マーケティング投資「全体最適」の教科書
マーケティング精鋭集団「刀」の森岡 毅 氏の著書から引用すると戦略とは、
資源は有限です。何かを選ぶには何かを捨てる必要があります。経済学者のマイケル・ポーターは、つまるところ戦略とは捨てることだと言っています。
このnoteでは、マーケティング資源の配分を決める(戦略)ために必要なエビデンスの作り方を共有します。
マーケティング投資判断の「型」を作る。
私は2019年に秤という法人を作り、投資判断の型を作ること、適切な効果検証を行うための知識(統計、数理モデルや因果推論の基礎など)を「秤」として組織に浸透させる活動をしています。
かつて広告会社で働いていた時にTVCMなどによって売上がいくら増えるか数理モデルで推定する方法を知ってから学び、得た知見を「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」という書籍にまとめました。(2018年)
2020年4月から
「統計モデルで効果検証」
「確率モデルで需要予測」
という講義を開催し分析法を共有しています。のべ約600人の方に受講頂きました。2022年から「マーケティング投資「全体最適」の教科書」という講義を開催します。
広告やPR、販促、UXデザインなど、マーケティング・コミュニケーション施策に投じる資源の配分を数字から合理的に決める方法を知ることができます。
日本の広告費はネットが1位で2019年にテレビを抜きました。たとえば年間10億円以上のマーケティング・コミュニケーション予算に投資する企業は、いまだにTVCMが予算の中心です。全年代を対象としたリーチ効率が圧倒的だからです。また、日本のTVCMのコスト基準はアメリカと比較して安く1/10程度だと聞きます。
当該ブランドの広告を見たか?というアスキング調査で、認知度5割以上のブランドで調査した場合、TVCMは3割から9割くらいの幅ですが、ネット広告では2割〜4割前後で、5割を超えるケースを未だに見たことがありません。ある段階でリーチが広がり辛くなり、獲得単価が高騰する状況に陥ります。TVCMと併用することで、全体での獲得効率が良くなったケースを数多く見てきました。
マーケティング投資全体最適を行うためには、直接効果を観測できるネット広告だけでなく、TVCMなどのマス広告や店舗連動アプリなどの投資効果を金額換算して、精度の高い推定と予測ができるモデルを構築し、投資を合理的に判断する型を確立する必要があります。
本noteでは、消費者調査での広告接触判定(記憶ベース)とブランド好意度・利用意向などのデータから、確率モデルと因果推論の分析で、売上貢献金額を定量化、競合と比較して把握する方法とTVCMによるネット広告のアシストをモデル化する方法を紹介します。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。
①TVCMで好意度が上がると売上はどれだけ増えるか?
TVCMを活用している企業の多くは態度変容リフトの検証をしていると思います。消費者調査によって例えば認知度(助成想起または非助成想起)、利用意向、または好意度が何パーセント増えたか注視しています。
しかし、それらの指標が1パーセント増えると自社の商品の購買回数がいくら増えるかを把握してトップやミドルの意思決定に活用できている方は少ない様です。
筆者がTwitterでマーケケティングに興味がありそうな方に向けたターゲティングで広告配信したアンケートでは86.2%の方がそうした方法を知らない、知っているが使えていない方と合わせると93.3%でした。
この問いに対して、知らなかった方は是非これからご紹介する方法を参考にして頂ければと思います。知っている方も、私がこれから紹介する方法もぜひご覧ください。
消費者行動の確率モデルを用いて態度変容の変化がどれだけの経済価値になるか推定します。
今回は、飲食をテーマとし、ファストフード、ファミレス、回転寿司など7ブランドの業態で調査した例で紹介します。2021年10月末にセルフ型アンケートツールFreeasyのモニターのうち全国の20代から60代男女2万人に調査しました。
特定のブランドを中傷する(施策の効果が相対的にみて悪いなど)意図はないため、その配慮からここではブランド名を伏せさせています。ストアカの講義ではブランド名を開示して詳しい分析結果とローデータを共有します。
