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「スポーツデザイン」というフィールド

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はじめまして。
J2リーグ所属の栃木SCでインハウスデザイナーとして働いている篠原と申します。
SNSでは、SHIN🇯🇵(シノ)というニックネームでデザインやスポーツについて発信しています。

今回、FiC様が運営する『OFF THE PITCH』で記事を執筆させていただくにあたり、Twitterでこれまで何度か質問をいただいた、

・スポーツデザインはどうやって勉強すればいいのか?
・実際にクラブで働くにはどうすれば良いか?

という所をテーマに掘り下げていこうと思います。


Jクラブのリブランディングが話題になっているここ数年、それに付随してデザインについても活発に議論が行われるかと思います。
そんな中この記事では、将来のスポーツ業界を担うであろう皆さんに少しでもデザインの道を考えていただけるような構成で執筆いたしました。

少しニッチな内容とはなりますが、今後スポーツ業界の発展に欠かせない領域ですのでどうか最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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▼もくじ
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◎第1章 職業解剖・クラブのデザイナーは何をしているの?
・まずクラブがデザイナーを雇うメリットは?
・逆にデザイナーがクラブで働くメリットは?

◎第2章 デザイナーへの道

・自分がクラブに雇われた経緯
・デザイナーの就職はSNSで勝てる
・スポーツ業界 デザイナーが育たない問題
・スポーツ業界のデザイナーへの近道

◎第3章 あとがき

・「スポーツ業界で働きたいからデザインを勉強する」という思考は危険


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▼第1章 職業解剖
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●クラブのデザイナーは何をしているの?

クラブにおけるデザインの担当業務は多岐にわたります。

SNSで使用する画像素材・ポスターやチラシなどの印刷物の制作、即ち自分で手を動かす制作。
また、外部委託しているホームページのメンテナンスや動画制作の指示、即ち自分で手を動かさないの制作も担当する場合があります。
さらに自分の場合、公式ファンクラブの運営やデザインと関係のないtoC関連の業務も担当しています。


○試合速報画像の制作

→スタメン画像、ゴール速報gif、キックオフなどの速報画像

○SNSで使用する宣伝画像の制作
→ファンクラブ加入促進、ユニフォームプロモーション画像などのデジタルで使用するマーケティングデザイン

○印刷物レイアウト
→ファンクラブ・シーズンパス申込書、チケット券面など

○チラシ制作
→招待チラシ、パンフレットなどの印刷系のマーケティングデザイン

○ポスター制作のディレクション
→年間で3枚、パートナー企業様に制作を委託するポスターのコンセプト決定から制作指示

○ホームページの編集
→HTMLの編集

○その他...


現状の業務を思いつく限り書いてみましたが、クラブによって担当領域は完全に異なります。

先述の通り私の場合は比較的デザイン以外の業務を多く担当していますが、他クラブでは完全にデザイン専属で雇われている方もいらっしゃいますし、そもそもインハウスデザイナーがいるクラブの方が少ないと聞きます。
また、クリエイティブ制作を完全にパートナー企業様(等の外部)に委託しているクラブもあると聞きます。



●まずクラブがデザイナーを雇うメリットは?

そんな中で私はインハウスデザイナーとして働いている訳ですが、クラブにとってインハウスデザイナーを雇うことにどんなメリットがあるのでしょうか?

私の思いつく物をいくつかピックアップしてみました。


1つ目は、長期的な視点でブランドの成長を促進できることです。
スポーツクラブに限らず企業がインハウスデザイナーを雇う目的として、社内に属している=ブランドへの理解度が高い人間がデザインを担当することによって、アイデンティティを反映したクリエイティブ制作を実現することができます。
外部にデザインを委託している場合、会社とそのデザイナーの関係性や、デザイナーのクラブへの理解度によってクオリティが左右されます。
デザインにおけるブランド再現度はおおよそ会社とデザイナーの距離感に対して反比例するため、会社にフルコミットすることができるインハウスデザイナーを1人置く事でブランドの成長に直結します。

