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トニ・モリスン『ジャズ』を読んで

アメリカ黒人作家として初のノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスン(1931-2019)の長編『ジャズ』(早川書房、2010)を読んだ。

舞台の中心となるのは1920年代半ばのアメリカの都会。そこに住むヴァイオレットは50歳で美容師をしている。長年連れ添った夫のジョーが18歳の少女ドーカスと恋に落ち、ジョーがドーカスを殺してしまう。ドーカスの葬式に乗り込み遺体を傷つけたヴァイオレットは周囲から後ろ指をさされながらも、ドーカスがどのような人間だったのかを確認していく。

題名のとおり即興的に、自由にスイングするように、過去と現在だけでなくそのとき主題となる人物まで行ったり来たりしながら、彼らの人生の物語が生々しい描写とともに繰り広げられていく。そのために読者は置いてきぼりを食らったように感じるのだが、いつの間にか魅了され、最後にはとても大きな読後感を得る。

私が好きだったのは、少女フェリスが、ドーカスの死の間際の様子をジョーとヴァイオレットの二人に話した際、ヴァイオレットがただ一言「ちきしょう」と言うシーンだ。(p292)

何に、だれに対する「ちきしょう」だったのか。
ドーカスが変に我慢しなければ命が助かって、最愛の夫が殺人者にならなくて済んだはずだったからか。
拳銃で撃たれても明日になれば治ると信じることのできた若さへの嫉妬か。
救急車をすぐに手配してもらえない黒人への差別についてか。
若さも美貌も夫からの愛もすべて手にしていたドーカスでも周囲に大切にはしてもらえないという事実についてか。
そんなドーカスを憎めなくなってしまったからか。
どんなに若くても美人でも色が薄くても、彼女も自分と同じ黒人で差別されたり冷遇される側の人間だったと分かってしまったからか。
夫が愛した人間と自分が全く異なるモノではなかったと分かったからか。

前述のように自由なようで、その実、綿密な計画の元に書かれており、無駄な描写がひとつもない。とても重いが、とてもとても内容の詰まった作品だった。

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