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75.責任の無い人

責任ある立場で行動していると、責任の無い人から理不尽な思いをさせられることが多くありました。そのことについて書きます。


理不尽だった出来事

12月頃に、神戸の近くにある六甲山を車で走っていたときの出来事です。

山の山頂に近い所までは快調に走っていたのですが、あるカーブを曲がり切った所で異変に気が付きました。

カーブを曲がった後が、長い下り坂になっていて、路面がキラキラ光っていました・・・

「あ、これやばいやつ💦」

と思ったのもつかの間、ハンドルもブレーキも全く機能しなくなりました。

路面が完全に凍結していることが分かったのですが、時すでに遅しで、ブレーキを一切受け付けない状況に陥りました。

とは言え、当時サーキットで車を走らせていたので、意外と冷静にその状況の中で

「このまま滑っていくと、より加速がついて坂の終わりでガードレールに突っ込むなぁ~」

と考えていました。

しかも、坂の下り切ったあたりには数台の車がぶつかっています。

当時乗っていた車はサーキット走行用に、ロールゲージで固めていたので、その安心感が、冷静さの理由だったのかもかもしれません。

何とか減速させる方法がないかと、即座に思いついたのが

「ボディーを壁にこすり付ければ、何とか止められるか」

と考え、目をやると壁の手前に溝があることに気づき

「お?これは、タイヤを溝にはめれば止められるんじゃない?」

と思い、アクセルワークで車の向きを調整しながら、フロントの片輪を溝をまたぐような角度でタイヤをはめた所、見事止まることが出来ました💦

減速しきった時には、丁度坂の終わりで、他の車にぶつけずに無事、危機的状況を乗り越え、ホッとしました。

しかし、後ろから突っ込まれる恐れがあったので、すぐに車を進めたのですが、カーブを曲がると10台以上の車が、今度は坂を登れずに立ち往生している状況でした・・・

1台ずつ、人が押しながら登るしかない状況だったので、周囲の人と協力して、前の車から順番に坂の上まで、押していく事にしました。

その時、1台の車が、ぶつかった衝撃でボディーがタイヤにめり込んでしまい、動けない状況でした。

その車は、若い運転手と助手席に友達が乗っていたので、声をかけました。

私  :「この車動かせますか?」

運転手:「レッカーを呼んだのですが、道路がこのような有様で、到着までにかなり時間がかかるとの事で、困っています」

私  :「少し状態を見せてもらっていいでしょうか?」

運転手:「ありがとうございます、助かります!」

このやり取りの後、状態を調べたところ、ボディーをハンマーで叩いて、変形させれば動かせるのでは?と感じ

「工具があるので、ボディーを変形させれば動くように出来ると思います」

と伝えた所、運転手の方は

「助かります!是非お願いします!」

と言われたので、工具を持ってきて、作業に取り掛かろうとすると、助手席の友達が居りてきて

「人の車によくそんなこと出来るなぁ」

と、にらみつけてきました・・・

すかさず、運転手が

「おい!なんてこと言うんや、せっかく動くようにしてくれると言ってるのに」

と、運転手と友達がもめだしたので、私が

「でも、このまま車が止まっていると、後ろの車が動けないんです」

と伝えた所、運転手が

「申し訳ないです、思い切ってやっちゃってください!」

と、言われたので作業に取りかかりました。

バールとハンマーを使って、ボディーの形状を変えていると、助手席の友達が

「うっわ、信じられへん人の車になんてことすんねん!」

と、言ってきますが、無視を決め込んでとにかく早く動く状況にもっていくことに専念しました。

そして、無事動く状況にして、坂の上まで押しあげることが出来ました。自走も出来る状況に出来たので

「このまま工場にもっていった方がいいですよ」

と、伝えたところ、また助手席の友達が自分の車をみて

「走り屋なら、けん引する道具位普通は持ってるやろ」

と、言ってくるのですが、運転手の人がなだめようとしてくれているので、冷静に

「誠に申し訳ないです、気をつけて帰ってください」

とだけ伝えました。

路面が怪しい状況で、けん引など出来るわけなかったので、穏便に済ませるため、謝罪することにしました。

まさか運転手ではない人から、あのような対応をされるとは想定していませんでしたが、似たような場面は指導者活動の中でも多く経験しています。

当事者とは関係のない、第3者から「うわさ」という形で、誹謗中傷を受けることもありました。


慣れ

普通ならば一言言い返したくなるような状況を何度も経験しましたが、冷静で居られるのには、訳があります。

子供の頃から、人からバカにされることが多くあり、色黒でチビだったので、「ウンコ」とか名前をもじって「シュンババ」と言われていました。

人種差別の授業の後は「ブラック」と呼ばれることもありました。

これを、年上の子達が言うものだから、年下の子達も、一緒になってそのような態度で接してくることを小学生の時に多く経験しました。

普通であれば、その時点で

「学校に行きたくない」

と、感じたと思いますが、幸運なことに、両親から受け継いだ運動能力が、私の救いでした。

身体を動かす事に関しては、人並み以上の能力を発揮したので、その部分では普段私をバカにしている人達も、何も言えない状況です。

とは言え、別にそうした人たちを見下したりすることは無く、ただ普通に接して欲しいと思っていたので、私からは普段通りに接していました。

この幼少期の経験が、理不尽さに対しての「慣れ」を獲得するきっかけだったのだと、今はそう感じます。


かわいそうな人

責任ある立場の人に対して、批判ばかりする人は、人生の中で責任ある立場を経験したことがないのでしょう。

何故なら、責任ある立場を経験していると、簡単に責めることはできなくなります。それが分からないから、自身の言動については考えられないのだと感じます。

そうした人に出会ったときは

「かわいそうな人だ」

と、思うことにしています。そう考えることで、理不尽な思いをさせられても、感情的にならずに気持ちをコントロールする事ができます。

皆さんも、理不尽な経験をされたときは、けして感情的にはならないようにしてください。

感情的になると、相手のネガティブな気持ちに引きずり込まれることになり、心を蝕まれてしまいます。

結果、そのネガティブな気持ちをしばらく引きずることとなります。

ネガティブな感情を向けられたときこそ、冷静な対応を心がけることで、精神的な安定を得ることができます。

常に自身の気持ちをコントロールすることが、健康面も含め、生活の質を高めることを知っておいてください。

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尾川 俊司
お気持ち感謝に尽きません🙇‍♂️