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幻想鉄道奇譚 #16

 バーレンの無人の駅舎を過ぎると、閑散とした広場にでた。石造りの小さな教会がぽつんと建っているだけで、ほかにはなにもなく人影もない。まるで廃墟のような村だ。たしかに老紳士の言ったとおり、食事を楽しめるような店は一軒も見当たらない。

「昔は繊維業で栄えたところらしいわ」

 ゾーイが言う。

「そうなんですか?」

「ええ。でも、サウスシティの近郊に大きな工場ができて、みんなそっちへいってしまったみたい。ここから西にも村があって、そっちのほうがまだ大きいけれど線路がないから、ここに停車してるってわけ。まあ、どっちもどっちだけれどね」

 灰色の雲が空をおおい、湿っぽい香りが充満している。いまにも雨が降りそうだ。

「この広場で待ちあわせをしましょう。懐中時計は持ってるわよね?」

「はい。僕は北を探してみます」

「私は南を探してみるわ。一時間後に、いったんここで」

 ゾーイとわかれ、教会の横を駆け足で過ぎる。それにしても、エイミーはどうして列車をおりたのだろう。乗車に駄々をこねていたときの様子を、エイダンは必死に思い返す。

 子どもだからとあなどれば、痛い目を見るのは大人のほうだ。もしかするとエイミーは、自分の身の上にふりかかっていることを、なんとなくわかっていたのではないだろうか。だとすれば、逃げたのか? でも、逃げてどこへいく?

「……サウスシティに戻るつもりかな」

 相手はA、人狼族の子だ。日数はかかるだろうが、人間の足よりも早く着くだろう。

「そうだ、なんだったっけ……名前を忘れたけど、友達? その子に会いにいったのかもしれない」

 もしもそうなら、自分の足ではとうてい追いつけない。馬を探して借りようか。馬といえばユニコーンがどうとかと、言っていたような覚えがある。

 囲いのある庭と木造の平屋が見えてきたが、人気はない。でも、鶏や犬の鳴き声が聞こえているし、煙突から煙がたちのぼっているので暮らしている人はいるらしい。馬を頼んでみようかと思いたって立ち止まる。息をきらしながら平屋に近づいたとき、ふと錆びついたポストが目に入った。

「……あ」

 待てよ、もしかして? ぜいぜいと肩で息をしつつ帽子をとり、庭の囲いから声をはりあげた。

「〈エンチャンテッド・スターズ号〉の者です。すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 三度くりかえしてからやっと、杖をついた老女が姿を見せた。エイダンはできるだけ愛想よく訊いた。

「郵便局はどこにありますか?」

「……隣村までいかなくちゃないよ。あっちかあっちだ」

 西と東を交互に指す。どこかで馬が借りられるか訊くと、老女は笑った。そんな便利な村なら、郵便局もあるだろうさということらしい。老女に礼を告げていったん駅前の広場に戻ると、グリーン兄弟とスミスにでくわした。エイダンは彼らに近づき、スミスに訊ねた。

「スミスさん、あの子の手紙をだしましたか?」

「いいや、まだだよ。渡されていないからね」

 ああ、きっとそうだ。そんな気がする。

「自分でだすために、郵便局にいったんじゃないでしょうか」

 エイダンの言葉に、彼らは顔を見あわせた。事情を知らないグリーン兄弟はぽかんとし、事情を知っているスミスはけげんそうに眉を寄せる。

「それは、僕を信用していないってことか?」

「いえ、そうじゃないと思います。ただ……自分でだしたくなったんじゃないでしょうか。わからないけれど……」

「だったら西のマネ村か、東のコーンソー村までいかなきゃないぜ。けど、もしもそうだとして、ちっさい女の子がどうやって郵便局を探しあてられるってんだ?」

 グリーン兄弟の次男、ヒューゴが首をかしげた。すると、スミスがあっさりと返答する。

「エイミーは人狼族だ。鼻も勘も人一倍働く」

 クーパーに口止めされていたエイダンは、ぎょっとする。しかし、グリーン兄弟は驚くどころか平然と納得した。自分が口止めされていたのは、仲間として信頼されていないからだと、彼らの様子で腑に落ちてしまった。

 郵便局のあるどちらの村までも、往復で一時間弱といったところだ。エイダンが西、スミスが東に向かうことになる。グリーン兄弟は念のため、郵便局ではない方角を探すことに決まって、それぞれ同時に広場を去った。

 数軒だけの集落を抜け、牧草を喰む牛を横目にしつつ、エイダンは街道を走る。休み、走り、早歩きをしてまた走るを繰り返しながら、これからあの子はどうなるんだろうと考えた。

 人間じゃないから、里親に捨てられる。残酷な運命だが、エイダンにはどうしようもない。たとえあの母親を説得して連れ戻ってもらえたとしても、この先には常にB・Bとの対峙があり、不自由な人生しかない。それに、あの子の生存本能がいつ暴走するともかぎらないのだ。でも、統治者の守護するミンタカ島なら昔ながらの生活をしていると聞くし、少なくともここよりはきっとのびのびと生きられるはずだ。

 ……そう願うことしかできないなんて。僕は本当に役立たずだな。

 そんなことを思いながら走っていると、前方に小さな人影が見えてきた。街道の端にしゃがみこみ、うつむいている。エイミーだ。心臓が激しく鼓動し、息があがる。立ち止まり、前かがみになりながら額の汗をぬぐった。こんなに走ったのはいつ以来だろう。顔をあげて深呼吸をしてから、エイダンはゆっくりとエイミーに近づいた。

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