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米麹の持つ無限の可能性に惹かれて大学在学中に起業した小泉泰英氏の農業観・農地観

※本記事は、「現代の農業観・農地観」(https://nogyokan.com/)から転載しています。


小泉泰英 氏

1997年埼玉県蓮田市生まれ。
株式会社オリゼ代表取締役。
宇都宮大学農学部農業経済学科在学中に、発酵を活用したビジネスアイデアで、第5回とちぎアントレプレナー・コンテスト最優秀賞を受賞。宇都宮大学在学中の2018年に株式会社アグクル(株式会社オリゼの前身)を創業。「社会を発酵させる」をミッションに、微生物と共に循環する社会を目指す。米麹発酵由来糖分「ORYZAE(オリゼ)」を軸として、米麹発酵食品ブランド「フードコスメORYZAE」などを展開している。2021年4月から2022年4月までの1年間で売り上げが16倍以上に成長した。


D2Cブランド フードコスメORYZAE オリゼ甘味料(米麹発酵糖分)を使った砂糖不使用のフード&ドリンク。「甘いしあわせ」を我慢せず、食から美しさを作り出すインナーケアのための米麹発酵食品ブランドだ。

■農業は非効率的な部分が多く、まだまだ改良できることがあったり、合理的にもっと進んだりすればいいのに、スピード感がITやほかのものと違って何で遅いんだろう

――農業や農地のイメージが変わったタイミングはありますか?

小泉:ありますね。僕は埼玉県出身で、大宮よりも少し宇都宮寄りの蓮田市というところが出身地です。蓮田市は久喜市や、宇都宮市など、ちょっと北に行くと農業をやっている人がいるのですが、周りで農家という人はそもそもいませんでした。

埼玉県春日部高校を卒業しましたが、高校時代も「家が農家です」みたいな人がほとんどいなくて、どちらかというと、農業や一次産業に関わらない、サラリーマンとかが親の人たちが多かったです。そういった環境で18歳まで育ってきたので、宇都宮大学農学部に入った直後も農地や農業をずっと合理的にみていました。

――「合理的に」というのは具体的に言うと?

小泉:合理的にというか、経済的にというか、そういったように農地や農業を見ている自分がいて、そういった部分以外の機能について考えたことがなかった感じです。

――そうなんですね。ちなみに、ご実家は農家ではないですが、大学で農学部に入った理由は何ですか?

小泉:農業に興味があったからではなくて、高校の時、物理が学年でビリで、どうしても物理をやらない学部に行きたいため、農学部を選択したという感じです。

薬学とか医学は、そもそも学力的にも難しいなと思いましたし、興味もまったくなかったですし。農学だったら「ちょっと興味なくもないかも」みたいな感じで。自分たちに身近だったので。すごく大きい病気をしたことがあるわけでもないので、あまり医療に関心が私自身ないのですけれども、食べ物だったら、関心を持てそうだみたいな感じで入りました。

――農学部では農業経済学科に入られましたね。

小泉:そうですね。生物系や化学系というよりも、社会科学系の方に興味がありました。

自然科学系ももちろん興味があって、品種改良とかも興味がありましたけれど、それは自分がしたいというよりも、もっと生産性が高いものが生まれたら効率が良くなるのではみたいなことを考えていました。

農業は非効率的な部分が多く、まだまだ改良できることがあったり、合理的にもっと進んだりすればいいのに、スピード感がITやほかのものと違って何で遅いんだろう、というイメージを入学当時は持っていました。


■「農業はやっぱり効率的なほうがいいよね」と思うより、「農業がより効率的になれる未来が少しでもあったらいいな」という思いをもっています。

小泉:でも、4年間の大学生活で農業経済という学問を学んだり、個人的な活動でいろいろ動いていく中で、農村や自治コミュニティみたいな概念、そもそも田んぼとか畑を取り巻く地域経済、そういった地域経済というのは合理的というよりは、生業みたいなものがあるのだなというのも知りました。
あとは、水害が起きた際に田んぼが洪水を少しでも抑えてくれるような保水機能を持っていたりみたいな位置付けもあるといったような、非経済的な価値みたいなものは、農学部に入ってから理解するようになりました。

――他にはありますか?

