37.審判員を経験して②
以下の記事の続きについて書きます。
人間観察
前回の記事でも書きましたが、始めた当初は慣れていない事や大きなプレッシャーの中での活動でしたので、楽しむ余裕はなかったのですが、ある程度の数をこなしてくると、より冷静に選手の考えや動きを感じられるようになりました。
その中で、判定やゲームコントールの質も向上しました。
審判のゲームコントロールは、例えばファールを取る場面であったとしても、攻撃側のチームが有利な状況であれば、その瞬間では取らずに状況を注視してから、笛を吹く等があります。これを、「アドバンテージ」と言います。
適切なタイミングや判定でない場合、周囲から
「今のはアドバンテージだろう!」
「そこは笛を吹くとこだろう!」
このような声が飛ぶ事もあります。
このコントロールを両チームの不満無く行えるようになると、審判としてはかなりの経験を積んだことになります。また、審判自体を楽しめるように変わっていきます。
私が特に楽しいと感じていたのは
「人間観察」
です。選手だけではなく、ベンチの状況やチームの戦術、指導者からはどのような声かけがなされているか等、観察を楽しみながらゲームをコントロールしていまいました。
選手をみれば指導者の質が分かる
審判活動を行う中で感じた事の1つとして、良いチームは指導者からネガティブな声かけは一切聞こえないです。むしろ、ポジティブな声かけのみです。例えば
「今の守備への切り替えが早かったね!」
「今の寄せはタイミング良かったね!」
「ボールは取られたけど、ナイスチャレンジ!」
このような声をかけられると、選手は「良いプレー」を理解しやすいので、後につながっていきます。
それとは対照的に、素行の悪いチームになると
「もっと早く切り替えんと間に合わんやろ!」
「もっと気合い入れて寄せんと取れるわけないやろ!」
「なんでそこで取られるねん!」
このような声かけが多いです。指導者の感情を伝えているだけで、選手が萎縮してしまう可能性もありますし、プラスにならない声かけです。
ちなみに、素行の悪いチームというのは、次のような事が起こります
ファールをした後、にやけている
後ろから蹴る
スローインの時、相手ボール時に、わざと遠くにボールを蹴る
試合中に同じチーム内で喧嘩している
指導者の文句を言う
特にひどいのが、指導者から動きについての指示があった時に
「そんなんできるわけないやろ、お前がやってみろ」
と、つぶやく選手がいます。このようなチームの試合では、相手チームに危険が及ぶ場合がありますので、より注意して判定します。
具体的には、厳しめにファールを取ります。そうしないと、エスカレートする可能性があるためです。
選手は良くも悪くも、指導者の写し鏡となりますので、選手に問題があるとおもったのならば、自身の指導方法を見つめなおす機会と考えるべきです。
リスペクトすること
試合経験を積むほど、以下の思いが強くなりました
「人をリスペクトする」
もちろん、始めた当初からその気持ちはありましたが、実際に試合経験が増えてくると、試合終了後に選手と協力してくださった審判の方に対して、心から
「ありがとう」
と思えるようになりました。これは以下の思いからです。
試合がスムーズに進んだ
全力でプレーする選手をまじかで見せてもらった
協力してくれた、他の審判員に対して
この経験により、人をリストペクトする事の大切さを、より強いメッセージを込めて選手に伝えられるようになりました。
例えばサイドラインからボールが出れば、スローインをします。
この時、小学生であれば相手ボールであっても、取りに行く選手がいます。この時に指導者から
「相手ボールなんだから、取りに行く必要はない」
このような声かけがあります。確かに、プロの試合だと相手選手のボールを取りに行く事はしません。しかし、プロの試合であればボールボーイがいるので、そもそも取りに行く必要はありません。
子供が純粋に
「ボールを取りに行ってあげよう」
と思う事、それは尊いものだと感じます。それを指導者が否定するのは、人に対してのリスペクトが欠けていると感じます。
確かに取りに行くと、不利になる場面もあります。しかし、小学生の試合では勝ち負けよりも、人としての大切な事をより優先して伝えるべきです。
このような思いから、従来の指導現場のあたりまえを変えていく事にしました。
そもそも、対戦形式のスポーツは相手がいないと成り立ちません。そのため
「相手に対しての敬意」
を大切にする事を伝えていました。
これにより、相手をさげすんだり、故意のファールをしたり、このような事が無くなったと感じます。
声かけの質
