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心の島 小笠原−10 島の記憶と香り

島の暮らしで「やっぱり島だなあ」と思う1つに「匂い」があった。朝、仕事に出かけて夕方帰ってきて、買い物はスーパーで。そういう流れは島でも都会でも同じだけど(昼ごはんのときに家に帰るというパターンが入るのは都会とは違うけど)、何気ないときに決定的にやっぱり島だなと思う瞬間があり、その一つが漂ってくる花の香りだった。


小笠原との関わりは30年以上になる。
取材で、個人の旅で、もう何十回行ったかわからない。コロナ禍の3年を除いて行かなかった年はないし、一時期は住んでもいた。その間に見たり、感じたりしたことを1つずつまとめていってもいいかなと思い、書き始めた。本当の雑記だが、興味あったら幸いです。


父島の住宅の間の道を歩いているときに、どこかの部屋から子どもが叩いているらしき木琴の音が聞こえてきて、同時に花の香りが強く漂ってきて見渡すと、プルメリアがあった。そのときに、この島の子どもたちの思い出には「匂い」もあるだろうなと思った。
もちろんプルメリアはもともと小笠原にあった植物ではないけれど、でも、とてもいい香りなのだ。暮らしの思い出とともに花の香りの記憶が脳に刻まれる率は、都会で暮らすより圧倒的に高いだろう。
香り(嗅覚)は、記憶を司る脳の海馬に直接届くので、記憶と香りは結びついていて、だからなにかの香りを嗅いだ瞬間に、その香りにまつわる思い出が鮮明に蘇るのだそうだ。
部屋の中の子にもプルメリアの香りが届いていたら、大人になってプルメリアの香りをどこかでかいだときに、木琴を叩いていた幼少時を思い出すかもしれない。

島以外では嗅ぐことのできない花の香りもあるだろう。固有種とか(まあ、近縁のものなら同じような匂いがするかもだけど)。
島を離れてしまって、記憶が薄れて、だけどたまたままた島に行ったときに花の香りをかいで一気に思い出が蘇るということはありそうだ。

母島に住んでいたときにはどんな花の香りをかいだだろう。
秋ぐらいだったか? 季節は忘れてしまったが、夜になると集落中を包む甘く思い香りはヤコウボク。日中は全く匂わない。あまりに濃厚な香りで、閉口するほどだった。
強すぎる香りといえばシマギョクシンカという大きな白い花を咲かせるシマギョクシンカという固有種もまた、濃厚すぎるほどの香り。
だいたい、島に住んでいる人は強すぎる香りは「うーん、あんまり……」という反応で、ほのかな清潔な香りが好きなのかも。

清潔で清涼な香りといえば、ムニンアオガンピ。控えめで、だけどものすごく上品な香り。
(トップの画像がムニンアオガンピです)。

それから、4月か5月だったか? 走っている車の中にまで流れ込んできたゲットウの花の甘い香り。一緒に車に乗っていた人とは、行き違いがあって今では絶縁状態だ……ということも思い出したりして。

父島では、4月にコーヒー農園もあるカフェに行ったときに、雨の中でやわらかく漂っていたコーヒーの花の香りが素敵だった。不思議なのは、顔を近づけて花から直接香りを吸い込もうとするとまったくにおいがなく、離れたところにいるとその強い香りが漂ってくるのだった。


コーヒーの花

そして12月ぐらいだったか、アカガシラカラスバトの本の取材をしていたときに、彼らがよく食べると教えてもらったアコウザンショウの実の香り。これは強烈だった。いい香りというよりは癖がある重めの香りで、知り合いが「トイレにおいて芳香剤代わりにしてた」と言っていたけどいい匂いじゃないじゃん!と反射的に言い返してしまった。

やはり12月、中央山展望台へ行ったら、あたり一面、香水かと思うような甘い香りが幕のように漂っていて、なんだろうなんだろうと不思議がっていたら、ちょうど居合わせたネイチャーガイドが「グミがすごいねぇ」と言ってくれたので、グミの花の香りだとわかった。
小笠原のグミはオガサワラグミといって固有種だけど、香りは内地のグミとだいたい同じだった。今住んでいる葉山で冬場に海岸を散歩しているときに「あっこの匂い」と思ってあたりを見回すとやはり、グミが生えていたのだった。

オガサワラグミ

一番好きで、今もすぐに「かぎたい!」と身悶えしているのは、花ではなくて実。やはり冬場、父島にしかないキンショクダモというクスノキ科の植物の実だ。
これも、アカガシラカラスバトは食べる。初寝浦の長い階段の途中に彼らが食べに来る場所があって、そこに行ったときに地面に散らばっている実を摘んで少し潰したときの衝撃! 柑橘系の清涼で突き抜けるようなフレッシュな香りに「いい匂い! いつまでも嗅いでいたい! こんな匂い知らない!」と興奮して叫んだ。私的には身にまといたい、香水にしたいぐらいの香りと思ったのだが、案内してくれた人は「お醤油に入れたら美味しそうよねぇー」というので、全く違う捉え方をしているのがわかった。
花もいい香りがするらしい。
あの香りをかぎたい! と思ってはいるけど、香りというのは記憶に残らない。記憶の方は、香りで呼び覚まされるのに、逆はないのだった。

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