『オトメの帝国』という群像劇の傑作漫画
現在ジャンプ+で連載されている『オトメの帝国』という漫画があります。
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本作のジャンルとしては女の子同志の恋愛模様を描く「百合漫画」という位置付けであり、私もとてもニコニコしながら彼女達の関係性を見守り、一日千秋の思いで毎日のように新巻の発売を待ち望んでいます(単行本勢)。
性の多様性が声高らかに叫ばれる昨今において女性同士の恋愛というのは特に珍しいものではなく、特に「百合」と銘打たれている作品は現在でもかなりの数が発表されています。それらの作品は全て素晴らしく、読後感がハッピーハッピーである作品が多いので目と精神の保養にとてもいいですね。
しかし日々、作品が多くなっているために「一体何を読めばいいの??」と感じている百合初心者の方も多いのではないかと思います。百合は総じて素晴らしいものであるという反面、やはり作品であるが故に当たり外れというものは存在します。というか「合う合わない」というレベルの話です。
私は断言します。
『オトメの帝国を読めば間違いない』
と。
一般的な百合漫画において設定は様々あるものの、大筋は主役である2人の女性についての恋愛模様。時にすれ違い、時に惹かれ合う模様を「一つの作品」として描いているものが大半だと思います。ここで心が動かされた、このイベントで好感度がMAXになった、みたいな様子を出来る限り詳細に描いてくださっています。
それに対してこの「オトメの帝国」はまず、めちゃくちゃ色んな百合カップルが登場します。
とある女子校の話なのですが、今パッと浮かぶだけでも10組を超えるカップル(付き合ってるのはその中でも一部なのでカップルという呼び名は相応しくないかもしれませんが)が登場し、それぞれが主人公級の扱いなので、さっきの例えで言うと主役が20人以上登場します。
で、毎話同じCPの話が描かれることはほぼありません。前の話はAというCPだったのに次の話ではB、その次はCと描かれる話はぐるぐる目まぐるしく変わっていきます。
しかしながら毎話、5〜20ページほどで完璧にオトしてくるのです。作者である岸虎次郎先生は話も絵も「描くところ」「描かないところ」の取捨選択がとても上手く、単話でも売れるレベルで毎話必ず身悶えさせてくれるのです。
ですがこのような構成上、推しCPの話は単行本1冊のうち2話あればいいとこです。しかし、ということは「お気に入りCPの話をもっと読みたいのになぁ……1冊で2話だけしかないのかぁ」と敬遠してしまう要素にもなりかねません。
ここなんです、オトメの帝国という作品の凄さは。
私の推しCPである「ほのエリ」を例に説明させて頂きます。姿勢を正してお読みください。
「山田ほのか」という女の子。根暗で背が高くオタクであるといういかにもなキャラクターです。
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この作品は女子高が舞台なので(?)登場キャラクターは基本的にとてもとても陽側の人間が多いのですが、ほのかは完全に我々と同じ人種です。そんな彼女の周りには人も寄り付かず、(歴女なので)休み時間にはさっきの授業で聞いた歴史上の人物のifストーリーを描き続ける日々。
そんな彼女がいるクラスに、ある日アメリカから留学生である「エリーシャ」がやってきました。
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このページを見てもらってもわかるように、エリーシャもアメリカ人の気質なのか非常に明るい性格であり、転入初日にしてクラスの陽キャ達ともすっかり打ち解けていました。
そんなエリーシャが、およそ青春とは掛け離れた雰囲気を纏いながら教室の隅でガリガリと絵を描き続けるほのかに興味を持ちます。ほのかの容姿を見て「She′s cool…」と思わず呟くのです。
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しかしほのかはまごうことなき陰側の人間。太陽のようなエリーシャに話しかけられてもこのように逃走してしまうのです。
ここでこの話(17話)は終わり。次にほのか達が出てくるのは21話になります。
21話ではほのかが授業で蘇我入鹿暗殺の話を聞き、自分が入鹿をハッピーにさせるんだ!と空想の世界に入り込んでガリガリと筆を走らせます。
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その様子をエリーシャが見ていたところまでが21話。続く22話もこの作品にしては珍しく連続でほのかの話です。
エリーシャは休み時間にほのかに(おそらく無理を言って)先ほど描いていた絵を見せてもらいました。
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はい。わかりますか??
