Vaughan Hughes Presents Chamber Jazz Volume.1 TOKU with Strings(2022年12月15日)
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の第2ヴァイオリン奏者,ヴォーン・ヒューズさんの企画による,Vaughan Hughes Presents Chamber Jazzという新シリーズの1回目を石川県立音楽堂交流ホールで聴いてきました。ヴォーンさんが「ジャズ好き」ということは,OEKファンにはお馴染みですが(多分),それが高じて演奏会になったのがこの企画です。
その第1回目のゲストは,ヴォーカル&フリューゲルホルン奏者のTOKUさんでした。私自身,これまでジャズ・ヴォーカルを実演で聴いたことはほぼ皆無でしたが,TOKUさんの歌と演奏にはじっと聞き入ってしまいました。その声には叫ぶような感じは全くなく,すっと自然に耳に入り込んできます。低音もしっかりと響き,独特の心地良さがありました。間奏ではちょっとざらっとした暖かみがあるようなフリューゲルホルンを演奏(演奏のみの曲もありました)。歌と楽器を同時に演奏する例といえば,CDで聴いたことのあるチェット・ベイカー(歌とトランペット。古いですね)しか知りませんが,何事もないようにプレイヤーに切り替わるのがすごいと思いました。
そして,この日の編成も良かったですね。ヒューズさんを中心とした,OEKの弦楽器奏者4人+TOKUさんの盟友,マーティン・ホロベックさんのベース,田辺充邦さんのギターという,このシリーズならではの独特の編成でしたが,全曲を通じて,親密かつリラックスした雰囲気があり,文字通りChamber Jazzという気分でした。この日の金沢は,みぞれ混じりの一日でしたが,交流ホールの中には,外の天候とは反対の心地よい世界が広がっていました。
プログラムは,前半がスタンダードな曲中心,後半が昨年リリースされたTOKUさんとOEKによるクリスマス・ミニ・アルバムに収録された曲という構成でした。
最初の「アローン・トゥギャザー」は,演奏会全体のイントロという感じで,ヴォーンさん,マーティンさん,田辺さんだけで演奏されました。音合わせか何かのような感じで,なんとな~く始まり,心地よいリラックスした音楽が続きました。このアバウトな感じが「ジャズ!」といったところでしょうか。3人がソロを順番に取っていましたが,拍手を入れていいのか,悪いのか...ちょっと戸惑いながら,ジャズの世界へと入っていきました。
2曲目は,ヴォーンさん以外のOEKの3人の奏者が加わっての「ニュアージュ」でした。この曲は,数年前,金沢市民芸術村で行われた,OEKメンバーによる「ふだん着ティータイムコンサート」で聴いたことがあります(多分)。シュテファン・グラッペリとジャンゴ・ライハルトが演奏した曲ということで,古き良き時代のダンスホールに入り込んだような心地よさがありました。弦楽器のピツィカートが魅力的でした。
3曲目の「ステラ・バイ・スターライト」でTOKUさんが初登場。この曲ではフリューゲル・ホルンの演奏だけでした。もともとフリューゲル・ホルンはトランペットよりも柔らかな音がしますが,TOKUさんの声そのもののような味わいが感じられました。
その後はTOKUさんのトークを挟んでの演奏となりました。TOKUさんの話し声は,歌っている時よりも低い感じで,大人のアーティストといった雰囲気をまとっていました。
次の「トレス・ミヌートス・パラ・ウム・アヴィーゾ・インポルタント」は,ブラジルの曲。日本語に訳すと「大事な待ち合わせの3分前」といった意味になるとのこと。この曲では,おなじみのチェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんをフィーチャーし,もともと美しいメロディがさらに美しくなっている感じでした。TOKUさんのささやくようなフリューゲル・ホルンも良かったですね。
「ドルフィン・ダンス」はハービー・ハンコックの作品。弦楽器を交えて,軽快に弾みつつも,どこか憂いが漂っているのが,よい感じでした。前半最後は,ホーギー・カーマイケル作曲の「スカイラーク」。この曲でも,カラッとしているけれども,晴れきれない感じがありました。そう考えると,金沢の風土はジャズ向きなのかも,と勝手に思いながら聴いていました。
後半は,上述のとおりのクリスマス音楽特集でした。楽器のみで演奏された「ウィンター・ワンダー・ランド」以外の5曲については,昨年リリースされたクリスマス・ミニ・アルバムにも収録されています(”ミニ”ということで,この5曲だけ20分程度のアルバムです)。
前半の曲はすべてヒューズさんの編曲でしたが,後半は渡辺俊幸さんとヒューズさんの2人による編曲となっていました。このミニ・アルバムの編曲者が渡辺さんでしたので,その編曲をヒューズさんが室内楽用にさらにアレンジしたということなのかもしれません。
