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海外旅行2023その7 インドで「志村、後ろ!」

8時だヨ!全員集合
という昭和のテレビ番組に、幼い私は心を奪われていた。
ドリフターズというグループによるコント番組なのだが
その中で使われていた「do me」「 盆回り」などの曲を耳にすると
令和の今でも血沸き肉躍る感覚が蘇ってくる。

番組の中で私が好きだったコントは、
大道具として急な坂道がステージに用意され
坂の上のバス停に向かって各メンバーが駆け上がるものの
途中で力尽きてずるずると滑り落ちてしまうというもの。

また、お化け屋敷風の建物をグループで探検していて
最後尾にいる志村けんの背後に怪物が近付き
会場の観客が「志村、後ろ!」と大声で警告するものの
タイミングよく怪物は隠れてしまうというコントも
手に汗握る展開で幼い私は画面にくぎ付けだった。

それから40年。
私は2023年5月、気温40度を超える酷暑の北インドにいた。
パキスタンのビザ承認を待っていたのだが週末が近付き、
まあきっとこのまま動きはないだろう、だったら
週末は山間部に避暑にでも行こう、と思いついた。

向かった先はヒマチャルプラデシュの州都シムラShimla。
標高2000mほどに位置する都市なので
5月の昼間は22、3度、夜間は15度ほど。
酷暑の平野部から来ると昼間のなんたる爽やかさよ。

しかしこのシムラ。
私の想像を軽く飛び越えた「坂の街」だった。
神戸や長崎の人は手慣れたものかもしれないが、
関東平野育ちの私にとっては驚き(と苦行)であった。

本当に平地がなく、家屋は斜面に無理やり建て
道路は崖を削ってようやく通しているような状態。
車が通れる幅の道路だったらまだマシな方で
車が入れない幅の道路も数多くある。

よって旅行者にとってはホテル選びが大変だ。
タクシーに乗ったところで、
タクシーがホテルの前まで行けるとは限らない。
ここからは徒歩だYOと言って降ろされた場所から
上り坂や階段を延々と上るというケースは普通にある。

私が取り急ぎ選んだホテル(トップ画像)は
直前予約のマウントビューの割にお手頃価格だったのだが
行ってみてわかった。車が通れない細い上り坂を
ひたすら上った先にあるのでなるほど納得価格。
重い荷物を背負って傾斜のきつい坂道を上っていると
上記の番組の坂道コントを一人で思い出し笑い。

ホテル周辺を徒歩で探検してみたものの、
小さな雑貨店があるだけで、
旅行者が欲するカフェやレストランは皆無だった。
ホテルもそれを承知なのだろう、毎晩部屋に電話がかかり
「食事どうするの?」と館内レストランへのお誘いがあった。

この誘いを断ると、自分で坂道を下り、
20分ほど歩いてシムラの繁華街に向かい
そこで食事を調達するしか選択肢がなくなってしまう。
かなりの労力となるのだが、私には事情があった。
食事制限をしていたのだ。

食事制限をしていたから、
マクドナルドやKFCを探していたのだ。
もう一度言う。
食事制限をしていたから、ファストフードを求めていた。

しかし、連日のファストフード通いで
正直バーガーやピザに辟易していた。
違うものが食べたい。東アジアの醤油味のものが食べたい。
なんとか客が多く回転がよさそうな中華レストランを見つけ
そこで食事をしようと試みた。食事制限を臨時解除。

私がグーグルマップを鬼のように検索し、
見つけたお店の名前はAunty's
裏通りにある小さなレストランだがすでに満席。
満席なだけで味と衛生が期待できそうだ。
私は卵チャーハンEgg Fried Rice160ルピー(272円)を
持ち帰りで注文。ホテルでしっかり手指を消毒してから食べるのだ。

レストランはチャーハンをアルミっぽい袋に包んでから
不織布の小さな手提げに入れて私に渡してくれた。
私はホテルまで20分、薄暮の中をとぼとぼと歩く。
そして私がカリバリ寺院Kali bari Temple付近を歩いていた時に
その事件が発生した。

ハヌマーンとはインド神話における猿の神様で
ここシムラでは信仰の対象となっている。
日本の巨大観音像みたいな感じの巨大ハヌマーン像もあり
野生の猿もあちらこちらに生息して(たぶん保護されて)いる。

チャーハンを持って歩く私の左前方に子ザルがいた。
別に珍しくもない。路上の牛と同様に珍しくない。
そんな子ザルが明らかに私の方をみて
かなり大きな声で吠えた。威嚇?

相手は子ザルなので、別に怖いわけではないのだが
決していい気はしない。
目をそらさずに警戒を続けながら私は歩く。
とその時。

私の右腕に何かが飛び乗った。
大きな猿だった。たぶん母ザル。
私の右手にぶら下がっているチャーハンを取ろうとしたのか。
左の子ザルを見ていたために、私も右はノーマークだった。

ふざけるな。私が醤油味のものが欲しくて
大金をはたいて入手した(272円)卵チャーハンだ。
猿ごときに奪われてたまるか。

8時だヨ!全員集合では、会場の観客が
「志村、後ろ!」と叫んで教えてくれたが
ここシムラのインド人は、誰も私に右側の猿の存在を
教えてくれなかった。インド人は冷たい。
誰も猿の動きを予想できなかっただけなのかも。

私は右腕の猿を振り払い、チャーハンを死守した。
母ザルと子ザルはなお私の方を見て威嚇していたが
私も負けじと左の拳を高々と上げ、
戦う気があることを態度で示した。

周囲のインド人はそんな私のことをどんな目で見ていたのだろうか
今こうして冷静になってみると若干の恐怖を感じる。
もっともその時の私は誇り高き日本のサムライであって
大名行列を横切る無礼者は切り捨て御免という気概を持っていた。

私は猿たちを返り討ちにしてやろうと、じりじりと距離を縮めた。
まあ攻撃手段は何もないのだが、気持ちだけの返り討ち。
すると、さすがに気迫は伝わるのか、猿たちは崖に退却した。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。

私は無事にホテルにたどり着き、猿に触れた腕の部分まで
丁寧に消毒し、無事に卵チャーハンにありつくことができた。
ついでに報告すると、食後の胃腸も無事だった。

シムラでは、常に「志村、後ろ!」の警戒心を忘れずにいたい。
振り返れば猿がいる。



ま、インドではサルを見たら泥棒だと思え、という話です。
ついでに言うとニューデリー鉄道駅構内の通路で
日本人旅行者に話しかけてくるインド人は全員泥棒。

インドで東アジアの醤油味の料理が食べたくなって
フライドライスをうっかり頼もうものなら、
だいたい唐辛子がっつりのスパイシーな想定外なものが出されるのだが
上記Aunty'sは辛くなく、いかにも家庭料理といった醤油味のものだった。
味が想定内なだけでほっと一安心なインドあるある。

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