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「今ここ」をマスターしていた、いにしえ人たちの、ライトボディに学びたい。

こんにちは。いつもありがとうございます。

最近また買い集めてきたミニ植物たち。

うちに遊びに来た友人が「植物を枯らしてばかり。どうしたらいいの?」と言うのですが「え、お水をあげるだけだよ〜」と答えました(笑)・・とはいえ、その植物によって好む環境は違うし、水やりのタイミングや加減など、確かに一方的に与えてはダメですよね。子育てや教育もそうだと思いますが、相手の状況をちゃんと見て、適度な加減で。

(今、ふと周りを見て喉が渇いていそうな子たちに慌てて水やりして来ました・笑)

そう言われてみて私も振り返ると、若い頃、一人暮らしをしている時には観葉植物でも枯らしていたかも。うん、今でも時折、無くはない。元気ない状態にしちゃって、気づいて慌てて環境(置き場所)を変えることも。ただ、昔と違うのはホリスティックな分野、レイキ等エナジーワークを学んだことで、若い頃にはわからなかったセンサーが開いた事は確か。植物だけではなく、石についても。

昨日、アルガンザのサイトのinfo記事でも少し書いたのですが、タンザニアのブンジュ村、そして2025年7月のことで話題になっている、ペンキ画家のShogenさん、私はたまたまの流れでその存在を知ったところで、ほぼ同時(確か前日とか)に友人が「こんな本買った」と見せてくれていたのでした。びっくりですが、こういう事は日常的にけっこうあります。

そのブンジュ村の教え・・は、日本の縄文の知恵、でもあるのですが、たぶん縄文だけではなくネイティブアメリカンやアボリジニなど、石器時代の人々は世界共通で、なかばワンネス意識で持ち合わせていた感覚、叡智なのではないかな(もちろんそこに日本特有の大事なエッセンスが更にあるのだろうとは思います)。

宇宙と、地球とひとつ。という縦軸の真ん中に自分が存在している。そして植物、動物、鉱物、という地表世界の横軸の真ん中にも、自分が存在している。十字のクロスの中心、交わりは自分のハートにあり。ダヴィンチが描き残した人体図のように、縦横は宇宙、地球、そして全人類と全自然界に、繋がっている。それこそが「今ここ」。

「今ここ」が大事。と、よく言いますが、縄文はじめ石器時代の人々はいつもそのクロスの中心を感じて生きていて、縦軸と横軸で自分は常に大宇宙、そして全ての生命と繋がりあっているよ、ということを、本能的に知っていた。エナジーヒーラーとして推察するに、それはきっと、ライトボディ(オーラ体、目に見えない部分の「体」)の仕組みがそうなっていたに違いなくて、なぜならばまずはライトボディが先に存在し、そこから情報が降りていって、肉体ができている訳だから。

現在、我々のライトボディ(サトルボディともいう)がどうなっているかは、インドの文献のおかげで伝承され、19世紀末には西洋人たちによる「神智学」でそれが紹介され、更にはニューエイジのホリスティックや癒しの手法が1980年代頃から広まっている。ヨーガもすっかり広まり定着したし、アーユルヴェーダも流行しつつある。

けれどもきっと、石器時代、縄文時代の人々は今の私たちが持ち合わせていない、あるいは眠らせているライトボディの機能や性能を持っていたはずで。思想だけでなくオーラ、チャクラという点でも彼らを再現できれば、人類は失ったものを取り戻していくことが出来るのではないか、と思う。

Shogenさんのブンジュ村のお話では、日本人は虫とも話が出来るということだ。。虫、虫ねえ、虫かあ・・・ひとまず、鉱物と動植物とは、お話もそこそこ出来ている気がする私ではある。山とか、雲とか、鳥とか。

虫はちょっとハードル高いけれど、確かに波動が伝わって反応してくれると感じることはある。割と言うことを聞いてくれる。そう、それに、室内の空間からミツバチが出現(それも二匹!)したのを目撃した事もある。笑

今ちょっと検索してみたけど、noteの中だけでもたくさんの Shogenさんの著書や絵について紹介している記事があり、とても話題になっているのですね。私としてはやはり、ライトボディやチャクラ、縦軸横軸というエネルギー次元で、彼ら(縄文や石器時代の人々。スピではこれに近いものを「レムリア」と言っていたりするのだと思います)が持っていて、我々が失ったものを、取り戻す道筋を模索したいなと思います。

(実はヒーラーになって間も無いころ、そう思ったのです。当時はそれを「レムリア」と思っていたのですが・・ 自然の中で、ハートや松果体を通じて、全身全霊で天と地を感じて通じ合って生きていた「あの頃」を、再現したい、と。)

虫の表情が分かる・・に、挑戦してみようかしら。笑

今日はこのくらいで。
Love and Grace
Amari