読まない読書
本というのはとてもコストパフォーマンスの高いメディアである。哲学からエンターテインメントまで、アートからサイエンスまで、人類が紡いできた叡智や文化に、誰でも簡単にアクセスができるのだ。しかしながら、人生で本を読むことに費やせる時間は限られている。「いつ本を読んでいるのか?」と聞かれることもあるが、別に壁一面の本に囲まれた読書家というわけではないし、正直に告白すれば、ちゃんと最後まで読んでいる本は稀である。でもそれはそれでよいと思っているのだ。今回は、そんな読書法について紹介してみたい。
本買い放題システム
Learning Organization(学び続ける組織)をバリューの一つに掲げるTakramでは、学びを促す仕組みづくりを日々試行錯誤しているが、その中に独自のBook Purchaseシステムがある。業務に関連する本であれば、メンバーは紙の本でもKindleでも購入することができる、事実上本買い放題の制度だ。条件は、専用フォームに「自分の仕事になぜこの本が必要か」を記入すること。記入した内容は社内slackのbookチャンネルに自動投稿され、誰が、いつ、何を、なぜ買ったかが一覧できる仕組みである。他の人が買った本に影響を受けて自分も買うのもよいし、以前取り上げた『ニュー・ダーク・エイジ』のように、誰か他に読んでいないかと過去のbookチャンネルを検索して、同じ本を買っている人を発見してTakramcastを収録する、といったことも起こる。
しかし一方で、こんな風に気になる本を気軽に買っていると当然「積読」も増える。(ちなみにWikipediaによれば「積ん読」という言葉は明治時代からあるらしい。明治の人たちも同じような後ろめたさを感じていたのだろうか、なんだか親近感が湧く話である。)そんな時におすすめしたい心構えは、まず最後まで読みきろうと思わないことだ。
気づきがあったら一度本棚に戻す
小説などは別として、基本的に読み始めるのはどこからでもよいだろう。まずは目次を眺めるでも、最初のページからでも、目を瞑ってページを開くでも、訳書であれば訳者解説なんかもいいかも知れない。大事なのは、読み進めていくうちに何かしらの気づき(「面白い!」「なるほど!」「へぇー」「うむむ」、なんでもよい)があったら、一旦そのあたりで本を棚に戻してもよいということだ。『情報環世界』でも、“わかる”と“つくる”、インプットとアウトプットの連動の大事さについて書いているが、何か新しい気づきをインプットしたら、それを自分の言葉で人に伝えたり、仕事に活かしたり、何かしら自分のアウトプットに繋げることではじめてその新しいものの見方が自分のものになるのだ。本の著者は、その先にさらなる論の展開を用意しているかもしれないが、こちらはまだその手前の気づきを今得たばかりなのである。一気に読み過ぎるのは、著者の長い思考の過程を超高速トレースするようなもので、読んでいるうちは面白いが、読み終わってみると気づきがオーバーフローしてそれこそ感想が「面白かった」で終わってしまいかねない。自分にとっての大事な気づきがあったら、焦らずそれが血肉になるのを待ってからその先に進むのも悪くないと思うのだ。
結論ではなく具体に線を引く
もう一つ、本を読む上で大事にしているのは、結論ではなく、著者が結論に至ったプロセス、特に具体的なエピソードや例え話、メタファーやアナロジーに目を向けることだ。以前取り上げたユクスキュルの『生物から見た世界』で言えば、結論は「生物はそれぞれ異なる世界の見方をしている」ということになるが、それだけでは誰かにその面白さを伝えることは難しい。視覚・聴覚がなく、嗅覚・触覚・温度感覚だけで世界を捉えるマダニの話があって初めてそれが言わんとしていることの面白さ、奥深さが伝わるのである。本を読んでいると、面白い具体例があり、なるほどと思いつつ、その前後にくる結論の方にマーカーで線を引いてしまいがちだが、ぜひ結論ではなく具体例の方に線を引いてみることをオススメしたい。
ちなみに、「人間は考える葦である」で有名な17世紀の思想家パスカルは、相当な皮肉屋であったようで、こんな話を残している。
ウサギ狩りに行くひとがいたらこうしてみなさい。「ウサギ狩りに行くのかい? それなら、これやるよ」。そう言って、ウサギを手渡すのだ。さて、どうなるだろうか?その人はイヤな顔をするに違いない。なぜウサギ狩りに行こうとする人は、お目当てのウサギを手に入れたというのに、イヤな顔をするのだろうか?(國分功一郎『暇と退屈の倫理学』より)
結論だけが簡潔にまとめられた要約を読むのも悪くはないが、本を読むことをウサギ狩りに例えるなら、それは狩りに行く前にいきなりウサギを手渡されているようなものである。
読んでいない本について堂々と語る
ピエール・バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る方法』という本がある。この本自体をまだ読んでいないのだが、まずタイトルだけで「えっ、それありなんだ!」という気づきがある。きっと本は読むことがすべてではないということが書かれていることだろう。一方、代官山蔦屋書店では若林恵さんによる「五〇〇書店」なるポップアップブックストアが展開されていた。テーマは「これから読む500冊」。ちなみに、若林さんとドミニク・チェンさんは、読みたいけれどまだ読んでいない本への期待感や思いを語る「未ブリオバトル」なるイベントまで行われている。面白い企画だ。
その本が書かれた背景や今そこに売られている意味、自分が気になって手に取った理由や書かれている内容への期待––。それらに思いを馳せることも、すでに十分「読書」なのだと思う。