孫子の兵法2/4 原文

第3章 謀攻

一 孫子曰わく、
 凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。
 軍を全うするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。
 旅を全うするを上となし、旅を破るはこれに次ぐ。
 卒を全うするを上となし、卒を破るはこれに次ぐ。
 伍を全うするを上となし、伍を破るはこれに次ぐ。
 是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

二 故に上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は、已むを得ざるが為めなり。 櫓・フン[車賁]オン[車温-水]を修め、器械を具うること、三月にして後に成る。踞[キョ]イン[門西土]又た三月にして後に已わる。将 其の忿[いきどお]りに勝[た]えずしてこれに蟻附[ぎふ]すれば、士卒の三分の一を殺して而も城の抜けざるは、此れ攻の災いなり。 故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも而も戦うに非ざるなり。人の城を抜くも而も攻むるに非ざるなり。人の国を毀[やぶ]るも而も久しきに非ざるなり。必らず全きを以て天下に争う。 故に兵頓[つか]れずして利全うすべし。此れ謀攻の法なり。

三 故に用兵の法は、十なれば則ちこれを囲み、五なれば則ちこれを攻め、倍すれば則ちこれを分かち、敵すれば則能[すなわ]ちこれと戦い、少なければ則能ちよくこれを逃れ、しからざれば則能ちこれを避く。故に小敵の堅は、大敵の擒なり。

四 夫れ将は国の輔なり。輔 周なれば則ち国必ず強く、輔 隙あれば則ち国必らず弱し。故に君の軍に患うる所以の者には三あり。
 軍の進むべからざるを知らずして、これに進めと謂い、軍の退くべからざるを知らずして、これに退けと謂う。是れを「軍を糜す」と謂う。
 三軍の事を知らずして三軍の政を同じくすれば、則ち軍士惑う。
 三軍の権を知らずして三軍の任を同じうすれば、則ち軍士疑う。三軍既に惑い且つ疑うときは、則ち諸侯の難至る。是れを「軍を乱して勝を引く」という。

五 故に勝を知るに五あり。
 戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。
 この五者は勝を知るの道なり。
 故に曰わく、彼れを知りて己を知れば、百戦して殆[あや]うからず。彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎[ごと]に必らず殆うし。

第4章 軍形

一 孫子曰わく、
 昔の善く戦う者は先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。
 勝つべからざるは己れに在るも、勝つべきは敵に在り。故に善く戦う者は、能く勝つべからざるを為すも、敵をして必ず勝つべからしむること能わず。故に曰わく、「勝は知るべし、而して為すべからざる」と。
 勝つべからざる者は守なり。勝つべき者は攻なり。守は則ち足らざればなり。攻は則ち余り有ればなり。善く守る者は九地の下に蔵[かく]れ、善く攻むる者は九天の上に動く。故に能く自ら保ちて勝を全うするなり。

二 勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。戦い勝ちて天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり。
 故に秋毫を挙ぐるは多力と為さず。日月を見るは明目と為さず。雷霆を聞くは聡耳と為さず。
 古えの所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し。故に其の戦い勝ちてたがわず。たがわざる者は、其の勝を措く所、已に敗るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は必ず勝ちて、而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。

三 善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。

四 兵法は、一に曰わく度[たく]、二に曰わく量、三に曰わく数、四に曰わく称、五に曰わく勝。地は度を生じ、度は量を生じ、量は数を生じ、数は称を生じ、称は勝を生ず。 故に、勝兵は鎰を以て銖を称[はか]るが若く、敗兵は銖を以て鎰を称るが若し。

五 勝者の民を戦わしむるや〔〔→勝を称る者の民を戦わすや〕〕、積水を千仭の谿に決するが若き者は、形[かたち]なり。

第5章 兵勢

一 孫子曰わく、
 凡そ衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是れなり。
 衆を闘わしむること寡を闘わしむるが如くなるは、形名是れなり。
 三軍の衆、必らず敵に受[こた]えて敗なからしむべき者は、奇正是れなり。
 兵の加うるところ、タン[石段]を以て卵に投ずるが如くなる者は、虚実是れなり。

二 凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。終わりて復た始まるは、四時是れこれなり。死して更[こもごも]生ずるは日月これなり。
 声は五に過ぎざるも、五声の変は勝[あ]げて聴くべからず。
 色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからず。
 味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗[な]むべからず。
 戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべからず。奇正の相生ずることは、循環の端なきが如し。孰[た]れか能くこれを窮めんや。

