本当は、会社員でいたかったというお話
フリーランスで総務メインでチームを束ねている山下です。
随分前に書いたポストですが、見つけられなかったので、今日は引用無しで。
今でこそ、在宅ワークで事務やってバリバリ毎日充実しているけれども、
最初はどこかの会社で正社員として、社会に揉まれたかった人生だった。
自分もがっつり働いて、上司の仕事のやり方を見て感じて学んで。
部下もできて、会社のため、自分のために成長をしていきたい・・・・。
そんな風に夢を見ていたころがありました。
でも、2人目の出産を前に、病気をもっていると分かった瞬間。
私は、夢を見たルートは叶えられないと悟った。
次男の病気は頭が大きく生まれる病気
次男は先天性水頭症。生まれつき頭が大きく、髄液の流れが良くないという子。
3万人に1人しか産まれないとてもレアケースな病気でした。
産まれて数日で脳の手術。
発達も遅れることは見込んだし、将来どう成長していくのか。ずっと介護し続ける生活なのか。
正確な未来が見えなくても、1日8時間外でがっつり働くのは、将来的に難しいでしょう。
そもそもそれでは生活も成り立たなくなるので、本当に困りました。
「このままではいけない!」と思って始めたのが、在宅ワークの副業でした。
子どもがいても、病気があっても、必要とされる人になるために
育休の間に、猛勉強。クラウドソーシングサイトに登録して、本やコミュニティに入って勉強して。
仕事をとって、副業して。復帰してからも、毎朝4時起床でSNSを学び、ブログ記事を書き、ライターとして実践を積んでいきました。
当時は大企業で契約社員をしていて、総務のポジションで働いていました。そこでもなんとか成果や努力を見せないとと思い、必死に仕事にもしがみついていきました。
復帰から半年以上経った時、努めていた会社の契約更新の時、「ネジを回すか、辞めるか」を迫られました。
会社からすれば、たかだか契約社員。短時間でしか働けない者の価値は言葉にせずともわかっていました。(それでも、当時の上司はここまで私の居場所を守ってくれて、精一杯の提案だったんだと思います)
「ついにこの時がきたか」と思って、独立することを決意しました。
私の人生を変えてくれた次男に感謝
その後すぐに縁があり、今も総務のお仕事を続けています。
独立してから3年以上経ちますが、ご依頼が途切れたことはなく、時給は平均で1400円以上をキープ。
コツコツと自分のできることをやっていっています。
今は身体障碍者1級をもつ次男でありますし、おそらく知的にも障害がある子なのですが。
普通の保育園に通いながら、療育を頑張ってくれています。
当初の心配が嘘のように元気なので、親孝行な子だと思います。
この道に入ったのは偶然だったけれども、この選択を見出してくれた次男には、運命的な出会いを感じますね。
出会ってくれて、良かったと心から思います。
それはそれとして、夢である「どこかの会社で正社員!」って道は少し見て見たかったと。
今でも憧れをもって仕事をしています。
組織で働くことは私にとって夢ではあり続けると思うので。
会社員でなくても、必要とされる人間であるように。これからの自分の道を作っていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。