後半最初の「イッツ・ビギニング・トゥ・ルック・ア・ロット・ライク・クリスマス」(この日の曲名はカタカナで書くと長くなるものが多かったですね)は,メロディアスなイントロ部分から,前半の曲よりも華やかさがアップした感じでした。TOKUさんのヴィブラート少な目のさらっとした歌には,都会的な雰囲気が漂っていました。
続く「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」も定番曲です。わが家には,カーペンターズによる1970年代録音のクリスマス・アルバムのCDがありますが,それにも収録されている作品でしたので,聴いていて懐かしい気分になりました。安心のリズムセクションの上にゆったりとしたテンポで気持ちよく歌われていました。
アップテンポで演奏された「ウィンター・ワンダー・ランド」に続いて,「クリスマス・ワルツ」が演奏されたのですが...ここで,TOKUさんだけは,別の曲を歌おうとして,仕切り直すというハプニングがありました。交流ホールぐらいの広さだと,演奏者の中にお客さんも一緒に入り込んでいる感じになので,思わず演奏者たちと一緒になって笑ってしまう感じでした。
その「クリスマス・ワルツ」もカーペンターズのアルバムに入っている曲。アルバムの最初の,結構長い序曲の後,ヴォーカルのカレン・カーペンターの声が初めて聞こえてくるのがこの曲です。のんびりとした大らかさは,古き良き時代のクリスマスという気分を盛り上げてくれます。中間部に出てくる弦楽器の演奏も聞き物でした。
「ザ・クリスマス・ソング」は,ヴォーカリストとして有名なメル・トーメ他による作品。TOKUさんの歌は余裕たっぷりで,「ザ・スタンダード」というムード。ヴァイオリンやチェロのソロもしっかりと聴かせてくれました。演奏後のトークで,TOKUさんは「To kids from One to ninety-two」という歌詞が好きとおっしゃっていましたが,確かに聴いていて,耳に残るフレーズです。この曲もカーペンターズのアルバムに入っているので,その歌詞カードを調べてみたのですが,「1歳から92歳までの子どもたちに,このシンプルなフレーズを送る」といった意味のようです。なぜ92歳なのかは謎ですが...
最後の「レット・イット・スノー」のアレンジも美しかったですね。ギターの高音のキラキラとした音が,雪が降る感じを見事に描写していました(金沢でよく降る,湿度の高い雪とは違う感じですが)。TOKUさんの高音のデリケートさも曲のイメージにぴったりでした。最後はフェードアウト。生声がフェードアウトしていくのを間近で聴くのは結構ドキドキしますね。
以上で後半のクリスマス・ソング特集は終わったのですが,盛大な拍手に応えて,アンコールが演奏されました。まず,TOKUさんとマーティンさんだけでスキャットを交えた掛け合いを開始。一体何が始まるのだろう…という感じが結構長く続いた後,おなじみの「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」につながりました軽快なリズムに乗った歌が心地よかったですね。TOKUさんはフランク・シナトラの曲を歌ったアルバムも作っていますが,これはぴったり!と思わせる味がありました。
ちなみにこの曲の前に,TOKUさんから「この演奏は撮影&SNSへの投稿もOK」というアナウンスがありました。クラシック音楽の世界にもそういう気配はありますが,最後の曲だけは撮影&SNS OKという時代になっていきそうですね。せっかくなのでその時の写真を紹介しましょう。イントロ部分で,TOKUさんとマーティンさんと掛け合いをやっているところです。
終演後は...ひそかに期待していたとおり,TOKUさんによるクリスマス・ミニ・アルバムのCD販売とサイン会がありました。
というわけで,最初から最後まで楽しめたジャズ企画でした。第2弾はどういう内容になるのか大変楽しみです。弦楽器だけでなく,管楽器も加えてのジャズというのも十分に考えられそうですね。期待しています。
PS.
TOKUさんのトークでは,最初にヴォーンさんとの出会いが語られました。2016年,OEKとTOKUさんが共演する機会があったのですが,その時のことを覚えていたヴォーンさんが,金沢のリバーサイド(調べてみると片町にあったジャズ・バーのようです)でTOKUさんが演奏した時に声を掛けたのが出会いとのことでした。最初はお客さんだと思っていたけれども,話を聞くと「共演をしていた」というお話でした。ヴォーンさんの「ジャズ好き」の本格的だということが分かるお話ですね。
リバーサイドについて調べてみると…. 残念ながら,コロナ禍の影響で現在は閉店してしまっているようです。コロナ禍終息後に復活を期待したいですね。
https://www.chunichi.co.jp/article/206698
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