「刀」の森岡毅氏、今西聖貴氏の「確率思考の戦略論」で紹介されたNBDモデルという確率モデルの数式を用いて、
「あなたは最後にいつ○○しましたか?」
と聞いた結果から分析し、○○のアクション(購入した。利用した。使った。食べたなどKPIとなるもの)をした方の人数と回数を推定します。
今回の調査では、7つのブランドA・B・C・D・E・F・Gそれぞれ最後にいつ(店内で/テイクアウトまたはドライブスルーで/デリバリーで)それぞれの飲食チェーンで食べましたか?と聞きました
ブランドAであなたは最後にいつデリバリーで食べましたか?と聞いた結果がこちらです。
確率思考の戦略論で紹介されていたNBDモデルの公式は以下です。
この式は、左辺の回数別市場浸透率(Pr)を求める公式です。
右辺の公式にあるMとKという2つの係数が決まれば、調査日からさかのぼった任意の期間(ここではA8セルで指定した31日間で、このブランドをデリバリーで食べた回数が0回、1回、2回、3回・・・の人がそれぞれ何%か割りだすことができます。合計アクション数を人数で割った値がMです。割り算で分かるシンプルなものです。Kは分布の形を決める係数ですが、簡単には計算できず、誤差を最小化する値をMと同時にExcelの最適化計算ツールのソルバーで探索します。
書籍では、最後にアクションを行ったのが○日から○日の人が何パーセントか?期間別市場浸透率(Pn)を求める公式も紹介されていました。その式を入力したExcelでD列上部(黄色いセル)のPnの予測値とE列上部のPnの実績値の誤差を最小化するMとKをExcelソルバーで計算します。
Mは0.08です。母集団の人数1.26億人にMをかけ合わせれば、合計アクション数(緑色のE30セルの1,018万回)となります。1か月で1回アクションをした人が何人か分かります。(ピンク色のD30セルの529万人)
対象となる母集団を、20代男性、20代女性など分けて分析することで、年代性別ごとの購買人数と回数を把握し、競合と比較してどのターゲットセグメントが強いか弱いかなど、顧客を構造的に把握し課題を発見することができます。
好意度の増加から売上貢献を算出するには?
ここでの目的は、ブランドの好意を持つ人が増えるとどれだけ売上が増えるかを定量化することです。NBDモデルの分析を応用し、好意度が高い人1人あたり一定期間(ここでは1ヶ月)の購買回数の期待値と、そうでない人の購買回数の期待値の差分から、購買回数の増加数を推定します。
まず、ブランドの好意度5段階(とても好き/まあまあ好き/どちらとも言えない/あまり好きではない/全く好きではない)で調査した内容から、
LIKE1
とても好き
LIKE2以上
それ以外
2つセグメントに分け、性別年代ごとにMとKを求め、それぞれ購買回数を推定します。先ほどのブランドで20代女性でLIKE1とLIKE2以上で分けて分析した結果がこちらです。
LIKE1のMは0.09。LIKE2以上のMは0.046です。この差分から効果を推定します。
Mは一定期間(ここでは1カ月)の合計アクション回数を人数で割った値でした。
たとえばMが「3」の場合、母集団の人数が100万人の場合は、1ヶ月あたり「3」倍の300万回のアクションが期待できます。すなわちMの値は、母集団の人数一人あたりのアクション数の期待値と考えることができます。
仮に1,000万人の市場があり、20%の200万人がLIKE1で1ヶ月のMが3だとします。残りの800万人がLIKE2以上でMは1だとします。その場合、その市場の1ヵ月のアクション数の期待値は1,400万回です。(LIKE1の200万人×3回と、LIKE2 以上の800万人×1回の合計値)
TVCMを投下すると50%(500万人)にリーチでき、リーチしたLIKE2以上のかた400万人の10%がTVCMの影響でLIKE1に変化するとします。(400万人の10%の40万人)
LIKE1の1人あたりの1か月のアクション数の期待値は、3回でした。LIKE2以上は1回でしたので、差分は2回です。TVCMでLIKE1を40万人増やすことで、期待値の差分2回を掛け合わせた80万回のアクション数増加が期待できます。
ブランドAのTVCMによって増えたデリバリーの購買回数を分析しました。