小泉:あとは、山間地や中山間地域の存在ですね。

農業のイメージというと、茨城県や北海道、新潟のような、比較的広い区画が決まったところで、ドカってやるものだと思っていました。

栃木県でいうと茂木町など、いわゆる中山間地域で行われている農業は、そもそも農業と捉えていなかったです。農学部に入る前までの話ですが。

――中山間地域で行われている農業は、どのように捉えられていたのでしょうか?

小泉:自給自足みたいなイメージ。

なので、僕の中での農業というのが、お金になるものが農業で、お金にならないものは農的暮らしというか、俺は農業としては認めていないみたいなイメージで。最初は、大学1年生ぐらいの時はそう思っていました。

――それが勉強する中で、ちょっと視点も変わってきたところもあるということですね?

小泉:そうですね。何かそういった多様性であったり、それぞれの良し悪しがあったりするのだなという。

これは農業観だけではなく、そもそもの世の中観というか。すごく自分自身が経済的で、比較的合理的な判断をするタイプの人間なので、ムダなものはいらないみたいなことを思いがちなタイプなのです。

そもそも、農業じゃなかったとしてもそう思っているので、農業の中でも社会で見た時に、食べるものだから農業は必要だけれど、自分の価値観としては儲からなそうだし。意味はあるのだけど、その意味を毎日食べているから以外で解釈しきれなかった、というのは、農業に興味を持ったひとつだったと思います。

――もう少し、詳しく教えてもらえますか?

小泉:本来だったら、いらない。たとえば、こんなものは存在しなくていいと切り捨てられるものが、世の中にないかもしれないけれど、あったとします。農業でいえば、農業を切り捨てるということは、自分が死ぬ、食べ物がなくなるということ、つまり、自分が生きていけなくなることと、表裏一体だということです。農業は効率的ではないし、もっといい方法はないのかみたいなことは感じつつも、切り捨てきれないところには関心があったのかもしれないと思っています。

――そういうことですね。

小泉:ただ、農学部で勉強をする中で、農業といっても、中山間地域のあり方があったり、逆にちょっと効率性を求める農業生産法人の大規模農家だったり、といった多様性があることを知りました。

最近だったら、IoTを生かしたミニトマト栽培とか、大きなハウスで作って機械化するみたいなものもありますよね。

また、「獺祭」で有名な山口県の旭酒造株式会社さんみたいに、機械化していくというよりは、販売力がすごくあって、企画力があるから、それを作ることによって豊かになっていくみたいな道もあるのだなと思いました。

そう思った時に、農業に「こんなに可能性がある」、「深い」と感じるようになりました。まだまだ知らないことがたくさんあって、「農業は効率的じゃないからいらないというわけではない」というのは、大学の4年間ですごく感じたことですし、いまでも日々、広がりを感じています。

ただ、時代が逆戻りするのではなくて、大学入学した時の農業観が広がっていっている感覚で、「農業はやっぱり効率的なほうがいいよね」と思うより、「農業がより効率的になれる未来が少しでもあったらいいな」という思いをもっています。

――「農業はやっぱり効率的なほうがいいよね」ではなく、「農業がより効率的になれる未来が少しでもあったらいいな」というのは、表現としては微妙な違いですが、大きな違いですね。もう少し具体的な感覚でいうとどうでしょうか?

小泉:「こうじゃなきゃダメだ」みたいな思いというよりも、「なるほど、こういうロジックでこういう風土・文化で、だからここにはこれがあるんだ」みたいなことを知るのがすごく楽しいなと思います。

――効率だけの追求でもないし、効率を度外視するわけでもない。微妙なバランスの間で農業を見ている感覚でしょうか?

小泉:はい。そうですね。


■「発酵」の事業者という立場が生産者とちょうどよい距離にある

小泉:そういった感覚は、今の仕事にもつながっていて、「発酵」というのがそれをちょうどいい距離で見られるのが、私としてはすごく心地が良くて……。

農家さんをものすごいお手伝いするような企業だと、農業に対して感情が入り過ぎてしまうというような気がします。ただ、発酵は農業、農家がいないとそもそも成り立たない職業でもあります。同時に、ちょっと消費者寄りということもいえます。

たとえば、米を作って米として売るというのは、限界というか、幅がけっこう狭いじゃないですか。もちろん、米粉にするとか、米粉パンにするとか、そういう幅はあるわけですが、これが「発酵」となった瞬間に、消費者の人たちの食いつき違いますし、最終的な消費者に届ける広げ方が、すごく広がります。味噌、醤油、当社でいう甘味料、グラノーラだとか、発酵技術を使うことができますからね。

消費者側の見方もちゃんと持ちつつ、切り離せない農業にも関心を向けながら、自分自身の興味や、ビジネスとして関わっていける。発酵事業者としての関わりというのが、私の中では一番心地が良いポジションというのはあります。

――「発酵」という立場でみると、「ちょうどいい距離で見られる」と言われましたが、ここでいう「距離」とは、農業や生産者との距離でしょうか。それとも、消費者との距離でしょうか。どちらか、あるいは両方、全体でしょうか?

