仮説力を強化する「バックフローシンキング」(ハンバーガーのCMを考察)
(株)秤の小川と申します。数学マーケター森岡毅氏が率いるマーケティング精鋭集団の「刀」社に憧れて、2019年に「秤」という会社を作りました。
事業会社を支援する立場でマーケティングに20年近く携わり、8年位前から戦略策定のための調査と分析に特化し、今は戦略策定のアドバイザーやアンバサダーなど複数の役割を担っています。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。
消費者理会
「テクノロジーで『今起きていること』を明らかにする報道機関」を目指す報道ベンチャーJX通信社のマーケティング責任者であり、データサイエンティストとしての知見もあり、作家(著書15冊※現時点)としても活躍されている松本健太郎さんと2021年3月から「消費者理会」というイベントを開催しています。マーケター必須のスキルとなる消費者理解をテーマに、すごいマーケターのお話をお聞きする夜会の様なウェビナーです。
松本さんが当日用意したテーマいくつかに対して即興で議論しています。卓越した知見を持たれたマーケターの方とのハイレベルな雑談から学べる内容があります。
【最新開催の告知note】
2021年9月28日(火)20時~21時のゲストは、足立光さんです。マーケターで知らない方はいないんじゃないでしょうか?私は2020年8月から氏の「無双塾」の会員としても学ばせて頂いています。
バックフローシンキング
私はマーケティング研修の講師を続けていますが、マーケティングの仕事をしている方によく聞かれることは、消費者理解など、マーケティングのセンスや感覚を養う方法についてです。前述のイベント「消費者理会」の議論でもそうした話題になるとTVCMなどの広告を見て、なぜ、そのクリエイティブなのか?を逆算して考えることをおススメしています。それが習慣になると日常のスキマ時間がトレーニングになり、着実にセンスや感覚を磨くことができるからです。先輩マーケターで同じことをおっしゃる方も多いです。
過去、「バックフローシンキング(造語)」としてまとめた際、大きな反響がありました。(3.5万PV、1,300強のスキ数※執筆時点)
TVCMなどの広告を見て、逆算して戦略を仮説することを習慣になって3年ほど経った30歳頃、大手広告会社のグループに転職して大人数のマーケティング研修に参加する機会がありました。お題に対して考えるグループワークで自分が戦略を仮説する能力が相対的に高いことを自覚しました。
ワークではお題に対して主観的な視点から色々な意見が出てきましたが、私はだいたいこの辺りであれば外しがないということを見極めていました。皆の意見を参照しつつも、この方向はブラしてはいけないというラインを見定め、話をまとめていく役割に徹しており、私が予想した答えは講師から示されるものと概ね合っており、日常的にトレーニングによるものだと気づきました。
トレーニング法はイギリス発祥のロジカルな広告プランニング手法の「アカウントプランニング」をヒントにしたものです。
アカウントプランニングとは?
およそ15年前、20代後半の頃、広告代理店の営業マンとして働いていたときに宣伝会議でアカウントプランニングを学びました。
その手法を使いこなす「アカウントプランナー」は広告開発のすべてのステップを統括する最高頭脳です。彼らは優秀なクリエイティブディレクターにその広告によって起こすべき態度変容などを明確に伝えるために「クリエイティブブリーフ」をまとめます。
広告の目的を明確化して指針を示すことで、クリエイターには突出したアイデア創出に専念してもらうためのものです。このうち、特に重要なものがプロポジションです。
プロポジションとは?
講師が講義の中で見せてくれた広告でご説明します。
それは、空母の写真のCASIOのG-SHOCKの広告でした。実際の広告の画像を見つけることができなかったのですが、
堅牢な空母がドーンと映っている写真の右下に下記のようなピンクのG-SHOCKが小さく記載されています。たとえば下記の商品としましょう。
そして、この空母自体が「甲板を除いて、ピンク色」になっています。広告に文字(コピー)は一切、書かれていませんでした。ピンクの空母なんて実際にはあり得ないのでインパクトの強いビジュアルでした。
この広告で伝えたいプロポジション(何をメッセージするか?)は何でしょうか?
