岩城宏之メモリアル・コンサート2022
2022年09月10日(土)14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
1) 尾高惇忠/音の旅(オーケストラ版)(全曲初演)
2) ヴェルディ/歌劇「ドン・カルロ」~世のむなしさを知るあなた様よ
3) コルンゴルト/歌劇「死の都」~私に残された幸せ
4) ワーグナー/歌劇「タンホイザー」~殿堂のアリア
5) モーツァルト/交響曲第36番ハ長調, K.425「リンツ」
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲル・ヤング),竹多倫子(ソプラノ*2-4)
Review
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演新シーズン開幕の時期に毎年行われている,岩城宏之メモリアルコンサートを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。この公演では,毎年その年度の岩城宏之音楽賞受賞者との共演がまず注目です。今年は,金沢市出身のソプラノ,竹多倫子さんが受賞されました。それに加え,今年の場合は「OEKアーティスティック・リーダー」という肩書きで,広上淳一さんが初登場するのも注目でした。そして,その期待どおり...というか期待以上に楽しめる公演となりました。
まず,音楽堂に入ると,何だか華やいだ雰囲気。玄関付近から大勢の人が行き来していました。さらに,ホワイエにあるカフェ・コンチェルトが久しぶりに営業をしていました。コロナ禍前のANAホテルではなく,BLUE MONDAYコーヒーさんの営業。ここにも大勢の人が入っており,久しぶりに私も開演前に1杯飲んでみました。コーヒーの味わいが口の中に残る中,開演を待つのも良いものです。
もう一つ期待以上だったのが,1曲目に演奏された尾高惇忠作曲の「音の旅」(オーケストラ版)の全曲演奏でした。この曲の成り立ちは,カワイ音楽教室の機関誌向けに作曲したピアノ連弾曲集に宮沢賢治の童話を題材として作曲した連弾曲を追加したもので,全部で15曲もあります。今回は,それをオーケストラ用に編曲した版が演奏されました。これまで抜粋版が広上さん指揮で演奏されただけで,全曲演奏されたのは今回が初めてとのことです。
尾高惇忠は,指揮者の尾高忠明さんの兄,そして,広上さんの高校時代以来の師匠です。尾高さんは,昨2021年に亡くなられているのですが,今回の選曲には,亡き師匠へのオマージュという熱い気持ちが込められていたと感じました。
この組曲が,予想以上に楽しめました。最初の方の曲は,いかにも子供向け小品といった,聴いていて頬が緩む感じの曲が多かったのですが,宮沢賢治の世界に入ってくると,少しずつミステリアスな気分も加わってきました。
以下,各曲のタイトルと印象を列挙してみます。
第1曲「小さなコラール」童謡か何かのよう。広上さんならではのたっぷりとした暖かな響きでスタート
第2曲「森の動物たち」シロフォン(?)が入る,快活な曲というこっとで,カバレフスキーのギャロップをもう少し穏やかにした感じの曲
第3曲「おもいで」きっと楽しい思い出なんだろうなぁ,と思わせる曲
第4曲「優雅なワルツ」ここまでかなり短い曲が続いていたのですが,このタイトルを見て,ラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」と通じる感じがあるなと実感。気負いのない,たっぷりとした音楽。木管楽器が加わり華やかさが増した後,トロンボーンやテューバも加わり,音の厚みを増していくのが快感でした。
第5曲「シチリアのお姫さま」こちらは,フォーレのシチリアーノへのオマージュといった感じの曲で,フルートが活躍。最後はハープも加わって,ますますフォーレっぽい感じでした。
第6曲「エレジー」暗くなりすぎないけれども,悲しみが膨らんでいく感じの作品
第7曲「前奏曲」第8曲以降は,宮沢賢治の世界に入っていくので,それへの前奏曲といった感じで,ここまでの曲と違った深い孤独感のようなものが漂っていました。
第8曲「雪国の教会」キラキラとした雰囲気が描写的で,どこか北欧の曲のような魅力を感じました
第9曲「なめとこ山の熊」どこかユーモラスで少し哀愁もあるポルカのような感じの曲で,この組曲も佳境に入ってきたなぁという楽しさがありました。
第10曲「注文の多い料理店」宮沢賢治の原作のイメージを反映してか,最初のオーボエのメロディからミステリアスな気分。この日は藤原功次郎さんトロンボーンでしたが,いつもどおり雄弁がソロを聴かせてくれました。
第11曲「種山ケ原」宮沢賢治の原作は,どういう作品なのか知りませんが,同じリズムが一貫し,その上でフルートが活躍していたので,ちょっとラヴェルのボレロに似た感じで開始。ラテン系の軽快さが段々とすごみのある盛り上がりへと変貌していくところに聴き応えがありました。
第12曲「どんぐりと山猫」トロンボーンを中心とした行進曲風の音楽でスタート。チャイコフススキーの「悲愴」交響曲の第3楽章と似た感じがありました。
第13曲「古い旋法によるフガート」同じ音型が繰り返される感じだったので,子守歌や民話の世界といった趣きがありました。この曲も最後の方は,金管楽器を加えて大きく盛り上がっていました。
第14曲「バレリーナ」前の曲で大きく盛り上がったので,一息つくような感じ。全体に漂う可憐な雰囲気は,確かにバレリーナ的だなと思いました。