小泉:そうですね、どちらかというと生産者との距離です。「発酵」の事業者という立場が生産者とちょうどよい距離にあるので、私としてはすごく心地良いです。

一例でいうと、学生時代、すごく農業が好きだった時は、「オーガニックが正しい」みたいな、そういう価値観を強く持っていました。

サステナビリティという概念や、パーマカルチャーとか、そういうものに対していいなと思っている自分がいました。今でもいいと思っているのですけど。いま、農林水産省さんと会話したりする中で改めてわかったのは、農林水産省の中でも備蓄米みたいな国の食糧戦略としてやっている班もあれば、みどりの食料システム戦略の法律で、もうちょっと環境負荷を少ないものにしていこうみたいな流れもあります。

こうした時に、「発酵」の事業者にいると、何かのひとつの農業の誰かの価値観に染まることなく、摘んでいきながらいろいろなものを見ていくことができます。時に、僕らはブランディングとして、オーガニックを使ったほうがいい時はそういうものを使ったり、もうちょっと業務用的に使いたいから備蓄米の話が出てきたりするみたいな形です。

農業に対して理解しながら、比較的フラットな立場で、ものごとを見ていきやすい、かかわっていきやすいという面はあるなと思います。

――そういった意味での「ちょうどよい距離」という感覚ですね。

小泉:たとえば、今、砂糖会社と協業しようとしているのですけど、その砂糖会社と最初に商談した時は、「お前ら、アンチ砂糖だろう」みたいなことを言われるところから始まりました。でも、一生懸命に説明を通して、「アンチ砂糖と思っているわけではなく、消費者にそういうニーズがあるからやっていますが、私たちとしては農業がすごく好きだし、日本の農業から砂糖産業自体が困っているという事実もあると思っているので、一緒に何かできればいいと思っているのです」と、理解をしていただいたといったこともありました。

これがもし、私が一農家の立場で、砂糖会社と関わるというのは難しかったと思います。

――「発酵」というのは生産者だけではなく、広く農業全般に接点となりうる可能性がありますね。

小泉:加工というか、「発酵」という要素があることで、みなさんの価値観を理解して、みなさんの課題であったり、ニーズに合わせて関われたりするというのは、とてもやりやすく感じる部分ですね。


■「発酵」の第一印象は、「錬金術」

――大学では、味噌に関する卒業論文を書かれましたね。味噌も発酵品ですが、そもそも、「発酵」に関心が生まれたのは、いつなのでしょうか。

小泉:20歳になってお酒を飲み始め、最初から日本酒がすごく好きでした。どちらかというと、パック酒みたいなものよりも、酒蔵が作っている四合瓶の地酒が好きでした。

大学の農業経済学科の友人、彼は今、新政酒造株式会社にいるのですが、その彼と学生時代に一緒に飲みながら、同じお米という中で米の種類が違う、菌が違う、製法が違う、作り手が違うというだけで、こんなにも表現が違うのか、と最初とても感動しました。

――そこで「発酵」にも興味がわいたのですね。「発酵」の第一印象は何でしたか?

小泉:「発酵」の第一印象は、「錬金術」みたいだな、思いました。これだったら、行き詰まっている6次産業化とかのブレイクスルーができる技術になるのかな、みたいなことを思いつつ、酒蔵や味噌屋行ったりしながら、そこの直営店で売っている商品を見たり、食べたり、飲んだりしながら、「やっぱ、おもしろいよね」と、より深く感じるようになっていきました。


■読書の経験もあって「発酵」にだんだん興味を持ち始めました

――「発酵」に興味がわく前、宇都宮大学1年生の春休みぐらいから茨城県筑西市に住み込んで、農業をしながら車で宇都宮大学まで通われていたと聞きました。アスパラ農家への研修も行かれていたそうですね?

小泉:はい、行っていました。

――それは、現在の事業とはあまり関係ないですか?

