レヴィナスによるキアナ超越の解題
D-rank Valkyrja
※ メインストーリー第35章のネタバレを含みます。
「自己を超越すること、わが家から脱出し、ついには自己からも脱出するに至ること、それは他人の身代わりになることである。」(p.405)
真理と起源に見送られたキアナは、超越し、終焉へと至る。キアナは時を離れ、「どんな自由よりも古きものとして、他者に対する責任を命じる遥かな昔の隔時性」(p.59)へと旅立ったのだ。
共時性のなかのキアナ
レヴィナスによれば、果てなき責任は存在することの彼方から到来する。かつて「記憶可能な時間に沿った諸現在」(p.132)、つまり共時性の中にいたキアナは、あくまで「語られたこと」、存在の範疇において、過去把持と未来把持の総合として老いていた。
存在者は、その存在を物語られることによって、存在することたらしめられる。ここでは言表によって、かつてあったものあるいは未だにないものとして時間化=共時化されざるを得ない。「物語は、記憶可能な時間性によって照明された自同性として、これらの実体を提示するのだ」(p.99)。言表されたキアナの成長は、共時化の渦中でその意義を見出そうと苦闘し、存在の意味を見出そうとしていた。
しかし、これまで哲学者が苦心惨憺してきたにもかかわらず、思い起こされる過去の中に存在の起源は見出せない。なぜ存在しているのかを知り得ないのだ。「存在の存在することが真理であり哲学である…存在の存在することは時間の時間化…である」(p.81)ならば、真理は共時性のうちにはありえない。
超越-隔時性へ
それゆえ、起源以前へ遡行しなければならない。記録される歴史の手前=隔時性のただなかで、「存在自身が自己を喪失すると共に自己を再び見出し、…真理のうちで自己を提示する」。(p.232)「献身という、起源以前の手前」(p.202)へと。起源以前への遡行は、存在からの超越、自己の過ぎ越しである。
超越とは近さの裂開に貫入することであり、近さでは「記憶不能な過去から到来した命令が聴取される。一度たりとも現在であったことがない命令、どんな自由のうちにも端緒を有さざる命令である。隣人が命令するような仕方、それが顔なのだ」(p.212)。近さにおいては他人の顔によって代替不能かつ唯一無二の責任を負う。これこそが意味なのだ。「諸存在者は、それらが有する意味によって与えられる」(p.98)という。存在が意味を把持するのではなく、意味が存在を湧出させる。
起源以前の責任から流出した存在が、はじめて存在を基礎づけることとなる。
「過去の人は、過去に残ってもらおう。」
物語の登場人物はキアナが物語から卒業することを予見し、その背中を押している。共時性の物語のなかでは自らのraison d'êtreを確信できないと知ったキアナは、ついに、<語ること><語られること>の輪唱から超脱する(『卒業旅行』におけるカノンの断絶)。そして、時間の炸裂に降り立ったキアナは、物語られることなく、描出されずに、第一部が終焉する。
キアナの憂鬱
「みずからの投企の所産ならざる世界のうちに遅れて到来する、そのような主体性は世界をみずからの投企として投影してこの世界を扱うことはできない。…言うまでもなくそれは世界の単なる帰結に留まることではない。それは宇宙を支えることなのだ」(p.282)。
ありうべきでなかった名を与えられ、世界に遅れて到来したK-423は、その瞬間から享受することを起点とした恐怖、起源以前の感覚としての可傷性、「同のなかの他としての生気づけ」(p.172)をその小さな胸に宿していたに相違ない。「『どうやって存在しよう』…狭窄な苦痛の次元、手前という想像だにできない次元でのねじれ、自己からの剥離、無以下のもの、陰画のなかへの、無の背面への放逐、母性、同のなかでの他の懐胎」(p.183)。
「私は何もしなかった。が、私はつねに審問され迫害されつづけてきた」(p.265)
この異次元の不条理のただなかで、キアナは物語られ続けた。存在意義の探索という、極めて素朴で、些か陳腐ですらあるその青春は、世界の暴力によって沈黙させられた。しかし、それゆえに、キアナは、献身=身代わり=責任=「栄光gloire」(p.43)へと超越し得たに違いない。
「存在が宇宙の統一性として集約され、存在することが出来事として集約されるのは、存在全体を支える<自己>に立脚することによってなのだ。…<自己>は宇宙の重みに圧しひしがれ、-万事に責任を負うている」(p.269)。
しかし、なぜ責任を負わされるのか?レヴィナスはこの問いに回答を与えていないが、キアナはこう宣言するに違いない。これが私の世界を愛する方法なのだ、と。
参考文献
Lévinas, E. (1999). Autrement qu'être ou Au-delà de l'essence[存在の彼方へ]. (M. Goda Trans.) 講談社学術文庫. (Original work published 1974).
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?