119.オフサイド
オリンピックのサッカー日本vsスペイン戦で起こった、VAR(映像による確認)でゴールが無効になったシーンについて思うことがあるので、書きたいと思います。
初めに書いておきますが、この試合を担当したダハン・ベイダ主審には問題はなく、ルールに沿った判定をされていました。私が注目しているのはそこではなくオフサイドルール自体です。
オフサイドってなに?
競技規則の文字による表現では分かりにくいため、以下の映像をご覧ください。
このルールは、ゴール前に味方選手を一人残して、ロングパスからゴールを狙いやすい状況が頻繁に発生すると、サッカー本来の楽しさが阻害されることを懸念し設けられたルールです。
話題になっているシーン
このシーンですが、テロップの通りで藤田譲瑠チマ選手からのパスが出る瞬間、細谷真大選手の右足が、相手DFより相手ゴール側に少し出ていたためオフサイドと判定されました。
実はこのシーンの少し前に、関根大輝選手のスルーパスに山田楓喜選手が抜け出したタイミングで主審がオフサイドを宣告したのですが、この時副審はフラッグを挙げておらず、疑問の残る判定がありました。
本来オフサイドは真横からでないと判定が難しいため、副審がフラッグを挙げる形で判定されます。このような経緯の中で起こったゴール取り消しのため、より騒がれる事態となりました。では、なぜ主審の独断で判定したのでしょうか。
SAOT(半自動オフサイドシステム)
実はこの試合、SAOT(SEMI-AUTOMATIC OFFSIDE TECHNOLOGY)が導入されており、このシステムにより通知を受けたVAR担当審判が主審に通知する仕組みになっています。
以下はSAOTの解説です。
このシステムのおかげで副審に頼らずとも、オフサイドの判定が可能となります。今回もシステムからの通知で判断したと思われます。ただ、疑問が残るのはこのシステムを運用していたとしても、VARによる確認は必要と思いますし、副審との連携もされていなかったのでそこが不信感につながったのだと感じます。
オフサイド判定について
通常オフサイドとなる場面として多いのは、ボールの受け手が前に飛び出す形で受けたときです。相手DFの選手が意図的にDFラインを上げて、オフサイドを誘発しやすい状況を作る場合もあるためです。(オフサイドトラップという)
頻度は少ないですが、オフサイドポジションにいた選手が自陣側に戻りながらボールを受けたときも、戻りオフサイドと呼ばれる状況になる場合があります。
今回はかなり珍しい場面で、相手を背負った状態で止まっている選手がオフサイドになったので???となりました。恐らく、SAOTをを導入していない場合、このシーンでオフサイドが取られることはないと思われます。
人が判断するにはあまりにもきわどいプレーで、実際DFの選手はシュートを打たせてしまっているのでオフサイドでなかったとしても、守備側チームは納得したはずです。実はここがオフサイドルールの基準に疑問が残るところです。
審判の意味
現代であれば、どのようなスポーツでもカメラとセンサーに加えAIを利用すれば高精度に判定を行うことは可能です。これは、私が長らくセンサーやデバイスを利用した制御ソフトウェアを専門に扱ってきましたので、その経験からもはっきり言えます。
では、なぜ判定が自動化されないのでしょうか。費用の関係もありますが、それより大きいのが「人が行う競技だから」です。審判もプレイヤーも全てをひっくるめて1つの競技としているためです。長らく、人による判定が行われて来たのはこのような理由です。
但し、サッカーにおいてゴールラインの判定については、ゴールラインテクノロジーのようなシステムがあっても良いと思っています。ゴールラインテクノロジー
これは、ゴールラインとボール、共に人が関わっていないためです。
しかし、ファールやオフサイドのような、人が関わる場面においてはやはり人が判定するのが望ましいというのが、私の個人的な考え方です。
少年サッカーの主審を200試合以上経験して
なぜこのような考え方に至ったのかについて。サッカー指導者活動の中で実際に主審を200試合以上、副審も同数以上経験していくなかで多くの素晴らしいプレーを目にしました。
活動の初期は11人制サッカーで、試合には必ず主審と副審を配置し、オフサイドは副審のフラッグを見て主審が判定することが主でした。もちろん明らかなオフサイドは主審の独断で行うことはありますが、きわどいシーンの場合主審は必ず副審のフラッグを目視で確認します。
ある時期から8人制サッカーへと変わっていきますが、主審と副審を配置することは変わりませんでした。しかし、この時大きく変わったことがあります。
人数が減ったこともあり、得点機会が増えました。コートのサイズに変更がなくスペースが出来たためです。それと同時にオフサイドの頻度も増えました。この時、副審でオフサイドを見極めている時に、幾度も感じたことがあります。
それは、完全にDFを崩し切った素晴らしいプレーにも関わらず、肩もしくは片足がオフサイドポジションだった、という本来のオフサイドルールが設けられた意図とは異なる場面でも、オフサイド判定しなければならないというジレンマです。
このような経験を100試合以上こなしていく中で、次第に
「この素晴らしいプレーを無かったことにして良いのだろうか」
この想いが強くなりました。そして次第に際どい判定の場合には、攻撃側が崩し切っているのかどうかを加味するようになりました。しかも、この判定方法で不満が出ることは殆どありませんでした。
この経験を通して、これが本来のオフサイドの見極め方じゃないかと、私の中での想いが強くなりました。
現在の8人制サッカーは主審のみで行う形になっており、当然主審のみの場合際どい見極めは不可能です。これは実際に主審を経験すると分かると思いますが、ワールドカップで笛を吹く方でも、見極めることは難しいと言われています。
当然このような状況では、際どいプレーで笛を吹くことが難しく、自然と副審で私が行っていた基準に近くなります。
まとめ
何事でもそうなのですが、本来ルールは人のためにあるべきと感じています。「ルールだから」「規則だから」常にそれが正しいのでしょうか。
私は人としての在り方を基準にルールは設けらるべきだと感じています。時にはそのルールが適用できない例外もあると感じます。
ソフトウェア開発における具体例を挙げておきます。現在では
「ソフトウェア開発において、現場でソフトウェアの修正を行ってはならない」
このようなルールが設けられていることが多いです。これは、現場での修正により2次災害が発生することを懸念してのためです。
しかし、修正しなければシステムの稼働が止まってしまうような場面も往々にしてあります。お客さんの稼働立ち合い中に、ふとイレギュラーな動作の事が思い浮かび、気になったのでソフトウェアを確認すると、あるタイミングの時に期待した動きにならないことが発覚しました。
幸いお客さんはお昼休憩の時は運用を一時的に止めるため、その時に修正したソフトに入れ替え再起動すれば、問題がクリアになります。そして、再稼働後懸念していたイレギュラーな動作が発生、しかし対応していたため問題なく動作しました。
もし、ここでルールを守っていたらどうだったでしょうか。
もちろん、私がこのような場面に遭遇した場合、単純に入れ替えるだけではなく失敗したことも考え、様々なリカバリー方法を実装した上で行います。
このように、必ずしもルールに沿っていればそれが正解ということではありません。大切な事はそのルールの意図を理解し、それを適用すべきかどうか判断のフェーズを設けることです。
自身で判断が出来ない場合は、それが出来る方に相談する等のアクションも可能です。
皆さんも目の前の事象に対して、人としての在り方を基準に考えてみてください。今まで見えなかったものに気付くこともあるはずです。