心の島 小笠原‐20 タコの実取り
小笠原に行けばすぐ目に入る植物にタコノキがある。奄美や沖縄にある沖縄にあるアダンと似ていて、ミクロネシアやアフリカなどにもあるパンダナスの仲間である。このタコノキの実は、戦前から島に住んでいた人たちの間では、食用とされていた。食べるにはいろいろ技術がいる。何回か誘われて、タコの実取りに行ったのはとってもよい思い出だ。
小笠原との関わりは30年以上になる。
取材で、個人の旅で、もう何十回行ったかわからない。コロナ禍の3年を除いて行かなかった年はないし、一時期は住んでもいた。その間に見たり、感じたりしたことを1つずつまとめていってもいいかなと思い、書き始めた。本当の雑記だが、興味あったら幸いです。
タコノキは根の部分がタコの足のように分かれているから名付けられたと聞いた。小笠原の固有種だ。
タコノキの実、通称タコの実を食べるまで持っていくのは大変だ。まず、できれば私有地で持ち主の許可を取って行った方がいい。村有地や国有地などのものを刈り取ってたりすると、あとで問題になる可能性もある。
取り方は高い木の上になっている実を、長い柄の先に鎌をつけた道具で切り落とす。下が傾斜してたりすると転がって行ってしまうので2〜3人でやったほうがいい。
美味しい実が入っているのはオレンジ色に熟したやつ。片側だけ熟していたり、真緑だったりするのはイマイチだ。
ある程度の数刈り取ったら、ナタで半分に割る。そして実を1つずつはずす。このあたりややこしいのだが、パイナップルみたいな、実が集合しているボール状のものも「実」だし、1つ1つ剥がした、でっかいトウモロコシ粒みたいなものも「実」、その中に入っている胚乳みたいな種(食べるのはこれ)、これも「実」という。日本語あるあるなあいまいさで理解してください。
そして、ここから先が熟練の業。でかいトウモロコシの粒状の実を、ナタが刺さってもだいじょうぶなような角材などに乗せてナタで半分に割る。このトウモロコシ状の実のなかに、3〜4粒胚乳が入っているのだけど、上手い人が割るとちょうど半分ずつに割れるのだ。写真の通りの状態になってから耳かきみたいな金属の棒で実を1つ1つほじくり出すわけだけど、頭の部分だけ欠けていたりすると小さい方も大きい方も綺麗にほじくり出せない。お年寄りはじっとトウモロコシ状の実を見ただけで、だいたいこのあたり……とナタを入れていくと、本当に綺麗に半分に割れている。
高い木の実を借り落とす長い柄の鎌も、ほじくり出す金属の棒も、それぞれお手製。特に金属の棒の方は、島の古い人だと先の曲がり具合などを自分で調節した愛用品を持っているのだった。
私のような新参にも、予備の棒があってそれを貸してもらってほじくった。うまくほじくれるとツルっときれいに取り出せるのだが、力加減が悪いと潰れてしまったりする。結構水分が多く、飛び出した汁が顔を直撃することもあったような。
オレンジに熟した実(トウモロコシ粒状のほう)は、石けんのようないい匂いがしている。だけどこれは食べられない。これを食べる動物もいる。オガサワラオオコウモリは、かぎ状になった前足の爪でトウモロコシ状の粒を剥がし、両前足で抱え込んで繊維ごと噛み砕き、汁を吸って残りをぺっと吐き出す。食べかすも吐き出して、彼らが食べた木の下にはペリットと呼ばれる食べかすが落ちていて、よく見るとそれにはオオコウモリの舌のあともついていたりするのだった。
さて、ほじくり出した胚乳――ここからはこれを実と呼びますーーは、集まったメンバーで分配してそれぞれ持って帰る。どうやって食べるかは人それぞれだけど、大抵はごま油、味噌、みりん、酒にまぜて鍋でなめらかにした鉄火味噌として食べる。ご飯に載せたり、お酒のつまみにしたり……。ナッツのような味わいがとても美味しい。
だけど持ち帰った実をそのまま味噌にはできない。少しの間、水につけてから薄皮をむかないと舌触りが悪い。小さい実を、指先で摘んで爪で皮を剥く地道な作業……。ほじくれた実が沢山だとうれしいけど、その後の作業はけっこう大変だ。
戦前島に住んでいた人たちはこれだけの手間をかけて食べ物を作ったのか〜と思う。今は、刈り取りにいって割って、ほじくり出すまでも楽しみになっているけれど、それでもだれもがやるわけではない。
これは以前母島の飲み屋で食べたような記憶はあるが、お土産などにはなっていないと思う。手間がかかりすぎて、お土産にしても見合わないのかもしれない。あれは島でしか味わえない味だったなぁと、昔、タコの実取りに誘ってもらった時の写真を見ながら懐かしくなって、つい書いてしまった。