個人的な予想ですが、Jクラブは近い将来デザイナー雇用の動きが活発になってくると思っています。
無数の競合他社が存在するスポーツ業界というマーケットの中で今後お金を稼げるスポーツクラブを作り上げていくためには、そのスポーツクラブにしかないアイデンティティをクリエイティブに反映できる人間が重要となります。
昨今はSNSの出現によってデジタル領域でのマーケティングが活発になっています。(コロナ禍によって距離の空いたクラブとファンサポーターの方の間を取り持つ手段としてもそうですが…)
そんな情報社会においてクリエイティブへの注力がより重要視されていくのは間違いありません。


2つ目は、情報発信の瞬発力です。

内部にデザイナーがいる事で、質を伴うと同時に瞬発力のある情報発信が可能となります。
私は他業界の経験があまりないため比較はできないのですが、個人的にスポーツ業界は急な決定が多い業界なのではないかと感じています。
例えば、オフシーズンは選手の契約に関係する急な決定が多く、夜の18時に決定した新加入選手の情報を翌日の12時にリリースする事があります。
そういった場合、デザイナーがいないクラブでは外部に頼む時間がないためどうしてもテキストベース+簡単な写真での発信となってしまいますが、もし社内にデザイナーがいる場合はその場ですぐにアイキャッチを制作することが可能になります。
この瞬発力という要素は、情報発信ひとつひとつのクオリティをあげるために非常に重要だと言えます。
瞬発力を備える事で広報活動のフットワークも軽くする事ができるので、クラブにとってはありがたい存在となるでしょう。


3つ目は、適材適所の実現によるコストカットです。
デザイナーを雇うという事に対しては当然一人社員を新しく雇わなければならないのでコストアップと捉えられがちです。
現実問題、デザイナーがいないクラブでは各部署ごとに使用する制作物の発注をかけたり、場合によってはデザインソフトを少し扱える人間が直接手がけたりすることがあります。(その場合クリエイティブはそれぞれ担当者好みのビジュアルに仕上がるため、1つ目のブランド再現度という部分にも影響があります。)

ですがそれらの制作発注をデザイナーに集約することにより、社員それぞれの負担を減らし、担当業務において時間短縮や業務効率化といった恩恵を受けることができます。


●デザイナーがクラブで働くメリットは?

デザイナーがクラブで働く一番大きなメリットは、広い領域で業務経験を積めることです。

デザイン分野では業務一覧に記載した通り、紙、デジタル、マーチャンダイズ等、様々な媒体でのデザインを担当できるため、ユーティリティなデザイナーを目指せます。
目まぐるしく変化していく社会で生きていく中で、デザインスキル一本に依存することはリスクがあります。
もし今後動画広告の発展によってグラフィックデザインが必要のない世の中になってしまったら?(というのはほぼあり得ない仮定ではありますが )...
一つのスキルにすがって今後のキャリアプランをたててしまうこと、それは武器として自分の中に残り続ける一方、自分の可能性を狭めることにもつながります。
これは私自身も気をつけなければいけないポイントです。

同じようにデザイン以外の部分でも様々な業務があり、広告代理店やデザイン事務所で働くよりも視野を広げて日常の業務を経験することができます。
これはスポーツクラブの特性とも言えますね。

メリットはまだまだ沢山ありますが、先述の会社が雇うメリットと対応している部分が多いため割愛します。


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▼第2章 デザイナーへの道
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●自分がクラブに雇われた経緯

ここまではデザイナーの立ち位置のようなところを深堀して記述しました。
ここからは、デザイナーになるための方法・思考を、私の実体験に基づいてお教えしようと思います。

私自身はどのように栃木SCに就職したかというと、Twitter求人です。
当時新宿にある4年制のデザイン専門学校に通っていた頃、たまたまTwitterを見ていると江藤さん(=栃木SCマーケティング戦略部長 / ニックネーム:えとみほ)がTwitterに求人を出されていたので、応募してポートフォリオ(デザイン作品集)を見せて面談し、最初は長期インターンとして栃木SCへ入社することになりました。


●デザイナーの就職はSNSで勝てる

私の就職活動は同年代の就活生に比べると、比較的トントン拍子で進みました。
なぜこうもスムーズに就職まで進んだかというと、SNSを使って自分のデザインを常に発信していたということが挙げられます。