それは、
G-SHOCKは「かわいいけどタフ」
です。
当時、この文字がないシンプルに衝撃を受けました。文字がないのに、広告のプロポジションが伝わって来たからです。
プロポジションとは、広告に書いてあるコピーそのものではありません。その広告を見る人にブランドが伝えたい、集約されたメッセージです。
ブランドを主体に一息で話せる程度の1文で、広告を見るターゲットに語りかけるような文章にまとめます。気になるTVCMなどの広告を見かけたら、まずは、プロポジションと、それを伝えたいターゲットは誰なのか?を考えてみることが重要です。
サムライマックのTVCMでバックフローシンキング
2021年の4月からOAされていたサムライマックのTVCMを題材にします。公式YOUTUBEの30秒バージョンをご覧ください。
半沢直樹でおなじみの堺雅人さんと、映画、20世紀少年でも使われていた「20センチュリー・ボーイ」の楽曲が印象的なCMです。私はこれを見ると奮い立つ感じがします。
サムライマックは2020年4月に期間限定で販売し2021年4月にレビュラー商品化されました。
この広告のプロポジションはどんな文章でしょうか?伝えたいターゲットは誰でしょうか?私はこう考えました。
なぜ、このように考えたか?
「日本の大人たちへ」というテロップのあとに堺さんが登場し「大人のみなさんお疲れ様です」のセリフに続きます。そして、サラリーマンらしき集団が一斉におじきをして「お疲れ様です」。その後はスーツでラグビーしたり、バイクに乗ったり、何かに覚醒したようなスーツ姿の男性たちのやんちゃなシーンが描かれています。
「大事なのは何をやるかよりも、あなたが何をやりたいか?」
堺さんが語りかけてくるこのメッセージが印象的です。商品のシズルカットから堺さんがハンバーガーにガブりつくシーンになり、「大人を楽しめ」というコピーで終わります。商品のシズルカット以外は、映像の上下に黒い帯が入っていて16:9より横長の映画のような画角になっています。あなたが(映画の)主人公ということでしょうか?20世紀少年と近い演出にも見えてきます。
このCMには様々な言葉が出てきますが、ブランドがもっとも伝えたいことは何かでしょうか?それを集約した文章がプロポジションです。
私が考えた内容は下記でした。
「こんなご時世の中、本当に毎日お疲れ様です。たまには気分を変えて、サムライマックにかぶりついて、思いっきり英気を養って下さい!」
こんなご時世とは新型感染症(※以下「感染症」)のことです。2020年4月に期間限定販売され、2021年にレギュラー化したサムライマックは感染症の渦中に登場して浸透したブランドだと言えます。
感染症はどんな変化を与えたのか?
感染症以降、さまざま葛藤が生まれ、社会、政治、仕事、プライベート、さまざまなことと向き合って考える機会が増えたのではないでしょうか?感染症の存在が明らかになった当初は、死を意識した方もいらっしゃると思います。
最近、私の仕事仲間の知人が鎌倉に移住して朝一にサーフィンをしてから仕事するようなライフスタイルに変えたことを聞きました。思い切って変えて良かったそうです。4キロも痩せて健康的な生活を満喫しているそうです。
私は実家が横浜市で高校から鎌倉でサーフィンをはじめました。車を買ってからは波によって鎌倉湘南伊豆、または千葉茨城など毎週末通っていました。30歳くらいまで続けていました。通っていた当時は、いつかは海の傍に住む暮らしかたを思い描いていました。氏の話を聞いてそれを思い出し、大変羨ましく思いました。
氏のように、感染症をきっかけに暮らしかたや働きかたを変えた人も多いのではないでしょうか?