これは先ほどの試合中の声掛けもそうなのですが、重要な点は以下です。
行動とリンクしている
理解出来る言葉で伝える
事象の発生したその瞬間に伝える
気持ちを上向かせる
ビジネスの上でも非常に重要な要素ですので、詳しく説明します。
1.行動とリンクしている
何かを指示する場合、具体的でなければいけません。それを聞いた選手が、何が良いのか、何が悪いのか、どのような行動をすればいいのか、これらが具体的にイメージ出来る形の声かけが重要です。
但し、指示を慎んだ方が良い場面もあります。これは、選手に考えさせるためです。よくあるのが
「そこでシュートや!」
と、声をかけてしまうと選手は反射的にシュートを打ってしまいます。そうではなく、自身で考えて行動させる事が大切です。
指示の場合は、個々の選手で出来る事、出来ない事が違いますので、そこを見極めたうえでの声かけでなければいけません。
つまり、選手と共有する時間をある程度持たなければ、適切な声掛けは難しいとも言えます。
2.理解出来る言葉で伝える
相手が理解出来る言葉で伝えなければいけません。専門用語を多用したり、難しい言葉を使ってしまうと、伝わらない場合があります。
これは、伝える相手の知識レベルに合わせて伝える側が調整しなければいけません。
3.事象の発生したその瞬間に伝える
後で伝えても、その事象が明確に思い出せない可能性があるため、可能な限りその瞬間に伝えるようにします。
これを「シンクロコーチング」と言います。もちろん、試合中であれば簡潔な表現しか出来ませんので、後でフォローを入れる等も必要な場合があります。
4.気持ちを上向かせる
だれでも、ネガティブな事を言われてもがんばれないですよね。それよりも、「よし、がんばろう!」と思える声かけの方が、がんばれますよね。私は選手にこのように伝える事があります。
「試合が始まったら、コーチはただの応援団になるわ」
これは、例えば明らかに実力の差が大きなチームと対戦する場合や、前の試合で負けて選手がしょんぼりしている時等、状況に合わせて声掛けの内容を調整します。
もちろん、こうは言うものの、勝つためのベストな戦略を立てるのはどの試合でも同じです。
声を出さないコミュニケーション
主審をする場合、副審とのコミュニケーションが必要になります。よくあるのが、ボールがラインを出たのかどうか、これは主審からは分かりにくいので副審にアイコンタクトをして、確認します。
他には、周囲へ対してのメッセージを腕や体の動きで表現します。先ほどのアドバンテージもそうですね。
普段の生活ではこのようなコミュニケーションを取る事は少ないと思います。声が届かない状況で、工夫してコミュニケーションを取る事の重要性や難しさを学ぶ事が出来たのが、貴重な経験でした。
審判員についての理解を
皆さんはあまりご存じないとは思いますが、審判員の報酬はけして多くはないです。それだけで、生計を立てるのも難しいのではと思います。
私も大きな大会の審判を行った時に報酬を頂いた事がありますが、交通費も出ない程です。
審判員でも、とくに主審は大きな責任とプレッシャーが伴います。精神的にも肉体的にも高い負荷が求められます。
時には選手よりも強いプレッシャーの中で冷静な判断をしなければいけない、そのような試合もあります。
では、なぜこのような活動をしているのかですが、これは
「それをする人が居なければサッカーは成り立たない、尊い活動であるから」
このように感じます。また
「困難であるからこそやりがいがある」
このように考える方も居るでしょう。チームスポーツはそうした方々によって支えられている事を知っておいてください。
昔から、サッカーの判定を自動化する試みが研究されてきました。しかし現在でもVARやゴールラインテクノロジー等はあるにしても、最後の判定は人が行います。
なぜそのような事をしているのかですが、これは
「人のためのスポーツだから、プレーも判定も人が行うべきである」
この精神から自動化されていません。今であればAIを利用して全ての判定を高い精度で自動化する事もできると思います。
しかし、サッカーに限ればこれからも人が判定を行う事は変わりないでしょう。
この先AIを利用して様々な仕事が置き換えられるとは思いますが、けして人の係わりが無くなる事はありません。むしろ、より強く関わりの質が問われる事となります。
私にとっての審判活動は
「人と人との係わりの大切さを、深く教えてくれた」
貴重な経験でした。私に審判とは何かを教えてくれた指導者の方や、関わった選手達に対して感謝が尽きません。
今後はこの経験を経営や育成に生かし、若い世代の方々に受け継いでいきたいと思います。