調査結果から性別年代ごとにTVCMにリーチした(直近1年の CM記憶)人数を割り出します。
LIKE1の方が何%含まれているか?TVCMにリーチした人とリーチしていない人の平均値の差分から求めた「増加分」の%から、「増加人数」を求めて「M(増分)」を掛け合わせることで、性別年代ごとの「回数(増分)」を推定します。(Mの増分はCMを見た人のLIKE1とLIKE2以上の差分)
ブランドAのTVCMによって増えたLIKE1の方の39.8万回の購買回数増加(デリバリー分1ヵ月)が期待できます。
このあと紹介する「傾向スコア」分析によって、導いたブランドA~Gそれぞれの年代ごとのTVCMを記憶していた集団の好意度の増加をまとめました。ブランドAは20~60代全年代に安定してLIKE1が増加しています。
デリバリーと、店内での飲食、テイクアウトまたはドライブスルー(記載はテイクアウト)の3カテゴリーで分析し、7ブランドまとめたものが下記です。
TVCMによる貢献回数(1か月)がもっとも多いのはブランドBで月間478万回です。ストアカの講義ではブランドを開示して詳しく考察します。
購買単価を仮に500円として計算した場合、貢献回数が最多のブランドBで月間23.9億円。最も少なかったブランドFでも2.5億円の経済貢献です。
一般的にはNBDモデルは月次で行って月ごとの需要を把握または予測するために使います。確率思考の戦略論では、森岡氏がUSJに着任されてハロウィンの時期に注力する戦略を決めたり、競合TDLの客数の推定にも用いられていたと紹介されています。
ここでは効果推定(または予測)に使う方法を紹介しました。今回は弊社の自主調査で選んだ7ブランドの分析なので、実際の広告費や購買回数はわかりませんが、プロジェクトでは、計算時に補正をかけ、自社が把握できる実数を手がかりに実態に即したモデルを作ります。
「最後にいつ〇〇しましたか?」と聞けば、顧客の構造を把握して需要を予測することができ、さらにどれだけのアクション(購買など)が期待できるかを定量化もできます。これを聞かない手はありません。
②TVCMの因果効果を知るために配慮すべきことは?
「交絡」を意識できていないマーケターは要注意
さきほど紹介した分析では、消費者調査から推定する態度変容の変化が確かなものか、さまざまな工夫をしていました。効果検証の際のバイアスとなる「交絡」を意識した調整をしていました。
先ほどのTwitter調査と同じ時期に行ったマーケター向けの調査では交絡を検証の際に考慮している方は、わずか4.8%でした。
「交絡」とは、原因と結果、双方に影響を与える第3の要因のことです。これが態度変容調査による判断の大きなバイアスとなります。これを知らないと誤まった意思決定を行うリスクが高くなります。
たとえば、われわれが「健康診断に行くこと」で、健康になるか効果を推定しようとします。
調べてみると、健康診断の受診率は6~7割程度でした。健康診断に毎年言っている人と、行っていない人に、各種の健康指標を比較したらどうなるでしょうか?
これは、明らかに健康診断に行っている人のほうが良い数値が出るはずです。
この2つの集団を比較した健康数値の差分が「健康診断に行くこと」の効果かというと、それは違います。
健康意識が高い人が、健康診断(原因)を受ける傾向にあり、「健康意識」が高い人が、健康指標の数値が良い(結果)、双方に強く影響するからです。
2つの集団の健康診断に行った人と行かなかった人の数値の差分は、主に、健康意識の違いから生まれた健康指標の数値の差分となります。
ここでの健康意識のように、原因と結果、双方に影響がある第3の要因を「交絡」といいます。専門用語では交絡因子や交絡変数、共変量などと呼ばれます。(学術分野や分析に使われる場面によって呼び方が変わります)
たとえば、マーケティングでダイレクトメールの効果検証をする際に、ダイレクトメールを送った集団と送らなかった集団を比較した売上の差分はダイレクトメールの効果でしょうか?
これも違います。そもそも、ダイレクトメールの発送にはコストがかかるので、属性データなどから「買いやすい」人に送っている場合がほとんどです。そのまま単純比較した差分を効果として判断できません。
TVCMの効果検証の場合に意識すべき交絡には何があるでしょうか?