さっき(17話)では話しかけられただけで逃げていたほのかが逃げずに(一応)会話をしていますね。
ここなんです、この作品の凄いところは。
17話→21話までの空白、別CPの話が描かれている間に「この2人はとりあえず話しても逃げださない程度には顔見知りになった」ということを読者は補完出来るようになっているんです。
普通の百合作品なら「ほのかに話しかけたら逃げられる」→「どうして逃げるの?と問いかける」→「実は昔辛いことが……」みたいな感じで『どうやって2人の仲が進展していったのか』をちゃんと描きます。描かないと読者も納得出来ませんよね。
しかしこのオトメの帝国、非常に秀逸な群像劇となっており「CPが登場しない幕間」を極めて有効に活用し「描いていないところで仲が進展した」ということがわかるようになっているんです。
これがもし、ほのか逃走話が17話、エリーシャがほのかに絵を見せてもらう話が続く18話だとしたらどうでしょう?「何で仲良くなったのこの2人??」と疑問符が浮かんでしまいますよね。
しかし絵見せ話までの間に4話空けることで「この2人はある程度顔見知りにはなったんだな」という説得力を産むことに成功しています。このことからもわかるように『描かれていない時間が重要』なんです、この作品。
実際、現実の交友関係もそんな感じだと思います。誰かと誰かが仲良くなった瞬間を私たちが目撃出来ることなど稀であり、実際は私たちの知らないところで毎日の積み重ねから仲の良さを積み重ねているのでしょうから。
ましてやこの作品に登場するCP数は10以上。これだけいれば必ずあなたに刺さるカップルが登場します。そしてその10を超えるカップルがこうしている今もなお、2人の関係性を育み続けているのです。
以上、極めて秀逸な群像劇作品であるこの作品に関しては「とにかく読んでくれ」としか言えませんが、せっかくなのでこの「ほのエリ」の話をもう少しだけ続けます。
エリーシャに絵を見せたほのか。実はエリーシャも歴史上の人物を元に絵を描く趣味があることを知ります。
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しかもめちゃくちゃ上手い。美貌、社交性、リア充という全てのスキルを兼ね備える完璧な女性エリーシャ。ほのかはこの理不尽なまでの不平等に対して諦めにも似た気持ちが芽生えます。
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しかしその時は放った一言がエリーシャの琴線に触れ、彼女はボロボロと涙を流し始めます。
エリーシャから出る言葉は(アメリカ人ならではなのか)着飾らないものであり、心の底から出た本心なのです。
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そして感激したエリーシャはほのかに対して賛辞を述べた後「友達になってくれ」と真正面から伝えました。
当然ながらこの程度でほのかが心を開くことはないのですが、次に登場する話ではお互いに一つの机で絵を描き合う(画力対決みたいな感じですが)レベルにはなっています。この「間」なんです。読めばわかります。これはもう「百合漫画」という枠を飛び越えており、本当に凄い作品としか伝えられません。
なので是非未読の方には読んで頂きたい。最初の方はまだ方向性が定まってなかったのかちょっとエッチな話が続きますが2〜3巻くらいからとても素敵な作品になります。
最後にもう一つだけ。どんな漫画にも「この時期の絵が一番良かったな」と思うことがありますよね?
私が思うオトメの帝国の全盛期は『今』です。画力がえげつないことになっています。そして単行本が出るたびに『今』は更新されています。
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この目の描写。口元の線描くところと描かないところ。そして何よりあの暗かったほのかが今、最新巻ではこんな表情を浮かべるようになっています。
もう一度言います。オトメの帝国は他にはない最上質の百合漫画であり、非常によく出来た群像劇でもあります。
今回紹介していないCPも全員魅力的なので、少しでも興味を持たれた方は絶対に損はしないので読んで頂きたいと強く願います。