小泉:直接は関係ないですね。

ただ、私が「発酵」にいこうと思ったのは、アスパラ農家で住み込んで農業をやった経験の中で、「自分が農家になるのは、僕にはムリだ」と思ったということもあると思います。

――詳しく教えてください。

小泉:「発酵」に興味がわく前に、農業や地域起こしというのをやっていましたが、うまくいかなくて……

――うまくいかなくてというのは、具体的に言うと?

小泉:実際に何かうまくいっていなかったのではなく、地域から期待されている、期待をさせてしまっている自分、ですかね。

僕は、「これもできますよ」、「あれもできますよ」、「やりましょうよ」みたいなことを結構言ってしまうのです。ノリで。できるかできないかというよりも、失敗OKで何か挑戦してみるし、おもしろいならやろうよみたいに、いっぱいやっていたのです。

そうすると、その地域のみなさんがやっぱり期待するわけです。その地域には、そういった若者がそもそもいないし、しかも僕は比較的行動力もあったので、「どんどん行動していて、すごい」となっていて。
ラジオや新聞を呼んで、インタビューをしてもらったときに、だいたい最後に「小泉さんは未来の農業をどうしたいですか」と聞かれるのです。そして、たいてい大きいことを言うわけですよ(笑)

――何を言っていたのですか?(笑)

小泉:何か、「僕が変えるぞ」みたいな(笑) どう変えるかというのも僕自身わからない。でも、そういったことを言っていて。

でもだんだんそう言っている自分と、実態の自分への乖離を認識して、誰もいないひとりの時とかに辛くなって、そのギャップに押し潰されていく感じがありました。

自分で言ったことが大人の人たちを期待させ、メディアを呼んできて、メディアにも期待をさせる。それをまたメディアが発信してしまい、「そういうやつが最近、茨城の筑西にいるらしい」という話が出つつも、僕が実際にやっているのはアスパラの作業をしているだけなので、まだ何にも一歩を踏み出してもいない。

自分が言っていることに対して、一歩を踏み出し始めているぐらいなのに、言っていることはすごく大きくて。そんな自分の発言と行動のギャップに自分が押し潰されて、もうイヤだとなっちゃったのが失敗というか、諦めたという感じですかね。

――そうなんですね。

小泉:僕はすごくプライドが高かったので、俺は何でもできるみたいにずっと思っていたのです。

でも挫折。それで、自分の口八百みたいな発言と実態の行動のズレによって、何か、自分にすごい自信がなくなっちゃったのです。

――それは誰かに言われているわけではないですよね。自分の中で、ですよね?

小泉:そうです。自分の中で、です。

でも、周囲にもいろいろと言われているのではないかなと、ひとりでいる時はずっと思っていました。

大学2年生の秋に茨城県筑西市に住むのはやめて、宇都宮に戻ってきましたが、授業以外、何もしていなくて。FacebookなどのSNSをみると、そのたびに関わっていた人の投稿を見るたびに、「ああ、この人は僕のことを逃げたとか、いろいろ思っているのではというのはないか」、といつも思っていて、次の一歩を踏み出せなかったのです。ずっと。

何か、新しいことをすれば、「あいつあそこでうまくいかなかったのに、また、こういうことをして、どうせうまくいかねえ」とか周囲に思われたり、言われたりするのかな。というのがイヤで次ができなかったのですよ。何も。

――次の一歩を踏み出すきっかけとなる出来事はありましたか?

小泉:そのころによく本を読んでいました。次、自分が飛び出すのだったら、ちゃんと哲学ではないですけど、誰かに言われてホイホイ、ノリで何かを言うとかやるとかではなくて、信念を持ってちゃんとやれる状態になったら踏み出そうと思っていました。

そういった思いがある中で、宇都宮大学の農政学か何かの授業で秋山満先生から「ハウツー本なんか読んでもしょうがないから、もっと先人たちが書いた意味のある本を読め」と言われました。大学生は自己啓発の本とかに行きがちですけれど、秋山先生はそういわれていました。

じゃあ、昔の本を読んでみるかというので、二宮尊徳の報徳記とか、内村鑑三の本とか、本居宣長の国学とか、あとは親鸞とか、鎌倉新仏教の話とか。

――なかなか周りでは、読んでいる人がいなさそうな本ですね。

小泉:はい。普通に有名というか、比較的ベストセラー的なので聞いたことはある感じで、「名前は知っているけれど、内容は読んだことがない」というような本を読んでいこう、と呼んでいました。

