一軒一軒、未来への変革:長崎坂宿が拓く地域再開発
はじめまして(そうでない方も)、一級建築士の小笠原ともうします。
現在は福岡で建築を中心にしたプロジェクト全体の企画やディレクションを行なう小笠原企画の代表をしています。福岡へは5年ほど前に上海より移住してきました。上海では大型の商業施設の開発や古い工場をオフィスへコンバージョンをする創意園と呼ばれる建物群の設計や開発をしていました。
この投稿では2018年から取り組んでいる自主事業である「長崎坂宿」の取り組みについて紹介できればと思っています。
晴天の霹靂~2020年3月
「なにやってもあかん。全然、予約はいらへん」
パソコンの管理画面をみながら頭を抱えた。
2020年3月、世界的な大流行によるコロナウィルスの影響で予約は全てなくなった。
このままでは資金が底をつくことは目に見えている。
やれることは、そんなに多くない。
金融機関への融資の申し込み、それと補助金くらいだ。
補助金の申請のために地元の商工会議所に電話をした。
一通りの事業計画書を持って面談にいく。
結果、強烈なダメだしをくらい帰りの地下鉄の車内で言われた言葉を思い返していた。
「あなたの強みは?」
「そんなものは強みとは言いません」
「みんなやっています」
「お客さんがわざわざあなたのところを選ぶ理由は?」
「あなたが本当にしたいことは?」
何がしたい?~結局のところ自分は何がしたいのだろう?
アメリカの経済学者アルヴィン・ロスは、腎臓移植を待つ子供の命を一つのアイデアによって救った。
腎臓移植が必要な子どもたちの親は、我が子のために自分の臓器を提供したい。しかし残念ながら我が子とはいえ適合しない場合は、長い臓器提供の順番の列に並ぶ必要がある。
臓器提供の場合、圧倒的に供給量が少ない。
そこで彼は腎臓交換ネットワークというものをはじめた。このネットワークに参加すると管理者が適合する臓器をもつ登録者を探してくれる。みつかれば、登録者の腎臓を移植して子供の命は助かる。一方助かった子の親は、他の登録者の子供に自分の臓器を提供する側に廻る。こうして不適合のためにどうすることもできなかった子供の命が救われ、臓器供給量の安定化をはかるという仕組みだ。
また、ある日本の農学者は砂漠化に対して赤ちゃん用の紙おむつに使用されていた高吸水性高分子を植林時に砂に混ぜ込むことによって砂漠を緑の森へ復活させた。
ブラジルにクリチバという街がある。無秩序な開発と人口増加、スラム化など様々な問題を解決したのはジャイメ・レルネルという一人の青年のアイデアだった。彼はまず、市内1番の目抜き通りを車禁止とし歩行者天国とした。車中心の都市計画から人間中心の都市計画へと変化させるという強いメッセージでもあった。そして、市内中心部から放射状に開発することを抑制し、設定された環状道路沿いのゾーニングを整備した。
環状道路上には交通システムとして、専用バスレーンと大輸送を可能とする連結バスとチューブ状のバス乗り場を設けた。これにより地下鉄整備の10分の1以下の費用で先進的な交通システムが誕生した。
うまく言えないが、こんなことをしたいと思っている。
上海から福岡へ~Airbnbとの出会いとインバウンド狂想曲
2016年、当時働いていた上海から帰国し福岡で設計事務所を開いた。事務所兼自宅で借りた2LDKのアパートの一室を旅行者に使ってもらおうと当時流行の兆しを見せ始めていたAirbnbに登録した。
登録するやすぐに予約が入り世界中のゲストが私の部屋に泊まりに来た。自分の部屋の空き部屋がインターネットを使って世界中の旅行者に提供される仕組みに関心した。
自分で良いと思って作った空間が、世界中の旅行者に選ばれ利用される。設計者として初めての感覚だった。
やっぱり俺は間違ってなかった。
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これまで設計者として数々のプロジェクトに携わってきた。デザインやアイデアをジャッジするのはクライアントであり、クライアントの力量によってはプロジェクトの質や成功は左右される。当たり前のことだ。当たり前のことだが上海で過ごした5年間で徹底的に無理解なクライアントとの付き合いが自分を疲弊させた。建築家、デザイナーといえば聞こえはいいが所詮は替えがきく下請けなのだ。
所詮、設計者というのは傍観者なのだ。本当に自分の思ったような空間を作るためには設計者は当事者にならなければならない。小さくとも開発の主体にならなければ自分の思い描く空間を実現するなんてことはいつまでたってもできない。
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実際に自分の部屋に泊まりに来た世界中のゲストも個性的な人達だった。
例えば、
民俗学の研究のために九州の離島に滞在していて本国から遊びにきた恋人と過ごすため福岡で一週間滞在すると言っていたイギリス人の女性。
北京の大手IT企業で人工知能の研究をしているという女性。
日本のラーメン屋を取材するというフランスのテレビクルー。
日本の酒を販売したいと福岡に移住してきたニューヨーカー。
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それから数年が経ち、当時感じた興奮が薄れていく中、資本力のある企業もどんどん新規参入し、あるものは本格的に宿泊業をはじめ、あるものは激化した競争に敗れリタイアした。
