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A COMPLETE UNKNOWN 名もなき者を観た。

ネタバレ含みます。


ボブ・ディランの映画『コンプリート・アンノウン 名もなき者』を観た。評判通り、圧倒的なスピード感がある映画だった。ディランがバイクに乗って走るシーンが多く、まるで観客も一緒に疾走しているような感覚にさせられる。上映時間は2時間半ほどだったが、あっという間だった。終盤になっても「もう終わり?」と思うくらい、没入感が強かった。

まず印象に残るのは演奏シーンの迫力だ。ディラン役のティモシー・シャラメはプロデューサーも兼任していて、かなり力を入れている。歌もほとんど生歌で録られていて、その再現度の高さに驚いた。さらに、ジョーン・バエズ役のモニカ・バルバロが圧倒的だった。歌の上手さはもちろん、ステージ上でのカリスマ性も強烈で、まるで本人が乗り移ったかのようだった。ちなみに後で本人の映像観たら更に凄かったが…。

前半の酒場での演奏シーンは特にリアリティがあった。観客の熱気や音の響きがダイレクトに伝わってくる。生演奏ならではの臨場感があり、映画の中に引き込まれる感覚が強かった。

ウディ・ガスリーも渋かったが(最後は…)、ディランの支援者的存在のピート・シーガーの存在感が大きかった。ディランを見出し、導いた存在でありながら、最終的には対立するような関係になる。複雑な関係がソフトに描かれていたのもよかった。ピート役のエドワード・ノートンの演技も見事だった。物語の橋渡し的な役割を果たしていて、彼なしではストーリーの説得力が弱くなっただろう。特に終盤の繊細な表情の変化が素晴らしかった。また、ピートの日系の奥さん、全編にわたり存在感があった。

ジョーン・バエズとディランの関係性も魅力的に感じた。才能のある人間同士の繋がりだ。バエズの影響力の大きさ、そしてディランがそこから飛び出していく過程がしっかりと伝わってきた。途中、ディランがどんどん変化していく姿が描かれていたが、彼のつかみどころのなさを見事に表現していた。要は、よくわからんヒトだということが理解できた。

特に印象的だったのは、スタジオで『ライク・ア・ローリング・ストーン』を録音するシーン。アル・クーパーが「ギターは無茶苦茶上手いマイクがいるからいらんよ」と言われて、オルガンを適当に弾いたら最高のフレーズが生まれるという有名なエピソードが再現されていた。ディランが「これでいいんだよ」と言わんばかりに口に微笑みを浮かべて受け入れる流れも自然だった。この後もアルクーパーはディランに絡んでいく。
キューバ危機の描き方もリアルな感じでインパクトがあった。ディランとバエズが吊り橋効果で仲良くなる。現在の世界の状況も近いものがあり、余計に緊張感を理解できた。

映画全体としては、ディランやバエズの演奏シーンが圧倒的にかっこいいので、完成度は高いし娯楽的にも成功だと思う。ただ、ディランの思想や行動の背景については、わかりづらい部分もある。フォークの世界からロックに移ることがなぜそこまでの衝撃だったのか、当時の文化的な背景を知らないと、伝わりにくい部分もあった。なんでフォークのフェスでロックを演奏するのがタブーなのか、いまいち腑に落ちなかった。

エンディングはバイクで疾走するディランの姿。イージー・ライダーのラストをを彷彿とさせる映像だった。さらに言えば、この後ディランはバイク事故を起こし、一時的に活動を休止することになる。その先の物語があるとすれば、次作は『ローリング・サンダー・レビュー』あたりが題材になるのかもしれない。

ディランのファンなら必見。演奏シーンだけでも劇場で観る価値がある。特に音響の迫力を体感できるので、スクリーンで観るのがベストだ。

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