第15曲「フィナーレ~青い鳥の住む国へ」不安に立ち向かうように,パリッとしているけれども悲壮感のある感じで開始。途中から,音楽の中に希望が見えてくるようになり,最後は大らかな気分(ブラームスのピアノ協奏曲第2番の冒頭のホルンのメロディとちょっと似ていたかも)の中で終了。
どの曲も親しみやすいメロディを持ち,短い曲が中心でしたが,それぞれにオーケストレーションに工夫がされており,全く飽きることなく楽しめました。念入りに作られた小品がギュッと詰まっている感じで,「音のおせち料理」といった趣があると感じました。トロンボーン3本,テューバ,打楽器多数が入る曲で,編成的にはOEK向きではないのですが,広上&OEKのレパートリーとして定着していって欲しい曲だと思いました。
この曲が予想以上の大作だったので,前半はこの曲だけでした。
岩城賞を受賞した竹多さんは,後半の最初のステージに登場し,ヴェルディ,コルンゴルト,ワーグナーの3つのアリアを歌いました。
竹多さんは,ヴェルディの「ドン・カルロス」のアリアの不吉な空気感を持った序奏の後に登場。まず,この緊迫感のある序奏部から素晴らしかったのですが,キラキラした鮮やかな青のドレスで竹多さんが登場すると,一気にプリマドンナのオーラが全開!声量豊かに,スパッと率直に切り込んでくるような竹多さんの声が飛び込んでくると,一気にヴェルディの世界になりました。オーケストラの音のテンションも一気にアップした感じでした。竹多さんの声には,正統的な美しさに加え,計り知れないスケール感を感じました。
このオペラ,全く観たことはないたのですが,何か全曲を観たような気分にさせてくれました。広上さん指揮OEKの作る気分ともぴったりと合致し,役柄のキャラクターがリアルに伝わってきました(ストーリーは知らなくても,リアルさを感じました)。
コルンゴルトのアリアは,この作曲家によるマジックのような音楽が素晴らしかったですね(チェレスタが加わっていたのも魅力的)。た~っぷりと酔わせるような音楽を聴きながら,スローモーションの叙情的な映像を観ているような気分になりました。
ワーグナーの「タンホイザー」のアリアは,竹多さんの十八番の曲です。ホルンの歯切れの良い音による序奏部を聴くだけで気分が沸き立つのですが,それを受けて,突き抜けて飛び込んでくる竹多さんの声も爽快。紅白歌合戦の「紅組のトリ」といった貫禄と余裕があり,何か,このまま演奏会が終了しても良いような充実感がありました。
というわけで大満足のステージの後,広上さん指揮OEKでモーツァルトの「リンツ」交響曲が演奏されました。これもまた素晴らしい演奏でした。広上さんとOEKは既に何回も共演していますので,熟練の味が感じられる演奏となっていました。
第1楽章の序奏部は,気骨のある率直な雰囲気で開始(この曲だけ,バロックティンパニを使っていました。)。その後は,基本的にゆったりと構えながらも,広上さんのやりたいことが鮮やかに伝わってくるような味わい深い演奏でした。キリッと締める部分,陰りを感じさせる部分,暖かみを感じさせる部分...という具合にニュアンスが自然に変化していくのが楽しく,全く退屈することがありませんでした。さらりとしていながら,要所では濃い味つげが出てくるような面白さがありました。
第2楽章には,リラックスして脱力しているような気分がありました。まさにベテラン指揮者らしい味わいでした。緩徐楽章なのにティンパニやトランペットが入るのは,当時としては珍しかったそうですが,その音が,絶妙のアクセントになっていました。
第3楽章のメヌエットは大らかな雰囲気で開始。トリオになるとさらにひなびた感じになったのですが,この部分での慈しむような雰囲気の中でのオーボエと弦楽器の絡み合いが美しかったですね。至福の時間でした。
第4楽章も落ち着いた雰囲気で始まった後,だんだんと色々な音が絡み合ってきて,楽しさも高まってくるような演奏でした。途中,フォゴットやオーボエの音がねっとりとした感じで絡んでくるのが面白かったですね。特に金田さんのファゴットからは,広上さんの指揮が乗り移ったような味わい深さを感じました。その一方,要所要所で出くる,軽くジャンプするような小気味の良い弾み方も良いなと思いました。全曲の最後は,大げさになり過ぎない程度に華やかさをアップして,気持ちよく終了。熟練のモーツァルトという感じでした。
この日の公演は,プログラムを見た感じだと「短いのでは?」と思ったのですが,終わってみると2時間以上かかる,充実のプログラムとなっていました(「リンツ」では各楽章の提示部の繰り返しを全部行っていました)。この演奏会の前後での,広上さんの各種インタビューでは,オーケストラと聴衆との距離をもっともっと縮めたいというメッセージがひしひしと伝わってきましたが,この日の演奏を聴きながら,新たなスタートを切った,この新コンビへ期待がさらに高まりました。
追記
演奏会に先立って,岩城宏之音楽賞を受賞した竹多倫子さんに,馳石川県知事等から賞状等を贈呈する記念式典があました。馳知事の挨拶は,堅苦しくならない簡潔な言葉で,竹多さんだけでなく,バランスよく関係者全員に感謝をしており,「さすが」と思いました。
岩城さんのメモリアルコーナーの中に,加山雄三さんとのステージ写真を発見。岩城さんが「水木ひろし」名義で指揮された,今から20年前の公演です。加山さんはつい最近,演奏活動の中止を発表されましたが,本当に息長く活動されていましたね。
唯一気になったのが,開演前に音楽堂前に出ていたステージ。翌日の新聞記事によると,広上さんと池辺晋一郎さんのお2人がこの場所でプレトークをされていたようですね。残念ながら間に合いませんでした。
音楽堂玄関横の「巨大看板」もミンコフスキさんから広上さんに張り替えられていました。