Airbnbの利用者の裾野は広がり部屋が広く、スマホで予約から決済まで完結し宿泊料も相対的に安いという特徴が知られると利用者も徐々に増えた。
そして折からのインバウンドブームと2018年の法改正をきっかけに資本力のある企業が参入し、競争は激化した。利用者の裾野も広がり需要も順調に伸びるが旺盛なホテル開発による供給は需要を完全に追い越し、韓国との政治的摩擦による韓国人旅行者の減少、そしてコロナウィルスによる世界的パンデミックが飽和気味だった宿泊業界にトドメを刺した。
「本当にしたかったこと」ができるかも~福岡から長崎へ
競争が激化する一方の都市部での消耗戦を避け、地方都市での展開を模索していたのが2017年末。地方都市で増えている空き家の利用方法の一つとして、宿泊施設へとプログラムを変更するというのは理にかなっていると思ったし、外国人旅行者がどんなことに喜ぶのかも肌感覚として理解できている自信があった。
福岡市内のAirbnbのリスティングを全て閉めて、長崎市内の山の中腹にある一軒のボロボロの空き家をネットで見つけ、自力で改修し、宿泊施設としてオープンしたのが2018年。
車も入れない、電停の駅から徒歩で10分とはいえ、80mの高低差がある、眺望以外には立地としては非常に不利な築60年の木造民家は、物珍しかったのかチャレンジ精神旺盛な欧米人を中心に支持された。
そして一軒目に比べると立地的には随分と良くなったものの、それでも、充分ホテルとしては不利な場所にたつ木造長屋の一室を改修した「長崎坂宿”GUEST”」を開いたのが2019年。
長崎は港町で三方を山に囲まれ平地は極端に狭く、山を削って畑になっていた。戦後の人口増加と経済成長にあわせて、人は平野部から溢れ、山の中の段々畑に住宅を建てていった。あぜ道をそのまま道にしたため道幅は狭く車が通らず大きな社会問題となっている。アクセスの悪さで住宅の建て替えは進まず、住民は高齢化し空き家が増えている。
地形的な制約によるアクセスの悪さ、住民の高齢化、建物の老朽化による空き家の増加によるコミュニティの崩壊。この問題を自分のアイデアで解決できたら面白そう。
住宅としては既に役割を終えている。高齢者には坂の上という立地が厳しい。
若者や学生向けにシェアハウスはどうだろう?
眺望がいいからカフェやバー、レストランってのはどう?
アイデアはいくつも出てくるが、なかなかどれも難しそうなことは容易に想像がつく。
やはり最初はホテルだ。なんてことはない民家を美しく改修し、眺望の良いホテルがあれば、これまでに出会った海外の彼らなら物珍しさと想いに共感してくれて利用してくれるんじゃないか?
さらに周りには似たような空き家が沢山ある。
上手くいくなら、客室を増やしていく。利用者が増えれば飲食店や物販店も開くことができる。空き家が崩れて空き地になっている場所は農園にしても良い。そこでとれた野菜を収穫して宿泊客に食べてもらったり、加工して販売したり。
客室が増えれば、スタッフが必要になる。スタッフのための家も必要になる。スタッフが増えれば、食事や日用品を買う場所だって必要になる。
空き家はある。
物販店ができたらそこで販売するものが必要だ。海外の感度の高い人向けに地元の伝統工芸と掛け合わせたデザイン性の高いものなんか喜ばれるんじゃないかな。
作家に客室の一部屋を提供するので、販売までしてもらう。宿泊料は販売代金の一部を貰う。
シェフがしばらく滞在して、農園でとれたものを使って料理して期間限定でレストランを開いたり。バケーションと言うより日常の延長線上のような空間を提供できれば面白い。
リゾート地ではなく、ある程度インフラの整った地方都市だからこそできるんじゃないか。
そこまでできたら、それこそが
「自分が本当にしたかったこと」
になる。
試練を乗り越えて~私の現在地
2023年の夏、インバウンドは復活した
2020年3月に頭を抱えてから丸3年、なんとか耐えた。
2019年から一連の開発を長崎坂宿と名前をつけ、長崎の斜面地空き家を一軒一軒順繰りにホテルや店舗に開発を続けている。
2023年現在、運営するのは宿泊スペース5軒レンタルスペース2軒にまで増えた。この秋には運営スペースが1軒増え、来年の春には念願のロビースペースが完成する。
「社会課題を解決しながら持続可能な開発を目指す」をスローガンに開発を続けている。
また一人でもできる再開発のノウハウを広く提供することで、プレーヤーを増やすことこそが地域の社会課題の解決つながるだろうと、
2022年の年末から
『先ずは買え!』 を合言葉に売りに出されている空き家を巡りながら長崎の斜面地をさるく『ソーシャルデベロップメントツアー』を定期的に開催している。
2023年の秋からは、より深く具体的な空き家を題材に空き家改修の企画の作り方や事業計画を実践的に学べる3泊4日の合宿形式のスクールも開催しようと考えている。
最近は長崎坂宿での活動をきっかけに大手広告代理店と共に四国でのまちづくりのプロジェクトやリトリート施設、ランドスケープ事業など多様なクライアントから依頼が続いている。
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プロジェクトデザイン・建築設計企画
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長崎の斜面地空家を順繰りに再生中
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