感染症の渦中に独立
私は暮らしかたは変えていませんが、働きかたは変えました。秤という会社を登記したのは2019年末で2020年からは過去務めていたデジタルマーケティング会社の社員となって、会社を経営しながらサラリーマンをしていました。それ以前から、書籍印税や講師料などの個人収入もある働きかたでしたが、その会社は副業や兼業を申請する制度がある会社でした。
入社してすぐ、感染症による急な変化で営業手法を変えざるを得なくなりました。顧客開拓のためのセミナーをいくつか準備していましたが、2月以降の感染症の動向を見て中止し、オンラインにシフトせざるを得ない状況になりました。リモートワークで時間に余裕が出た方が増えたせいかマーケター向けのオンライン研修の集客は好調でしたが、当時そうした活動は、営業手段のひとつであり、主としてはその会社のプロジェクトを作る目的で動いていました。
理想としては秤の経営をしながら、社員として働く兼業でいたかったのですが、急激な環境変化の中、両者のバランスがとりづらく、つじつまを合わせることが難しくなってきたため、その会社との仕事を業務委託にしてもらい、独立しました。
感染症の影響で暮らしかたや働きかた、ひいては生きかた、これらについて改めて考えたり変えたりする機会が増えた方は多いと思います。
ターゲット
話をサムライマックのターゲットに戻します。これは、つまるところ、日々を戦っている大人だと思います。
マーケティングにおけるターゲットの定義は曖昧になりがちなので、私は下記の3つの整理をオススメしています。
インサイト
このCMが突いているターゲットのインサイトは下記だと思います。
私とマクドナルドの関わり
私は現在43歳。4人家族で2人の娘がいて下の娘はまだ小さいです。以前、2か月で13キロ痩せたことがあります。無茶なカロリー制限からリバウンド体質になってしまい、それ以降1日1~2食です。夕ご飯は食べてお酒も飲みます。平日は炭水化物を抜いてます。仕事終わりの晩酌はガマンできない、でもストイックな運動もできない。だから普段の食事と炭水化物を減らしています。そんな私は、マクドナルドとは2種類の関わりがあります。
一つ目は、父としての関わりです。
最近、一番幸せを感じるときは小さい娘と遊ぶことです。休日には家内と3人で近所の公園に遊びに行きます。そんな時のランチはマクドナルドのテイクアウトです。娘は決まってハッピーセット。私が食べるのはビッグマックかサムライマックです。休日は気にせず炭水化物を食べています。
二つ目は男としての関わりです。
家内には内緒ですが笑、たまに平日の炭水化物抜きルールを破って仕事の合間や仕事終わりにマクドナルドを食べています。ちなみに独身時代は、給料の半分くらいを一晩の飲み代に使ってしまい、しばらく卵かけご飯でしのぐといった生活でした。家内に内緒でたまに食べるマクドナルドは独身の頃のやんちゃと比べたら可愛いものです。今はさすがに報酬の半分を一晩で使ってしまうようなことはしません。父と経営者としての責任感から、少し大人になったのかもしれません。
「大人を楽しめ」
このコピーが示す「大人」とは何でしょうか?
多少やんちゃをしても、つじつまを合わせることができるのが大人なのではないか?そんな風に考えました。
たとえば、めんどくさい提案書を翌日までに作らなければならなくなったとします。20代の頃は、ひとまず会社の机に向かい焦りを募らせながら徹夜してクオリティの低い提案書を作っていました。40代の今は、めんどくさくて気分が乗らない時は、(外食で飲める時なら)パーっと飲みにいって、その日はすぐ寝て朝4時に起きて家族が目覚める6時まで集中します。
サムライマックのCMで男性がスーツ姿でバイクに乗っているシーンを思い出して頂きたいです。バイクに乗った男性はどこに向かっているのでしょうか?仕事終わりにスーツで遊びに向かうシーンにも見えますが、もしかしたら、出張の宿泊先に向かったのかもしれません。気分転換して翌朝は何ごともなくスーツ姿で仕事をしているかもしれません。
このCMの「大人を楽しめ」とは、
つじつまを合わせることができる大人ならではのやんちゃを楽しもう!こんなご時世だし、どうせならば自分がやりたいことをしよう!(ある程度のルールは守りつつ)
そういうメッセージに感じました。
サムライマックはスイッチではないか?
私がサムライマックを平日に食べるときは、残業する前の気合を入れ直すための食事や、山場を越えたときのちょっとしたご褒美です。平日だけど炭水化物を食べちゃおう!と決めて、無心にハンバーガーにカブりついて味をたっぷり楽しんでから、気持ちを切り替えて仕事に集中します。食べた分は他でカロリーセーブしたり少し運動してつじつまを合わせるつもりです。
サントリーが昔、「金曜日はプレモルの日」というTVCMを放映していました。プロポジションは「プレモルは金曜日に飲んでください」ではないと思います。金曜日の仕事終わりのように仕事モードからリラックスに切り替えるためのスイッチであり、ご褒美がプレミアムモルツであることを刷り込んでいたのだと思います。
平日に男として向き合うサムライマックは気分を切り替えるスイッチではないか?日々戦う大人のスイッチとしてサムライマックを想起して食べてもらうことがこのCMの最大の目的ではないでしょうか?
