、テーブルはコールの嵐となった。
「どこで、話をするかな」
「もし良かったら、うちにきませんか、狭くて汚くしているんで、恥ずかしいですけど」
「そうだな、ちょっと外で話したくない話だから、その方が助かる」
「外では話したくない話ですか」
二人はタクシーの中では無言だった。
「お邪魔するよ、きれいにしてるじゃないか」
「ほんとうに恥ずかしい。うち、アルコールないんですけど、紅茶でいいですか」
「いいね、もらおう」
1DKの史子の部屋で、田淵はリビングにそのまま座り込んだ。
「旨いな、この紅茶」
「よかったです、紅茶は好きで、いろいろ買っているのですが、今、一番気に入ってるものです」
「ところで、今日、大輝と美林閣で会っただろう」
「そうです、楽さんにお聞きになったのですか? 大輝、田淵さんと待ち合わせだと言ってましたが」
「そうなんだ、ところが、現れないんで、ちょっと困ってね」
「そうなんですか、大輝に店まで送ってもらって、別れる時に仁くん、仁くんって、大輝と仲の良い・・・」
「仁は知ってるよ」
「そうですか、その仁くんから電話があって、なんかあったみたいで」
「そうか」
「あの・・・大輝が田淵さんのビジネスを手伝ってるって言ってました。それと今日のことと、何か関係があるのですか?」
「大輝、そんなこと言ってたのか」
「えぇ」
「若いがしっかりしたところもあるので、眼をかけていただけで、別に仕事を・・・ と言ってもしょうがないか」
田淵の眼が、ふと、眠たげになったが、それは、眠気があるというより、全てのものを吸い尽くす雰囲気のもので、史子は、自分もその中に取り込まれそうな気分になり、寒気を感じた。
「玲香ちゃん、君は、大輝とエスを使ったことあるだろう」
「・・・・はい。でも、私、あれが二回目で」
「そうみたいだね、反応が初心だった」
「恥ずかしい」
「君は、薬にのめり込まないタイプだとわかったが、大輝はどうかな? 一緒に住んでいたんだから、わかるだろう」
「ちょっと、はまってたみたいです」
「そうか・・・賢いヤツだが、少し気の弱いところがあるからな、大輝は・・・」
「でも、どうして? 田淵さん、もしかして、外ではできない話って」
「そこまでだ、玲香ちゃん。私は君を魅力的だと思っているよ。できれば、魅力的なままの君でいて欲しい。だから、もうこの話はやめよう」
「田淵さん」
「君は聡明だから、どういうことかわかるね。もう、私には会わない方がいいだろう。それから大輝や仁にも」
「わかりました。でも、大輝が心配です」
「大輝のことは忘れるんだ。いいか、忘れろ」
田淵の声は、有無を言わさない何かがあった。
「忘れます」
「それでいい。ところで、留学関係の本が沢山あるようだが」
「実は、田淵さんのメモにあった『自分を探してはダメだよ、寂しくなるだけだ』という言葉の意味を考えていたんです。そうしたら、何故か、吹っ切れたというか、やりたいこと見つけることが、自分の存在を示すことだというような気がしてきて。それで、留学して、貿易の勉強をアメリカの大学でしてみようと、今、計画しているんです」
「やはり、玲香ちゃんは魅力的だ。がんばりなさい」
「ありがとうございまます」
史子は田淵を玄関まで送った。靴を履いた田淵が振り返って、言った。
「私の言ったことを忘れないように、いいね」
「はい」
「それじゃ、ご褒美」
そういって田淵は、史子を抱きしめ、キスした。
「おやすみ、もう会うこともないだろう」
「おやすみなさい」
史子はドアを閉めながら、自分が濡れていることに気がついたが、シャワーを浴びて、全てを洗い流そうと思っていた。
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