クリエイターという職業で一番手っ取り早く成長する方法はPDCAサイクルを回していくことです。そのためにはSNS他人に見せて評価してもらうことが一番効率的と言えるでしょう。どんなものが反応が良くて、どんなものが反応が悪いのか。どこが良くてどこが悪いのか。
それを見極めていくことで成長スピードをアップさせることができます。

そしてSNS発信のメリットは、それらが全て1つのアカウントに蓄積されていくことです。
人間は五感のうち80%の情報を「視覚」から取り入れると言われています。
情報発信においてビジュアルを使用した訴求は必要不可欠であり、それは自己PRにおいても例外ではありません。

例えばInstagram
発信した成果物はプロフィールのギャラリーに次から次へストックされていきます。
継続的に運用を行なっていくと、ある種のデジタルポートフォリオが完成し、好循環でどんどん連絡が来て、どんどん仕事が増えていきます。
デザイン技術が大衆化し誰でも簡単にデザインができるようになった影響で思考や言語化能力が重要視されるこの時代、テキストベースでアカウントを成長させてくことも自己PRの手段としてはうってつけです。

一方でTwitterではテキストベースのSNSなので、デザインに対する考え方を発信し続けることにより、思考整理の成長という面でもデザイナーの就活に対して効果的に働きます。
なぜこの配色なのか、なんでこのテキストは右揃えなのか、この要素はなんの役割をしているのか 自分のデザインについて必ず「なぜ」を明確にして言語化できるようにしておくと、先述のアイデンティティを表現することにも繋がってくるのでおすすめです。


●スポーツ業界におけるデザイナーが育たない問題

といったように、デザイナーという形での成長方法は他人にとっては色々な方法が存在します。
ですがここで一つ、人物写真を多く取り扱うスポーツ業界における大きな課題が存在します。

それは、肖像権や著作権などの権利問題です。

先述の通りデザイン成果物の発信によってデザイナーは自己PRを強化できるのですが、一方でスポーツは存在する素材の多くが個人・クラブ・リーグ(協会)に帰属するため、勉強しながら発信というのはかなり難しい部分があります。

例えば、勝手にJリーグ選手の写真を切り抜きレタッチ等の編集を施してクリエイティブを制作・SNSにアップするのは規則違反になるケースがあるので注意が必要です。
これはエンブレムやロゴマーク、スタジアム写真においても基本的に無断使用は禁止です。

※参照:Jリーグプロパティ規約↓↓
https://aboutj.jleague.jp/corporate/regulation/property/

とは言いつつ、フリー素材のサッカー写真を切り抜いてクリエイティブを作ってみると、ただカッコいい物の作り方は学べるかもしれないけど、先述のスポーツデザインならではのメリットを享受することは不可能です。
プレイヤーならではの要素をデザインに組み込むことが難しく、ソフトを扱う技術の向上は見込める反面、発信してもユーザの反応を得ることは厳しいかもしれません。


●スポーツ業界のデザイナーへの近道

権利関係が厳しいプロの世界ですが、アマチュアクラブ(学校の部活や社会人クラブ)は比較的クリエイティブの扱いが自由な部分があります。
そういったクラブにポートフォリオを持って直談判しに行くのはオススメです。

実際に大学の体育会系ではそういった形で学生デザイナーを抱えている団体もあります。
私も専門一年生の時、フルコミットとまではいかないものの某大学サッカー部と深い関係性でデザイン活動を行なっていました。
実在し、尚且つその団体にしかない特性をデザインに反映できる。
つまり「アイデンティティの表現」というスキルをルールの範囲内で磨く事で解決することができるのです。

基本的に、まずはそういった権利問題を避ける形で考え、デザインを実践してスキルを伸ばせる環境選びが重要になるかと思います。

また、海外ではフェアユースという法律が存在する国があります。
ある制限の中で自由に制作活動が行えるというものがあるらしく、海外クラブはそういった活動によって名を挙げたフリーのデザイナーと契約している所もあるようです。
ここは私の専門外ですので、各自でお調べいただければと思います。

※参照:フェアユースWikipedia↓↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B9#:~:text=%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B9%20(fair%20use%E3%80%81%E5%85%AC%E6%AD%A3,%E7%AC%AC107%E6%9D%A1%2017%20U.S.C.