たとえばTVの視聴時間が交絡となる場合があります。ブランドAの調査結果から、TVを1日3時間以上と以下見る方に分けて、好意度5段階でクロス集計しました。TVを3時間以上見る人のほうが「すごく好き」の割合が高くなっています。特に20~30代男性の差が顕著です。
こうした場合、TVをよく見る人のほうが、TVCMを良く見る、ブランドAを好きな方が多い、双方に影響する交絡となります。
交絡(TV視聴時間)の影響を考慮せず、TVCMを見た人と見ていない人の好意度を比べてしまうと、TVをよく見る人のほうが、 CMを見やすく、好意度が高い傾向がバイアスとなり、好意度の増加効果を過大推定することになります。
こうした時にはまずはグループを分けて分析する(専門用語で「層別分析」が手軽です。TV視聴1日3時間を境にして2つのグループに分けて、ブランドAの好意度LIKE1の割合を、CM記憶の有り無しで層別に分析した結果が下記です。
1日3時間未満の集団のほうが、3時間以上の集団と比べて、CM記憶なしの方の好意度が総じて各年代で低くなっていますが、CM記憶ありの方の好意度とはさほど差がないため、CM記憶ありなしの差分が大きくなっています。
利用意向5段階(利用したい/やや利用したい/どちらともいえない/あまり利用したくない/利用したくない)のうち、利用したいと回答された割合の差分を層別に分析した結果は下記です。
利用意向の方が、特にTVをよく見る人(3時間以上)とそうではない人の差が顕著です。この傾向はブランドAに限らず他の6ブランドでも同様です。
交絡はTVの視聴時間ひとつではない場合がほとんどです。例えば、子供の有無によってTV視聴時間が大きく違うので、CMにあたる確率が低い。年収や職業によってブランドAの利用率や好意度が高いなど、属性による傾向の違いが交絡となっていることも多いです。層別分析は、交絡が増えれば増えるほど層を細かく分けていけば対応できますが、サンプルが膨大に必要になってしまいます。
そこで役立つ方法が傾向スコアです。これは複数考えられる交絡(この場面では「共変量」といいます)を説明変数として、効果を推定したい原因にあてはまるか?あてはまらないか?ここではブランドAのTVCMを見た見ない、これを目的変数として、それぞれの標本に対して、介入群(ブランドAのCMを見た方)となる確率を算出します。
今回は20代から60代男女2万人調査なので、10歳刻みの各性別あたりの標本サイズは2,000人です。私が使っているセルフリサーチFreeasyの基本属性(職業、年収、結婚や子供の有無、持ち家など住まいの種類)データとTVの視聴時間を交絡として、それぞれのサンプル(人)が介入群になる確率を付与します。
これが傾向スコアです。それを用いた分析法もいくつかありますが、ここでは基本となるマッチング法を用いました。
マッチング法では介入群と対照群のサンプルを傾向スコアが近いもの同士をペアにしていきます。一部のサンプルは使わなくなり、分析に使うサンプルサイズは減りますが比較対象となる介入群と対照群の傾向スコアをバランスさせることで、交絡の影響を調整できます。
ブランドAの分析例で記載していた、TVCMの介入群と対照群の好意度の差分は傾向スコアマッチングで求めていました。
傾向スコアを使わずに、介入群と対照群の好意度を単純比較した値と、その値から、傾向スコアマッチングで求めた値の差分の表を見て頂くと、単純比較のほうが、差分がプラスになっている箇所が多いことがわかります。
傾向スコアなど、交絡を調整する分析をしないと、TVをよく見る人がCMに当たりやすく、飲食チェーンの利用意向や好意度が高いことなどから、TVCMの効果を過大に推定してしまうことになります。ここでは、TVを見る時間を調査した内容とFreeasyモニターの基本属性を加えて傾向スコアを求め、属性の違いによる影響もバランスさせることでそれを回避しました。
傾向スコア分析ができるオススメソフト
傾向スコアを求めるには一般的にはロジスティック回帰分析を使います。傾向スコアマッチングと合わせて分析できるExcelアドイン型のソフトがエクセル統計です。
同ソフトはマーケティング調査分析で使える分析が網羅されており、拙書でも、監修を同ソフトを提供されている社会情報サービス社の方にお願いし、私が用意した分析演習を無料版で行える様に協力頂いたものです。
拙書の発売は2018年末でしたが、翌年の夏から、傾向スコアマッチングが実装されました。それまでは他のソフトで行っていましたが、ExcelだとVBAなどを駆使して作業効率を上げる方法を模索できるため、エクセル統計で行える様になってから分析の作業スピードが格段に上がっています。
利用意向と好意度、どちらが重要か?
TVCMを投下するような事業規模、特に関与度や購買頻度な高い商品やサービスを扱っている方には、利用意向よりも好意度を重視することをオススメしています。以下はブランドAの女性の好意度を利用意向をクロス集計したものです。
横比は、好意度のそれぞれの回答者数を分母とした、利用意向5段階の割合で、縦非は利用意向が分母です。
横比から、好意度がすごく好きの93%が利用意向がある(利用したいと回答)ですが、縦比で利用意向がある方がすごく好きと回答した割合は63%です。6ブランドに限らず、この関係は多くのブランドに共通します。
全国規模の飲食チェーンなど、関与度が高い業種においては、ブランド好意度を高めておくことを重視し、そうすれば必要なときに利用してくれる、こう考えてモデル化しています。
次は、WEB広告のアシストでTVCMを検討または実施している企業にぜひおススメしたい、シンプルなノウハウです。
③TVCMはネット広告の効果を上げるのか?