三 激水の疾[はや]くして石を漂すに至る者は、勢なり。 鷙鳥の撃ちて毀折に至る者は、節なり。 是の故に善く戦う者は、其の勢は険にして其の節は短なり。勢は弩をひ[弓廣]くがごとく、節は機を発するが如し。
 紛々紜々として闘い乱れて、見出すべからず。渾々沌々として形円くして、敗るべからず。〔→軍争編四〕

四 乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。 治乱は数なり。勇怯は勢なり。強弱は形なり。

五 故に善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必らずこれに従い、これに予[あた]うれば敵必らずこれを取る。利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ。

六 故に善く戦う者は、これを勢に求めて人に責めず、故に善く人を択[えら]びて勢に任ぜしむ。勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや木石を転ずるがごとし。木石の性は、安ければ則ち静かに、危うければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。故に善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仭の山に転ずるが如くなる者は、勢なり。

第6章 虚実

一 孫子曰わく、
 凡そ先に戦地に処[お]りて敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨[おもむ]く者は労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。能く敵人をして自ら至らしむる者はこれを利すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむる者はこれを害すればなり。故に敵 佚すれば能くこれを労し、飽けば能くこれを饑[う]えしめ、〔〔安んずれば能くこれを動かす。〕〕

二 其の必らず趨く所に出で、〔~飢えしむる者は、その必ず趨く所に出ずればなり。〕〔〔其の意[おも]わざる所に趨き、〕〕千里を行いて労[つか]れざる者は、無人の地を行けばなり。攻めて必らず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。守りて必らず固き者は、其の攻めざる所を守ればなり。故に善く攻むる者には、敵 其の守る所を知らず。善く守る者には、敵 其の攻むる所を知らず。微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る。故に能く敵の司命を為す。

三 進みて禦[ふせ]ぐ〔迎う〕べからざる者は、其の虚を衝けばなり。退きて追う〔止む〕べからざる者は、速かにして及ぶべからざればなり。故に我れ戦わんと欲すれば、〔〔敵 塁を高くし溝を深くすと雖も、〕〕我れと戦わざるを得ざる者は、其の必らず救う所を攻むればなり。我れ戦いを欲せざれば、地を画してこれを守ると雖も、敵 我れと戦うを得ざる者は、其の之[ゆ]く所に乖[そむ]けば〔あざむけば〕なり。

四 故に〔善く将たる者は、〕人を形せしめて我れに形無ければ、則ち我れは専[あつ]まりて敵は分かる。我れは専まりて一と為り敵は分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我れは衆にして敵は寡なり。能く衆を以て寡を撃てば、則ち吾が与[とも]に戦う所の者は約なり。
 吾が与に戦う所の地は知るべからず、吾が与に戦う所の地は知るべからざれば、則ち敵の備うる所の者多し。敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者は寡[すく]なし。故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所なければ則ち寡なからざる所なし。寡なき者は人に備うる者なればなり。衆[おお]き者は人をして己れに備えしむる者なればなり。故に戦いの地を知り戦いの日を知れば、則ち千里にして会戦すべし。戦いの地をしらず戦いの日を知らざれば、則ち左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後を救うこと能わず、後は前を救うこと能わず。
 而るを況や遠き者は数十里、近き者は数里なるをや。吾れを以てこれを度[はか]るに、越人の兵は多しと雖も、亦た奚[なん]ぞ勝に益せんや。敵は衆しと雖も、闘い無からしむべし。

五 故にこれを策[はか]りて得失の計を知り、これを作[おこ]して動静の理を知り、これを形[あらわ]して死生の地を知り、これに角[ふ]れて有余不足の処を知る。

六 故に兵を形すの極は、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず、智者も謀ること能わず。形に因りて勝を錯[お]くも、衆は知ること能わず。人皆な我が勝の形を知るも、吾が勝を制する所以の形を知ること莫し。故に其の戦い勝つや復[くりかえ]さずして、形に無窮に応ず。

七 夫れ兵の形は水に象[かたど]る。水の行は高きを避けて下[ひく]きに趨[おもむ]く。兵の形は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に兵に常勢なく、水に常形なし。能く敵に因りて変化して勝を取る者、これを神と謂う。 〔故に五行に常勝なく、四時に常位なく、日に短長あり、月に死生あり。〕


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