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絵描きの仕事はAIに奪われるのか

私の自己紹介(サービス紹介)グラレコは似顔絵をセットにしています。

似顔絵を描いているとよく「絵心があって羨ましいです」と言っていただきます。

ものすごくものすごく嬉しい反面、私は自分では絵の才能は全くないと思っているので、ちょっとくすぐったい言葉でもあります。


絵を仕事にしたいと思った時、「趣味で人に褒められるレベルの絵」から「プロの絵」になりたくて、そのとき自分の絵の下手さに絶望していました。

もちろん、周りからは「絵がうまいね」と言われていました。

でもそれは趣味としてだからであって、絵が描けない方からそう言われるのは当たり前のことです。

仕事にするなら、少なくとも同業者が納得するくらいの絵は描けるようになりたい。

そう思って、我流で色んな練習をしました。
(写真は私の本棚にあるイラストの練習本の一部です)



今では、自分が描く自分の絵が好きです。
もっと上手くなりたいと思うけど、まずは自分の絵が好き。


そんな中で出てきたのが最近AI絵です。
プロンプトを入れるとAIがそれっぽい絵を生成してくれるアレ。

アレ、確かに面白いし私も大好きなんですが、おそらく絵描きしか気付けない「デッサンの狂い」が結構あります。

もう少し精度が上がれば今度デッサンの狂いも無くなっていくのでしょうが、大事なのはそこではなく《気付けているかどうか》だと思うんですよね。

絵(特に自分の専門である似顔絵や人物画)は、初見で描いた人のレベル感や大体どんな手法で描いたのか、なんとなくわかります。

線はヨレヨレだけどパースだけやたらと正確な絵を見れば「写真の加工かな」とか、なんとなく見当がつく。


でも、素人には分からない。


良くも悪くも、AI絵だろうがトレースだろうがデッサンが狂っていようが、「私が描きました」と言い張れば、絵を描かない人には一律「絵が上手いですね」になる。

裏を返すと、絵は描けないけどなんらかのアレで誤魔化している人は「絵を仕事にしているのに、絵の違和感に気付けない」という事態になるのではと思っています。


今後技術の発達で、生成AIと人の手で描いた絵の差がなくなると言われています。

その時大切なのは「正解を見抜ける力」だと私は思います。

文章も同じですよね。積み上げた人にしか分からない、やり続けてきた人にしか分からない「微差を見抜ける力」というのが確かに存在します。

AI時代だからこそ、人の力、努力の差が可視化される。背筋を伸ばして頑張っていきたいです。

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