たとえば、サムライマックを鎌倉に移住した仕事仲間の仕事前の朝一サーフィンのような存在にすることができれば、スイッチを入れたい時に想起してもらって食べてもらうことができます。
こうした考えを元に、まとめたクリエイティブブリーブは下記です。
いかがでしょうか?本当の答えは関係者しか分からないかもしれませんが、なぜ、このクリエイティブなのか?をここまで落とし込んで考えると、かなり思考が鍛えられます。
私はこのnoteを執筆するまでは、ここまで分解して考えていませんでしたがこのCMをはじめて見た瞬間に、自分はど真ん中のターゲットだと認識しました。映画で好きになった「20世紀少年」のBGMで、2013年2020年と日曜の夜が楽しみで仕方なかった半沢直樹の堺雅人さんが登場した瞬間に、このCMは私の心に入り込んできました。
なぜ、私に刺さるCM演出なのでしょうか?ここからは、データを基点に考えてみます。
ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル
「最後にいつ、〇〇しましたか?(ここでは食べたか?)」というアンケートから購買回数の分布を把握できる「ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル」という分析があります。USJを再生させた日本を代表するマーケターであり、現(株)刀の代表の森岡毅氏と今西聖貴氏の共著「確率思考の戦略論」で紹介されたものです。
「あなたは最後にいつ、飲食店の料理をデリバリーしましたか?」または「デリバリー以外で食べましたか?」というアンケートを取得し、書籍で紹介された数式を使って分析することで、カテゴリー(デリバリーとデリバリー以外)の購買行動の回数を推定し、需要を構造的に把握して戦略を仮説することができます。
デリバリー、またはデリバリー以外でマクドナルドを最後にいつ食べたかもアンケートすればブランドの購買回数も推定できます。
上記4つのアンケートをツイッター広告で13歳~49歳の男女に2021年のGW明けにアンケート調査して分析し、GWの10日間のカテゴリーの購買回数と、ブランド(マクドナルド)の購買回数のシェアを年代性別ごとに整理しました。
まずは、デリバリー以外(テイクアウト、店内、ドライブスルー)です。
カテゴリー(デリバリー以外)の購買回数の合計はおよそ2.2億回です。男女ともに年齢が上がるにつれて増加しています。40代男性が7,430万回で突出しています。
カテゴリーに対するブランド(マクドナルド)の購買回数のシェアは10代男性が66%、女性は42%もあった一方で40代男性は9.39%です。もっとも伸びしろがあると考えることができます。
「大人を楽しもう」というコピーが印象的なサムライマックのTVCMは、この需要を狙ったものだと思います。私(40代男性)にドンピシャに刺さるCM演出にも頷けます。
続いて、デリバリーです。
購買回数の合計はおよそ4,051万回です。シェアは10代男性が72%、10代女性が60%もあります。一方で20代女性は19%です。20代女性の購買回数は849万回と突出しています。女性は一人で外食しない方も多いと聞きます。その影響でしょうか?デリバリーは女性が伸びしろかもしれません。今後も伸びる需要だと思います。
マクドナルドのデリバリーのCMは、男性を奮い立たせるようなサムライマックとは違い、お笑い芸人ロバートを起用した、楽しげなトーンのものです。
このCMのプロポジションは何でしょうか?ぜひバックフローシンキングなさってみてください!
確率モデル×バックフローシンキング
ここで紹介した分析の詳しい内容は以下noteに詳しいです。マクドナルドとケンタッキーで比較して分析しました。
あなたは最後にいつ○○しましたか?の質問を競合のブランドで行うことで、競合比較で、カテゴリーに対する年代性別ごとのシェアを把握することができます。また、聞くタイミングによって、アンケート結果が変わることが多いため、分析結果も変わります。需要の変化も把握することが出来ます。
例えば、あなたは最後にいつチキンを食べましたか?ケンタッキーを食べましたか?この2種類でアンケートをするとして、12月頭に調査するのと1月頭に調査するのでは調査結果が大きく変わります。クリスマスに食べる人が多いからです。調査から遡った1ヶ月となる11月と12月のチキンとケンタッキーの需要をそれぞれ推定できます。同じタイミングでピザやピザチェーンの質問をすればチキンとケンタッキーと相対比較をすることも出来ます。
動的に市場の変化を捉え、競合比較で顧客の構造の変化まで捉えることができますので、どこに課題があるか?どこに注力するかを明確にして戦略を仮説することができる大変便利な分析です。
ここで紹介したバックフローシンキングで競合が力を入れている広告などを見て考察し、ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルの調査分析データも使うことで競合の顧客課題や狙いを鮮明に把握することができます。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。