今では忘れてしまっているのもありますけれど、当時は、感動というか、一つ一つの内容が眼から鱗で……もちろん、書いてあることは難しいし、まだ全然理解しきれていないけれど、でも、何か、今後向かっていきたい方向を埋める何かにはなりそうだというのは思って、そういう本を読んでいたというのはあります。

僕の好き嫌いとかで本を判断するというより、長く読み継がれてきた本を選びました。そもそも、次はちゃんと長く続きそうなものをやろうと思ったので。

昔から読み継がれて今でもある本と、最近出てきたベストセラーだったら、どっちのほうがいいというとあれですけど、当時の価値観は。今も僕は比較的そういう価値観なのです。やっぱり、300年前に書かれた本とか、150年前に書かれた本が今でも、岩波文庫みたいなので売られているのは、すごいことだと思います。

そういった本の方が価値があると僕は思っているので、そういった価値観が本を読んだりしていきながら、昔の人なのにこんなにこう未来のことが、今、古びずに考えとして残っているのか、みたいなことに感動しました。

こういった読書の経験もあって「発酵」にだんだん興味を持ち始めました。味噌とか、日本酒とかお酒とかは、あんなに昔の人から今でも、ずっと食べられ続けて、飲み続けられていて、ということにだんだん感動していって。これだったら、私が死んでも次の世代に受け継がれそうだし、仮に自分がやれなくても、何かちょっとその業界自体を前に進めるみたいなこともできるかと。

新し過ぎたら、ちょっと不安もある。まったく新しいゲノム編集した何々の技術を使って何とか言われても、自分が先人過ぎると、当時の自分はちょっと自信がなかったので。であれば、巨人の肩に乗りつつ、その人たちがやってきていないことだったら、やれそうみたいな。


■一人でも二人でもあの商品があって良かったとか、小泉さんが生きてくれたことで何かを前に進めてくれて良かったという人がいるだけで、社会は良くなっていると思う

――「発酵」といっても、いろいろな「発酵」がありますが、小泉さんが手がけれているのは基本的に「麹」ですよね。それは何か理由がありますか?

小泉:ほかの「発酵」もやりたいのですが、まずは麹かなと思っています。

――麹に関心があるというよりも、「発酵」に関心があって、その一部として麹をみている感じ?

小泉:そうですね。やはり麹ですかね。麹への関心が特別強い。

ただ、麹が100%、すべての課題を解決できるとは思っていません。麹では解決できないけれど、「発酵」なら解決できるものもあったりすると思いますから。

――具体的には?

小泉:たとえば、水質汚染とかを、プラクトンを発酵させた何かを入れることで、その土壌や水質汚染を改善する。これは麹ではできない。米麹ではできないですけれど、ほかの微生物を使えばできたりします。そういったものを含めて、微生物への関心があるという感じですかね。

「微生物の力を最大限に活用することによって社会を良くする」みたいなものにものすごく関心があって。ただ、身近だったのが、日本酒だったり、味噌だったりで米麹だったので、まずは米麹でやってみようかなという感じになりました。

――「微生物とかで社会を良くするということで、社会を良くする」というのはキャッチフレーズとして好感をもてますが、もう少し詳しく言うとどうでしょう。とくに「社会」というと何か抽象的なイメージもあります。先ほど、「発酵」のちょうど良い距離感という話もありましたが、要は消費者が求めているから供給するという感じにも捉えられなくもないわけですが、いかがでしょうか? ここでいう「社会を良くする」というのは、どういう意味でしょうか?

小泉:正直にいえば、具体的にこれがこうなったらいいよね、というのがあるわけではありません。結局、自己満足ではあるかなとは思っています。私が死ぬ時に、自分が生きていたことによって、生きていった功績によって、役に立った人がいたら、それは社会が良くなったと認められるなと思っています。そのインパクトが可能な限り大きいほうがいいと思っています。

宇都宮市の何十万人に届くより、日本全国に届くもののほうがいいと思いますし、可能な限り世界80億人に届きうる限界までやれたらいいな、というのは思います。

インパクトが大きいほうが嬉しいけれど、大きくないと良くなっていると言えないわけではない。80億人に届いていないから良くなっていないよねと思っているわけではなくて、一人でも二人でもあの商品があって良かったとか、小泉さんが生きてくれたことで何かを前に進めてくれて良かったという人がいるだけで、社会は良くなっていると思うので、自分の自己満足としては達成できるかなと思っています。

