幻想鉄道奇譚 #11
二時間後、田舎まちの駅で一組の若いカップルが乗車した。その後いくつかの無人駅を過ぎながら、〈エンチャンテッド・スターズ号〉は速度をあげた。ここから早朝の六時まで、バーレンを目指しいっきに走り抜ける。
乗客の騒ぎを未然に防ぐためか、クーパーはひっきりなしに車両を見まわっていた。一方、スミスがAの男性を貨物車両の個室に移していたころ、エイダンはパトリックから機関士と機関助士らにサンドイッチを届けるよう頼まれた。
紙包みを持って機関室に入ると、全身がいっきに暑くなった。一定のリズムを刻みながら火室の蓋が開閉しており、そのたびに真っ赤に燃え上がる動力源があらわれる。二人の屈強そうな男性が、石炭庫にスコップを差し入れながら、休むことなくそこに石炭を投げ入れていた。
どちらもクーパーより年下に見える。三十代半ばだろうか。お揃いのグリーンのキャスケットとつなぎの胸ポケットに、〈K・S・R〉のロゴと機関車の刺繍がある。これが彼らの制服らしい。違うのは、首に巻いたバンダナの色だけだ。
「パトリックさんからです」
エイダンが言うと、黄色いバンダナの男性が笑った。
「ああ、一瞬誰のことかと思えば、じーさんか! そういやそういう名だったもんね、兄貴!」
「忘れちまいそうになるけど、そうだな! そこの椅子に置いておいてくれりゃ、あとで食うよ」
「わかりました」
言われたとおりにすると、兄貴と呼ばれた青いバンダナの男性が微笑んだ。兄弟らしく、顔をくしゃりとさせる表情がそっくりだ。
「ありがとうな! で? おまえが新しい車掌か?」
動きを止めることなく、青いバンダナの兄貴がエイダンを見た。そうだ。自己紹介がまだだった。慌てて名を告げると、黄色いバンダナが微笑んだ。
「おいらは機関助士のアイザック。こっちは兄貴だ」
「俺はヒューゴだ。同じく、機関助士をしてる。そんでもって、俺にも兄貴がいる」
そう言うとにやっと笑い、火室の横のドアをあごでしゃくった。そこに入ることが許されているのは、列車の要をにぎる機関士だけだ。
「じゃあ、みなさん兄弟なんですか」
「ああ。機関士チームの陽気なグリーン三兄弟だ。さあ、スピードをもっとあげる時間だぞ、アイザック! 飯はそれからだ!」
ヒューゴが言う。スコップを握ったアイザックは笑みで応え、石炭を力強く火室に放っていく。エイダンがでていこうとしたとき、
「おいらは歓迎するよ、エイダン。ようこそ、〈エンチャンテッド・スターズ号〉に!」
そう言ってくれる。するとヒューゴが苦笑した。
「歓迎し続けて、もう何人目かもわかんねえぜ。まあ、がんばれよ。きつくなったらここへこい。もっときつい仕事をさせてやる」
エイダンは笑顔でうなずき、機関室をでた。いい人たちだ。
パトリックとゾーイもいい人だし、エイダンにきつくあたってくるのはクーパーとスミスだけだ。やはりひっきりなしに辞めていく新人のせいなのだろうか。自分もその仲間にくわわると思うと、なんとなく複雑な気分だ。
一号車の通路に立ったエイダンは、ずらりとつらなる個室のドアを眺めながら、そのなかにいる人々について考えた。そうしてやっと、腑に落ちる。
彼らが静かなのは、正体を知られまいとしているからだ。個室に引きこもったきりなのも、なにごともなく終着駅を目指すための防御策なのだろう。
以前、新聞で読んだことがある。どこぞの大学教授の研究結果によれば、Aの潜在意識は急激な科学の発展に恐怖を感じており、ほんの少しのきっかけがひきがねとなって、生存本能が理性をうわまわってしまうのだそうだ。
人狼による切り裂き事件からそういったことが増えはじめ、B・Bの動きが目立ってきたいきさつがある。Aの全員がそうなるわけでもないのだろうが、誰がそうなるのかはくじ運のようなものらしく、A本人にもどうすることもできないのだと記事にはあった。
自分ではどうすることもできない辛さを、エイダンはよく知っている。彼らが背負った重さに比べたらかなり軽い荷物にも思えるけれど、それでも想像はつく。
Aの――吸血族の男性は落ち着いただろうかと、なんとなく心配になってきた。様子をうかがいたいけれどスミスがいるだろうから、いきなり訪ねたら邪魔にされるかもしれない。
「……あ、そうか」
理由があれば、平気だ。エイダンはレストランカーに向かった。
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