その島のひとたちは、ひとの話をきかない
精神科医、「自殺希少地域」を行く 森川すいめい 青土社
島の本の紹介(1)
昨年読んだ中で心がものすごく揺さぶられた本が2冊あった。そのうちの1冊がこれ。
昨今、離島ブームであり、なんとなく島という世界も「業界」がある。この本はその「業界」とは全く無関係な著者によるもの。それだけに、こういう視点で「島」を捉えられるのか! ととても新鮮だったし、なにしろ書かれていることの1つ1つが、柔らかい雨水が地面に染み込むような感じで心に染みていき、ページを繰る手が止まらなかった。
これは、ホームレス支援にも関わるなど、社会的な活動をしている精神科医である著者が、岡檀(おか・まゆみ)さんという研究者が発表した「自殺希少地域」の内容に強く惹かれ「自殺希少地域」を5箇所訪ね「なぜその地域は自殺する人が少ないのか」を感じ取ろうとした記録だ。著者には身近な人何人かが自殺したという経験があって、助けられなかったという思いをずっと持っていたそうだ。
タイトルには「島」とあるが、島は1箇所のみ。それが伊豆諸島の神津島だ。
(その他の地域は旧海部町、青森県風間浦村と旧平舘村、下蒲刈島……ここは島だけど、本土と橋でつながっている)。
ちなみに「旧」とあるのには少し意味があるように思った。平成の大合併で、遠い町と村が一緒になったような場所は少なくないけれど、そのせいで地域特性が失われた部分は多いのかもしれない。だから、著者は「旧」の場所を訪れていった。
この本では、自殺する人が少ない場所にはいくつかの共通点があって、
・誰かが困っている時に最後まで関わる
・自殺した人がいた時に、それを「仕方がないこと」と思わない
・困っている人がいたら即助ける
・関わり合いは深いけど干渉しすぎない
……などが挙げられていたけれど、読んでいて感じたのはその5箇所は地域として、助け合う仕組みができているということだった。
そもそも、地域社会が自殺しようとするほど苦しんでいる人をさり気なく、生きる方につなぎとめる緩やかなつながりを持っている。
「日本の田舎はみんなそうだ」という人もいるかも知れないが、決定的に違いそうなのは、個々の違いを認めた上で、つながりがあると言うことのように思う。
どんなに変人でも、地域のしきたりに従わなくても、つながりがある、でも心の中に土足で入ってくるほどの干渉はない、という感じだろうか。
著者は自殺者が少ない場所は人の悪口を言い合うことも少ないと思っていたが、ある地域を訪れた時に悪口を聞いて少し驚く。長くなるけどちょっと引用すると
「悪口や陰口は生き辛さの大きな原因のひとつになっていると思っていたから、こうした地域ではそういうものはあまりないのではと思いたかった。だからそれを聞いたときは最初は受け入れられなかった。
悪口や陰口というのは、物事や人の行動が嫌だと思ったときに、別の分かり合えているひとに話す行動である。これが繰り返されれば、派閥が生まれたり、孤立するひとが出たり、弱い側のひとがつぶれていく。自殺に繋がる可能性もある。
ではこうした地域ではどうなのかというと、ひととひとが緩く多くつながっているので完全に孤立したりつぶれてしまったりするほどまでにはいかないということらしい。フラストレーションが溜まって陰口を言ってしまったとしても、そのあとでそれで終わりにならず別の解決策が生まれたりする。
「結局、みんな知り合いだから、力加減がある」
この力加減は、何度も何度も試すことで身についていく」
なるほどなあーと思う一文だ。
この本を読んだ数カ月後に、偶然仕事で神津島に行く機会があった。なんと、20年ぶりだった。
同じ伊豆諸島でも、自殺率が意外に高い島というのは、実はある。そことの違いはあるかなと思って訪問したが、その違いはわずか1泊ではなかなか見えてこなかった。ただ、この本で地域のお年寄りや地元の人のためのコミュニティカフェがNPOによって運営されているというのを知って、それは他の島にはないと思った。
そのカフェは「地域で人が人として当たり前に生きていく」という合言葉を持っているようで、障害のある人や高齢者のための施設や事業も運営しているようだ。障害者施設や作業所のある島は伊豆諸島の中にもある。でも本を読むとそれよりもっと自然に人々の中に溶け込んで一体化しているような感じを受ける。そう、当たり前と言う感じ。個性を認めあい、一緒に生きていける地域、特別扱いではなくて普通に手を取り合えることが、普通に営められる場所は生きやすい場所のはずだ。
知り合った島の人が、神津島はフーカー潜水(ホースで繋がれた状態で行うダイビング)でタカベ漁を行うが、事故で潜水病になったり怪我をする人が昔から多く、だから障害がある人の姿は島の中では当たり前のことだった、といっていた。これはその人がいっただけの話できちんと調べていないけれど、ちょっと説得力があった。
生きにくい社会というのは、地域での人のつながりをどんどん手放してきた地域ではないだろうか。自殺する人が心の中に抱える「孤独」は、四六時中一緒にいるのではなくて、誰かが自分を知ってくれていると思える程度のつながりがあれば、大きく膨らまないですむのかもしれない。
ーーこんなふうに、あれこれ読みながら思考が発展していく本は久しぶりだった。落ち着いたらもう1回、ゆっくりと神津島を訪れたい。