逆に、その一人が喜んだら自分はいいと思っているというよりは、可能な限り、その人数やインパクトが大きいほうが嬉しいなという感じです。

良くするという方向がインパクトみたいな……。合理的に経済性をもって良くしていくという話と、もうひとつ、何か、心の醸成じゃないですけれど。気持ちとして、世界の人たちにとって、こういうものがあって良かったと思う人の数が、人数というか、何というのでしょうか、ORYZAE社が売上げ何千億、何兆円になったから、それだけが正しいというわけではないと思ってはいます。


■潰れそうになっている酒蔵に、「日本酒を作る以外にORYZAEさんからもらえている仕事があるおかげで、200年続いている酒蔵を201年目、202年目に継承することができています」と言われることも、すごく意味のあることだと思っています

――そういった「社会を良くする」という観点で、農業はどのようにみることができるでしょうか?

小泉:そうですね、たとえば、うちの会社に関わる人、社員がこの会社で働けて良かったなみたいなことも、私としては社会が良くなっているひとつかなと思っています。必ずしも、食べ物を食べたり、うちのサービスを使った人だけが良くなったというより、存在自体があって、その人の人生自体が、私たちのプロダクトやサービスや会社に関わることによって、豊かになったと思ってくれたらいいなと。どっちかというと、農業に対していえば、そちらのほうが強いかもしれないです。消費者に対しては、お金を払って買ってもらって健康になってもらう、おいしいと思ってもらう、というような形で広げていきたいと思っています。

農家さんとか、農業に対しては、ORYZAEの米を契約栽培で作ったおかげで儲かったという人がいてもいいと思います。「獺祭」の酒米生産者みたいな形で。

逆に、自分たちみたいな中山間でお米作っている人たちでも、「俺らみたいのでもORYZAEの技術があれば、道の駅で新しい価値の商品として売れて、6次産業化が成功した」という事例も、僕はすごく嬉しいことだなと思っています。

この農業側に関しては、取引額が大きい農家だけを育てていきましょう、という価値観でもないです。潰れそうになっている酒蔵に、「日本酒を作る以外にORYZAEさんからもらえている仕事があるおかげで、200年続いている酒蔵を201年目、202年目に継承することができています」と言われることも、すごく意味のあることだと思っています。
そちらはあまり経済合理性というよりは、私が農学部に入学してからこの9年ぐらい農業に関わる中で感じた多様性みたいなものを、当社の事業を通して可能な限り解決できたらいいなみたいなと思っています。最初のうちはたぶん経済性が強いほうがいってしまうと思いますが。


■ほかの学問分野の方も、少し農学に触れてもいいのではというぐらい、農学にはすごく広がりが深いなと感じています

――ちなみに農学部出身で良かったなと思うことはありますか?

小泉:農学部出身でめちゃくちゃ良かったと思っています。

――農学部に入っていなかったら、全く違う人生でしたよね?(笑)

小泉:全然違うと思います(笑)

――茨城県筑西市で住み込みで農業をされたのも、農学部に入ったのがきっかけですか?

小泉:はい。農学部にどうせ入るなら、という感じです。

農学部に入った最初の半年ぐらいは、本当に農業にもまったく興味がなくて、入れる大学というか、入れたからという。そのくらいのテンションで過ごしていました。

ところが、その農学部に来ている人は、農業に興味がある人が多いのです。

これは、僕の感覚ですけれど、うちの弟が経済学部出身ということもあって感じるのですが、経営学部と経済学部に入る人は本当に経済とか経営が好きという人、そんなにいないなという感覚があります。100人いたら、たとえば、10人。でも、農学部に来ている人は、農業に興味がある人は、100人いたら10人しかいない、ということはないという感じがするのです。

農学部は、経済学部よりは、そもそもその学部に興味を持って来ている人のほうが、割合が多いなという感覚があって。その中で、宇都宮大学農学部に来ている人たち、農業経済学科もそうですけれど、案外、農業に興味があって大学に来ているというのが、私、入学して驚いたことでした(笑)

――(笑)

小泉:大学って就職するための、一応行くものぐらいに思っていたので。「え、本当に農業に興味あるの?」という感じだったのです。何か、農業に興味があって、品種改良やりたくてとか。家畜に、畜産に興味があってという人がいて、「ああ、本当にそういう人いるのだ」という感覚でしたね。入学したときは。

――私の出身大学(東京農工大学)は逆でしたね。私は、農学に関心があって入ったのですが、東京農工大学はとりあえず東京の国立に入りたいみたいな人が多くて(笑)。大卒で就職するために一応行くという感じの人は多かったと思います。
宇都宮大学の農学部は、就職先も農学系多いですよね?