過去の経験から申し上げると上がります。
TVCMはネット広告の効果を押し上げますが、それを定量化してROIを導き活用するかしないかを決めることが重要です。願わくば、TVCMによる認知や好意度の向上をしながらネット広告で新規顧客を獲得してブランドや事業を成長させていきたいところです。
私は回帰分析を時系列データに適用して効果検証を行う方法を書籍で体系化しましたが、多重共線性、定常性、不均一分散、外れ値による推定バイアスなど、様々な制約があります。(拙書で解説しています。)制約をクリアする方法として状態空間モデルなど、より高度な手法もマーケティング効果検証のアプローチとして適用されてきました。
拙書で体系化した手法にはアドストック(残存効果)などを考慮できるモデルを採用しています。TVCMでは、特に残存効果が見られるケースが多いです。
しかし、状態空間モデルでも回帰分析でも時系列データ解析では長期の効果を把握するには限界があります。それは、CM放映時のサイト訪問数やCVをCMクリエイティブや放映番組毎に測定するツールでも同様です。
私は掃除機のダイソンが好きでいつか買いたいと思っています。前回の買い替えは収納スペースなどを考慮して、欲しかったダイソンを諦めて他のメーカーのコンパクトタイプを買いました。でも、次のチャンスこそは買いたいと思っています。最近はあまり見ませんが、圧倒的な機能をクールに伝えていたTVCMが未だに記憶に残っています。いつか買いたいという思わせたあのTVCMの効果が今も持続しています。ダイソンを今は買う気がなくても、ずっと好き。そんな感覚でしょうか?
少し極端な例ですが、こうした長期的な影響も踏まえて、TVCMの効果の説明のために違うアプローチを追加しています。
特に、インターネットで商品やサービスを販売する企業はTVCMによってインターネット広告のCVを獲得する効率を上げるアシスト効果の把握が大変重要です。
今回調査した7ブランドの、TVCMとネット広告の年代性別ごとのリーチのクロス集計が下記です。ブランドBのケースはまれで、20代女性が4割を超えていますが、TVCMとネット広告を併用している様な認知度が高い企業でもネット広告のリーチは3割以下が一般的です。
ここで申し上げたいのは、
ネット広告をアシストする効果に期待してTVCMを活用を検討または実施している企業は、TVCMによるザイアンス効果を意識し、
TVCMは広く散布することができる「撒き餌(釣り用語)」だと考えて活用しましょう!ということです。
お客様をお魚に例えてしまってすいませんが、マーケターが狙う市場が以下の正方形でお客様がお魚だとします。
TVCMは、全国規模の投下を行えば、ネットでは補足できない広範囲(5割~9割)にリーチができる、現段階唯一の手法です。これによって、マーケティングの場合は、一部「直接的な効果」もありますが、ほとんどは、以下のように一部の魚を活性化させる(認知する、好意度が上がるなど)ものです。
この状態を作って、マーケターが釣り糸を垂らします。これがネット広告ですが、ネット広告ではどう頑張っても、TVCMのような広範範囲にリーチはできません。
しかし、活性化した赤い魚の食いつきが良いので、釣り糸を垂らして釣れば釣るほど撒き餌の投資を回収できます。
これは、今までTVCMとネット集客の関係で様々な変数をガリガリと多変量解析したり模索してきた私が行きついたシンプルで価値が高い方法です。私としては目からウロコの大発見でした。
女性20〜60代を対象とした市場でネット広告で新規のお客様を獲得する試算を例として説明します。これは対象をせばめて地方のTVCMテストでも使えますが、分かりやすく全国規模で紹介します。
以下「TVCM無し10億円」プラン、「TVCM追加14億円」プランです。
Excelでできる!アシスト効果把握モデル
TVCMなしプラン(WEB広告のみ10億円)の右下の獲得人数は8.6万人で、WEB広告だけのCPA(コストパーアクション)1.1万円です。4億円投下したTVCMありプランの右下の獲得人数は12.1万人ですが、CMなしプランと同じCPA1.1万円です。
WebマーケティングにTVCMをプラスして有効に活用できている企業はこういう状態になっています。
水色のCVR(コンバージョンレート)に注目ください。
これは直接は観測できませんが、当該ブランドを「すごく好き(LIKE1)」とそれ以外「LIKE2以上」による違いが発生していると考えているのがこのモデルの根幹です。
