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『クロノスタシスって知ってる?』

8月が終われば夏と一緒にわたしの中の全てが終わってくれると本当に思っていた。
本当の本当に、そう思っていた。

なのに心は8月32日を生きていて、わたしの心はまた9月を迎えることが出来ないでいるらしい。
お願いだからもう夏は傍にいないで。



まだ心も身体も夏を生きているので、今のうちに小さめのtシャツを着ておこうと思って今日はBeatlesを胸に仕事をしている。

ちょうど朝テレビから''Hello,Goodbye''が流れていて今日はなんだか良い日になる気がすると笑顔になった。
I don't know why you say goodbye I say hello🎶
今日も音楽はわたしの味方でいてくれるらしい。


10代後半の頃なんかは9月になった瞬間、Instagramのストーリーに『セプテンバーさん』と『9月になること』のスクショが何度スワイプしても出てくることが毎年の恒例で、わたしは捻くれているので何故かそういう人間がどうしても好きになることが出来なかった。

お前らはRADWIMPSやtetoの他の曲をたくさん聴いた上でこのスクショをあげてるんだよなあ!?と、別に好きなアーティスト誰?と聞かれてパッとこのバンドたちが出てくるわけでもないのに、謎のこだわりを秘めているような面倒くさい女だった。

別に誰が何を聴いてもいいのにね。
その季節に聴きたくなる音楽なんてそりゃあ山ほどあるよね〜と今なら思う。



最近のわたし。きのこ帝国ブーム再来。
佐藤千亜妃。あの女はやばい。マジでやばすぎる。
どの曲が1番好き?と聞かれたら朝まで語り合えるくらいにはどの曲も捨て難いほどに本当に全部好き。


失恋後のマイヘアはダイレクトに心を抉り包み込んでくれるのだけど、きのこ帝国は徐々に心に染み込んで来る系のなんともいやらしい最高のバンドだと思う。

今後もし仮に失恋なんてものをしたら、絶対最初にマイヘアではなくきのこ帝国を聴こうと謎の意思が固まった。

以前、同棲していた彼とお別れしたとき、''桜が咲く前に''を聴いて大号泣しながら実家に帰った思い出が蘇る。
思い出の曲がたくさんありすぎて、恋多き女はこれだから困る。テヘヘ!

こんなことを言いつつ、きっとわたしはまたマイヘアを聴くだろうし、椎木知仁、あいつもかなりやばい男だよな。
女心を分かりすぎてて、もしかして彼は女性なんじゃないか…?と疑ったことがある。絶対に違う。



みんな一度は夜のコンビニで350mlの缶に入ったお酒を買って、イヤホンから音楽を流しながら、お店を出た瞬間缶のフタを開けそれを気怠げに飲みながら歩く、『クロノスタシスのmvごっこ』をしたことがあると思う。

あれ?もしかしてこれわたしだけですか?
これ、きのこ帝国好きなら一度は通る道だと思ってました、お恥ずかしい。
ちなみにビールは飲めないし、お酒も全然好きじゃない。

田んぼ道の脇をイヤホンから爆音のギターを浴びながら、『クロノスタシスって知ってる?』とひとりでに呟きながら鼻歌混じりに家まで帰る夜の散歩の時間がすごく好きでした。

最近はもうそんな楽しみ方も忘れてしまっている気がして、昔の自分が羨ましくなった。
昔の自分の方がもっと感性が豊かで、全てを楽しめる術を持ち合わせていた気がする。
もちろん、今しかないものもたくさんあるのだけど。


もう少し肌寒くなってくると、『金木犀の夜』のスクショをあげる人たちが増えだすだろう。
ああ、もうそんな季節なんだな。
9月を迎えることが出来ないわたしに教えてくれてありがとう。

寄り道ばかりしてきたわたしなので、幸せなんて本当にあるのかな?とよく考えてしまいます。


わたしもスクショのストーリーをあげる人間たちと何も変わらない同じ人間でした。




6月末にご飯行かない?と誘った人物がいる。
忙しいそうで最短8月かな〜と言われた。

律儀にその連絡を心待ちにしていたわけではないが、8月末のある日、ふいにもうわたしの中で終わりの音が聞こえて、その人関連のツイートや車のBluetoothの接続、特定の人物に当てた記事を消した。

わたし意外に大丈夫じゃん!やっぱ時間が解決してくれるんだよな〜!わたしあの時よりいい女になったもんな!よっしゃ〜〜わたしもこれで新しい季節迎えるぞ〜!と前だけを向いていたその数時間後に、iPhoneの画面にその人からのメッセージが映し出される。


ほんま!もう!ええて〜〜〜!!!!!!!!


本当にこの文字まんまの声の大きさの言葉と特大のため息が出た。


どうも人生はそう簡単に上手くはいかないらしい。
前を向こうとした瞬間に後ろから肩を叩かれる。
なんなんだ、神様よ、わたしの何がそんなに気に食わないのだ。
神様に、ちょっと待てい!とボタンを押されている気分になる。
人生の全ては運とタイミングらしい。


彼が吐く言葉全てにモヤがかかって見える。
彼の考えていることが分からないでいる。
だけど、そういえば前からずっと彼のことは何も分からなかったな。

でもそれはわたしが考えすぎなだけで、意外に他人は何も考えていないだけのことだった。
本当はわたしも何も考えなくていいんだよね。


会う予定を立てたけれど、普通にドタキャンされるんだろうな〜くらいの気持ちでいる。
わたしが彼に思うことは、もうそれくらいのことしか残っていないんだと気付く。


彼がよく言っていた言葉たちが呪いのようにわたしにこびりついている。

今吐かれる言葉にはモヤがかかっているのに、思い出す呪いだけは鮮明にわたしの脳裏をよぎる。
それが繰り返されるたびに真っ白だった彼がグレーになり、今はもう真っ黒い何かに見えてしまう。

1秒でも早く、この呪いが何かの魔法で綺麗になりますように。


もうこれ以上他人に負の感情を抱く人間になりたくない。
わたしもわたしのことを嫌いになりたくない。
何があっても、穏やかな海でいられますように。


わたしはフカフカの毛皮のコートで、彼が求めていたのは身軽な夏服だった。
ただ、それだけのことだった。
本当にただそれだけのことだったんだよ。



新しいスウェットを買った。
遅めの春に買ったまだ一度も袖を通していないセーターを見つけた。
だんだん登る時間が遅くなる朝日や、夕方に感じる涼しい風が少しずつわたしを秋に連れて行ってくれる。

通勤中、枯れかけの向日葵と猫じゃらしが入り混じる草むらを見て、わたしだけじゃなくて綺麗なものも夏と秋の狭間を彷徨っていることがなんだか儚くてどうしようもなく嬉しかった。



ねえ、もう全部終わりにしよう。
今のわたしに会えない人。
今のわたしを知らない人。
とても勿体無いことをしているとも知らずに、わたしは全部をこの夏に置いていく。


''ぼくを置いて秋へ行く''なんて、そんな気持ちはもうわたしには1mmも残っていない。
思い返してみれば、わたしの始まりはいつも夏の終わりだったよね。
わたしはもう大丈夫。大丈夫だよ。

羊文学の新譜が今のわたしにぴったりに感じて、余計にわたしはもう大丈夫なんだと気付かせてくれた。
わたしの9月は、もうそこまで来ている。



全てを吐き出して、新しいわたしと新しい季節を350mlの缶に詰め込んで、一滴残らず飲み干しながら''知らない''とわたしが言う。



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