策としては、思い切ってフェアユースが適用される国に引っ越すというのもアリかもしれません。
さらに最近ではプロクラブと締結して公式素材を使用しながらデザインを学べるオンラインスクールも存在するようです。
こちらは内容を全く把握しておりませんが、まずはそういった環境を身近なところから探してみてください。


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▼第3章 あとがき
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●「スポーツ業界で働きたいからデザインを勉強する」という思考は危険

今日、学生でスポーツ業界に就職したいという方が多数いらっしゃいます。
この記事も然り、フロントスタッフによる情報発信が盛んになってきているので、今後も一層増えていくのではないでしょうか。

私のアカウントにもスポーツ業界について質問をいただいたりするのですが、大半の人が「スポーツ業界で活躍したいので、これからデザインを学びたいと考えていて〜」といったような、まだデザインを本業にしようと考えている訳ではないがスポーツ業界に行きたい人が比較的多い印象を受けます。

「大好きなスポーツ、幼少期から自分を支えてくれたスポーツ。そんなスポーツに関わる仕事がしたい。」
そういった意思を持って行動に移す事は素晴らしく思います。


一方で、業界選択を先に持ってきてしまうのはリスクを伴う決断だと思っています。
重要視するべきは「業界選択」よりも「職種選択」であり、いくらスポーツ業界で働きたいとしても自分の得意ではない仕事をさせられる環境で働いていては、クラブの成長、ひいては自分の成長のためにもなりません。

持論ですが、まず最初に持ってくるべきは「職種選択=仕事における自分のスキルや特性を把握した上でそれをどう活かしていくか、どう社会に還元していくか」ということであり、その上で「業界選択=ようやくスポーツ業界で働きたいかどうか」のステップを踏むべきです。
皆さんにはひとつ、自分のどんな能力が仕事に活かせるのかという所に対して深く考えていただければと思います。



はじめの一歩、まずは一度テーマを決めてチラシを作ってみる。
そんなことから始めてみてください。
その上でもしうまくいき、「自分はデザイン向いているかもしれない。このスキルをスポーツ業界に還元したい。」という方がいらっしゃるのであれば、是非ともご連絡をいただければと思います。

必ずやいい方向へ事が進むよう、全力でサポートしてみせます。
なぜなら私は、スポーツデザインというフィールドが裾野を広げてゆき、ワクワクするようなスポーツデザインが次から次へ生まれていく、そんなスポーツ界の未来を願っているからです。

※本記事の内容は個人の見解であり、会社や団体の意見を代表するものではございません。

▼執筆者紹介↓↓

◉執筆:篠原 唯斗
2000年3月17日生神奈川県川崎市出身の21歳。
2006年に地元川崎フロンターレのサポーターになり、2015年頃から応援フラッグや横断幕のデザインを手がけるなどしてグラフィックデザイナーへの道を歩み始める。
2018年高校卒業後に東洋美術学校(東京都新宿区)クリエイティブデザイン科へ進学。
2020年1月にJ2栃木SCへの長期インターン入社が確定、それと同時に学校を中退。2021年2月に正社員として入社、現在は栃木SCマーケティング戦略部にてクリエイティブを担当。数少ないJリーグクラブのインハウスデザイナーとして活躍している。

▼篠原氏:@shin_hinomaru(Twitter / Instagram / Clubhouse)

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▼運営紹介↓↓

◎一般社団法人FiC
「WORK WITH PRIDE 〜誇りと共に働く〜」をコンセプトに、日本サッカー界で起きている様々な問題を解決するべく、サッカー指導者が総合的に学べるコミュニティ事業を展開。10代〜40代まで幅広い年代の、サッカーや指導に想いを持つメンバーが所属する。
現在は、関東圏のみならず関西、そして全国に200名以上の会員を抱え、サッカー指導者が学べる機会や情報のほか、会員一人一人のキャリア支援や、講演会をはじめとしたイベントの企画/運営も実施している。
2021年7月に大阪支部がスタートし、2021年秋には第6期生を募集予定。

◎編集:八田 凌雅 / 佐々木 良央(OFF THE PITCH Staff)

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