TVCMを投下することで、オレンジ色の26.25%、LIKE1が増えています。これは調査によって観測ができます。それによって、TVCM投下以前は、LIKE1の含有率が20%でしたが、TVCM投下プランの場合はLIKE1の含有率が41%まで増えています。これにより安く獲得できる(CPA6,000円)人数が増えています。
TVCMは、主に撒き餌をまくだけの間接効果ですが、その分、最適な刈り取りを行うWEB広告の最適な投資によって回収ができるものです。
また、赤いセルで、4億円のTVCMで「直接的に」増えたと考えられる獲得数が1.3万件で、CPAは2.9万円となっています。
これを推定するには、時系列データ解析や、冒頭ボトムレベルで説明したTVCM運用型ツールのアルゴリズムなど様々な方法がありますが、この分の「直接CPA」だけでを評価してTVCMは投資に見合わない、だからやめようとなってしまうのは非常にもったいないです。直接効果だけではく、「撒き餌」効果をシンプルなモデルで把握しましょう。
好意度を何%上げればよいか?TVCMの直接CPAがいくらの見込みか?といった指標の組み合わせで、シミュレーションと検証ができます。
間接効果と直接効果を合算してTVCMの投資判断ができます。Excelのソルバーで試算をしたうえで、実際の結果と見比べて精度の高い推定または予測モデルを磨いていくプロセスです。これが、WebマーケティングをスケールさせるためのTVCM投資を粉う企業がマーケティング戦略を決める(投資配分を決める)「型」となるはずです。
④アプリの効果検証(カスタマーエクスペリエンスデザインによる経済価値を計る方法)とは?
アプリやWEBサイトなどのサービス利用についての効果検証例も紹介します。
以前、CXD(カスタマーエクスペリエンスデザイン)をテーマにしたセミナーで、アプリの効果について、アプリ利用者と非利用者の利用回数や金額(1年)が2〜3倍程度違うことを効果として言及されていたこと聞いたことがあります。
ここまでお読みいた頂いたみなさんは、間違えだとお分かりいただけるかと思います。ロイヤルティが高い人ほどアプリを使う傾向にあります。アプリを使っている人と使っていない人の違いは、アプリの使用有無だけで他は同条件であることが比較対象としての理想形ですがそうなりません。アプリを使っていない人には、そのブランドを知らない人もいます。少なくともアプリを使用している人にそのブランドを知らない人はいないでしょう。交絡まみれです。
ロイヤルティの指標のひとつとして好意度のLIKE1と LIKE2以上で、「利用したい」と答えた割合を比較したブランドAの分析結果が下記となります。
※以降、「利用したい」の回答率=利用意向として説明していきます。
好意度が高い人はアプリの利用非利用に関わらず利用意向が9割ですが、好意度が低い人はアプリの利用非利用で11%から31%の利用意向の差分となっています。
アプリの利用者の利用意向や購買回数の交絡として好意度があることを踏まえ、LIKE1とLIKE2以上に分けて、NBDモデルを使い、アプリ利用者と非利用者の1ヶ月の平均購買回数の差分からアプリによる購買回数の増加を推定しました。
ブランドAの店内の購買回数の分析結果です。
LIKE1とLIKE2以上で年代性別ごとに、1ヶ月に一度以上デリバリーを利用し、かつ現在もアプリを使っている方の人数を計算し、購買平均回数の増分を掛け合わせています。
これを7ブランドで店内、デリバリー、テイクアウトの3カテゴリーで集計しました。
アプリによる月間の(購買)寄与回数は、1番少ないブランドFでも260万回。単価500円計算で13億円です。飲食チェーンにおけるアプリは店舗オペレーションと連動させた大規模なCXD(カスタマーエクスペリエンスデザイン)です。それに見合う効果を実感しました。ブランドBの寄与回数は突出しています。
いかがでしたでしょうか?
ここまで紹介した方法で、私が使っている道具はExcel、ソルバー、VBA、エクセル統計などExcelアドインの分析ソフトとFreeasyのリサーチと集計機能だけです。因果推論や確率モデルの活用方法を知り、戦略を決める(資源配分を決める)ための基礎知識を知る講義が「マーケティング投資「全体最適」の教科書」です。7ブランドの実際の結果を考察しながら講義で解説します。
【更新情報2023年12月18日】
クッキー規制で目減りする効果計測の課題を解決法をnoteにしました。無料で使えるMETA社の高機能なMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)ツール「Robyn」を徹底解説する2時間強のYouTube講義を公開しました。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。