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幻想鉄道奇譚 #45

 がたたん、ごととん。がたたたん、ごとととん。
 車窓の故郷が遠ざかっていく。

 自由だという思いと心細さがいっきに押し寄せてきて、何度も何度も嘆息する。すると、

「どちらまで?」

 前の席に座っている老夫人に訊かれた。エイダンはおずおずと答える。

「サウスシティです」

「それはまた遠いこと! お仕事ですの?」

「いえ、あの……大学に進学するんです」

 夫人の隣の老紳士が、眩しそうに目を細めた。

「ほう? なにを学ぶのですかな?」

「その……エーテル修復です」

 照れながら伝えると、二人はつぶらな目を丸くした。

「まあ、すごいこと!」

「素晴らしいことです。大変でしょうが、ぜひとも勉学に励んでください」

 ありがとうございますと、エイダンは顔を赤くした。バスケットを足にのせていた老夫人は、そのなかから布に包まれたものを取りだす。

「よろしければ、少しいかが?」

「妻の自慢のスコーンです。娘夫婦が好きで、会いにいくときはいつも焼くのですよ」

 娘さんたちに悪いと言って、エイダンは遠慮した。しかし、どうぞどうぞとすすめられ、せっかくだからと大きなスコーンを受け取って食べた。

 口いっぱいに甘いバターの味が広がって、誕生日のときにいつも焼いてくれる母親の焼き菓子を思い出してしまった。次の誕生日はきっと一人だ。そう思ったとたん、我慢していた不安がせきをきったようにあふれ、無性にさみしくなって目に涙が浮かんできた。泣くまいとすればするほど、涙は勝手に込みあがってくる。

「……す、すみません。とてもおいしいです」

 うつむき、ポケットからハンカチをだして涙を拭い、鼻をすすった。

「それはよかったわ。ゆっくり食べてくださいね」

 夫人が言う。はい、とエイダンがうなずくと、紳士が言った。

「いい天気です。幸先は良好。きっと素敵な出会いが待っていますよ」 

 エイダンは眼鏡を拭いてかけなおし、上目遣いに車窓を見た。緑色の絨毯が大地に敷き詰められていて、真っ青な空が輝いていた。その光景を目にしながら、この先になにがあるのかはわからないし、怖いけれど、それらすべてが素晴らしい経験になるはずだと自分を励ました。

 人生はいいことばかりじゃない。むしろ、苦しみや悲しみ、さみしさや悔しさが襲ってくることのほうがずっと多い。

 けれど、そんな経験があったとしても、落ち込まずに糧にすればいいのだ。

 糧をたくさん重ねていって、こんなふうに泣き虫な自分じゃなく、優しくて心の強い人になれたらいいなと強く思う。

 そうだ。そういう人になろうと空に誓い、顔をあげてスコーンを頬張った。

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