小泉:そうですね。

それで、そういった農業に興味のある学生の友だちの話を聞いているうちに、「確かにせっかく農学部に来たなら、何も考えないで遊んでいるのではなく、ちょっと関わってみたり、やってみたらおもしろいと思えるかも」と、思いましたね。

バイオテクノロジーのような分野にはいきなり関心を持てなかったので、地域というか、農村みたいなところに行ってみようとか、やってみようとか、考えるようになりました。

――農学ならではの、広がりというものを感じることはありますか? 農学って、「発酵」の話も含むじゃないですか。先ほどからの話で、「発酵」の可能性と言われていますけれども、「発酵」という大きな分野をも農学が受け止めているというか。農学にはそういった幅の広さがあるように思います。

小泉:ああ、それめちゃくちゃあると思います。私も同じ感覚ですね。薬学だと、基本的に食料を作るということはあまりないと思います。同じ口に入れるにしてもやはり薬を扱う、というイメージがあります。


でも、農学ならば、別に農学部だからサプリメント作っちゃいけないとか、薬の分野のほうにちょっと行くみたい方向性もあるわけです。だから、農学に入ってから、やっぱり自分は薬学に興味をもったから薬学に行こうとか、自分はもうちょっと栄養の分野に行きたいとかもあると思います。

「医食同源」と言うように、入口として、医学も薬学も栄養学とかも、いったん農学を勉強してもいいのではみたいなのはと思うことがあります。農学といっても、浅い内容でよいと思いますが、ほかの学問分野の方も、少し農学に触れてもいいのではというぐらい、農学にはすごく広がりが深いなと感じています。


■一般的な経済を学んで農業経済に行くというよりも、農業経済と向き合ってみたら、一般的な経済がもう少しわからないと、そもそも、全然わからないとなるので学ぶみたいなほうが、健全な学問の学び方かなという印象

小泉:大学では農業経済学科でしたが、農業経済という分野があるのだ、というのも大学に行くのがきっかけで知ったぐらいなので(笑)

――(笑)

小泉:経済学じゃなくて農業の経済学とか、林業の経済学とか、そういうのがあるということを知りました。

経済学部に行くよりも、林業経済とか水産経済とか、農業経済とかのほうが、おもしろいのではと思っています。おもしろいというか、経済学部の中に農業経済があるというより、各専門の経済学部の中にそもそも経済があるみたいな感覚のほうがなじみがよいと思います。

農業経済の中を深く学ぼうと思った時に、一般的な経済も学ばないといけないみたいな。一般的な経済を学んで農業経済に行くというよりも、農業経済と向き合ってみたら、一般的な経済がもう少しわからないと、そもそも、全然わからないとなるので学ぶみたいなほうが、健全な学問の学び方かなという印象をもっています。


■農地に対する知識が少なくて、正しく認識できていないから、あんまり、農地については言葉が出ない

――何か農地観と呼べるものはありますか?

小泉:農地……農地という観点で農業を見るのがあまりないので。

――農業というと、やはり農産物を相手にするという感じですかね?

小泉:農産物のイメージの方が大きいですね。

農地というと耕作放棄地とか、そういうイメージはありますが。あとは、区画とか……。でもやはり、農地ってあまりピンとこないですよね。でも、キーワードとして耕作放棄地みたいなものには、関心があったりしますけれど。

――あまり、こう農地と言われて、そんなに響かないというか、ピンと。

小泉:そうですね。すごく何か強い意見があるというのではないです。

――お米とか。農産物はあるけれどという感じですか。

小泉:そうですね。あまり、詳しくないから言えないというのもあるかもしれません。本当に、よりその農産物とか小売に近いほうが自分自身の経験談があるので、思っていることがあるのですけど。農地に対する知識が少ないため、本当に仮説の中でも仮説の話になっちゃうと思うので……。農地に対する知識が少なくて、正しく認識できていないから、あんまり、農地については言葉が出ないみたいな感じですね。


(おわり)

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